こんにちは。副業社労士の戸塚淳二です。
「静かな退職」を考えてきたこのシリーズも、今回が最終回です。
前回の考察3では、静かな退職を企業の「ツケ」という面から考え、個人の選択が社会全体に及ぼしかねない影響を「合成の誤謬」という視点で整理しました。
まだの方は、先にこちらをどうぞ。👉 静かな退職は企業の「ツケ」?「合成の誤謬」の落とし穴【社労士解説】
では、企業は静かな退職に、どう対応すればよいのでしょうか。
手がかりのひとつが、Great Place To Work® Institute Japan(以下、GPTW Japan)の調査(2024年1月)です。
静かな退職をしている人の約7割は、働き始めてから、その働き方を選ぶようになりました。一方で、約4割は、「勤め先の環境が変わっても、働き方は変わらない」と答えています。
つまり、静かな退職は、入社後の職場での経験から生まれやすく、いったん選ばれると、後から働きかけても変わりにくい面があります。そのため、企業の対応は、早い段階から考えておく必要がありそうです。
最終回の今回は、評価、キャリア、管理職の関わり、そして法的な注意点から、企業の対応を整理します。
この記事でわかること
- 静かな退職に企業が向き合う前提(不本意な型と、価値観による型の違い)
- 評価、キャリア、管理職の関わりで、見直せること
- 制度を見直す際の法的な注意点(賃金制度、副業の労働時間通算など)
静かな退職への企業の対応|意識を変えるより、条件を整える
静かな退職への対応は、従業員の意識を変えようとするだけでは、うまくいきにくいと考えられます。
まず企業の側で見直せることがあるはずです。もちろん、個人の選択も大切で、その点は考察3の記事で触れたとおりです。
そのうえで、企業は、制度をつくるだけでは不十分だと、私は考えています。
制度が実際に運用され、従業員が自分にも関係のあることとして受け止められているかが、納得感を左右するからです。
大切なのは、従業員の価値観を変えようとすることではなく、「ここで頑張ることには、自分にとっても意味がある」と、従業員が自分の判断で納得できる条件を整えることだと考えています。
条件には、制度だけでなく、その運用や、管理職との対話も含みます。
この記事では、そうした納得できる状態を、シリーズのタイトルに合わせて「長期的な合理性」と呼びます。
「合理性」を短期と長期で考える|実践者も将来に不安を抱えている
現在の「静かな退職」に見られる個人の「合理的」な行動は、「心身の疲弊から身を守る」「無理なく働く」といった、目の前の状況に対応する短期的な合理性に根ざしている場合があります。
しかし、そうした目の前の判断が、本当に長期的な個人の幸福やキャリア形成につながるのか。この問いを、企業が従業員と共に考えていく余地があります。
実際、静かな退職をしている人自身も、将来への不安を抱えています。
GPTW Japanの2024年12月の調査では、実践者の41.2%が「収入が増えないかもしれない」、33.0%が「仕事のスキルが上がらないかもしれない」と答えました。
企業には、従業員が「ここでの頑張りや貢献は、単なる消耗ではなく、自分の収入や成長、将来にもつながる」と実感できるよう、評価や仕組みを整える役割があります。
対応の前提|不満型と価値観型を分けて考える
企業の対応を考えるとき、最初に押さえておきたいのは、すべての人が同じ理由で静かな退職を選んでいるわけではない、という点です。
マイナビの2026年調査では、きっかけを4つのタイプに分けています。
無関心タイプが20.6%、損得重視タイプが18.8%、評価不満タイプが17.0%、不一致タイプが16.0%でした(4タイプの詳しい内容は、考察1の記事で触れています👉静かな退職とは?増加する理由とやりがい搾取の構造(社労士解説))。
大きく分けると、評価や仕事・環境への不満を背景にした「不満型」(評価不満タイプ・不一致タイプ)と、もともとの価値観や損得を理由にした「価値観型」(無関心タイプ・損得重視タイプ)です。合わせると、不満型が33.0%、価値観型が39.4%になります。
| 型 | 背景 | 企業の対応の方向 |
|---|---|---|
| 不満型 | 評価への不満、仕事・環境が合わない | 評価の透明性を高める、配置や異動を見直す、本人との対話で希望を確認する |
| 価値観型 | もともと上昇を求めない、仕事量に見合う報酬を重視 | 「決められた仕事を確実にこなす役割」を明確にする、柔軟な働き方を認める、報酬の納得感を高める |
不満型は、企業が評価や配置の仕組みを見直すことで、不本意な静かな退職を減らせる可能性があります。
マイナビの調査でも、評価や異動の実態に、見直せる余地がうかがえます(数字は、次の節で触れます)。
一方、価値観型には、熱意を引き出そうとする働きかけが、かえって負担になる場合があります。
マイナビの調査でも、企業の中途採用担当者から決められた仕事を確実にこなす社員も必要だという意見があり、役割を明確にして安心して続けられるようにする対応が合うと考えられます。
ただし、型はあくまで企業が状況を理解するための目安です。
管理職が、従業員を「この人は不満型」などと決めつけるのは避け、面談で本人の考えを確認することが大切です。
企業が見直せること|評価・キャリア・仕事の意味・管理職の関わり
前の節の「不満型」への対応を中心に、「評価」「キャリア」「仕事の意味と環境」「管理職の関わり」の4つの視点から整理します。
それぞれ、制度の整備と、その運用の両面から考えます。
あわせて、制度を見直す際の法的な注意点も押さえます。
1. 頑張りが報われる仕組みを可視化する|評価と報酬
「どうせ頑張っても報われない」という諦めを和らげるには、企業が「頑張りが正当に評価され、報われる」仕組みを明確にし、きちんと運用することが大切です。
公正で透明性の高い評価制度の確立
どのような行動や成果が評価に値するのかを明確にし、評価基準とプロセスをオープンにすることで、従業員は納得感を持って業務に取り組みやすくなります。
マイナビの2026年調査では、企業の中途採用担当者に評価の実態を聞いています。
評価の目標設定は、「会社や上司の決定」が33.7%と高い結果でした。
また、「オープンで説明がある」企業(26.8%)は、評価基準や結果が「公表されない」企業(27.6%)を、わずかに下回りました。
マイナビは、こうした実態から、評価不満タイプの静かな退職が生まれる可能性がうかがえると述べています。
制度を整えたうえで、評価の理由を面談で本人に伝え、質問に答える。こうした運用があって、はじめて納得感につながると考えられます。
年功序列に偏らず、個々のパフォーマンスやスキルアップを正当に評価し、賃金に反映させる仕組みが必要です。
成果に応じた報酬と昇進機会の提供
貢献度に応じたインセンティブや、明確な昇進・昇格の機会を設けることで、「頑張れば報われる」という実感を持てる状態をつくります。
2. キャリアの見通しと成長機会を示す|多様な道筋と学びの支援
終身雇用を前提とした働き方が揺らぐなか、自分のキャリアに不安を抱える従業員もいます。
企業は、その不安を和らげ、長期的な視点で納得できる道筋を見出せるよう、支援することができます。
マイナビの2026年調査では、異動や転勤、キャリアパスの選択で、「会社の指示」が強い企業が41.9%で、「個人の希望」が強い企業(12.4%)を大きく上回りました。
マイナビは、こうした実態が、仕事や環境が合わない「不一致タイプ」の静かな退職に影響している可能性を指摘しています。
また、総評では、副業の普及などで「就社」意識が薄れつつあるなか、企業には、自律的なキャリア形成を支える環境づくりが求められるのではないか、と述べています。
多様なキャリアパスの提示
管理職への昇進だけでなく、専門職としての道や、社内での部署異動、さらには副業を奨励するなど、多様なキャリアパスを提示することで、従業員が自身の未来を具体的にイメージできるよう支援します。
継続的な学習・スキルアップ支援
研修制度の充実、資格取得支援、社内勉強会の開催などを通じて、従業員が自身のスキルや市場価値を高められる機会を提供します。
これは、従業員が会社に貢献するだけでなく、自分の将来への投資にもなる、と捉えやすくなります。
制度があっても、使われなければ意味がありません。本人の希望を面談で聞き、使いやすい形に整えることが、運用のポイントです。
3. 仕事の意味づけと裁量を高める|パーパスとフィードバック
従業員が「やらされ仕事」と感じるのではなく、自身の仕事に意味を見出し、主体的に取り組めるような環境を醸成することも重要です。
パーパス(存在意義)・ビジョンの浸透
企業が何のために存在し、何を成し遂げようとしているのか、その中で個人の仕事がどう社会や顧客に貢献するのかを、具体的に、そして継続的に伝えることで、単なる業務を超えた「意味」を従業員が感じられるようにします。
パーパスは、掲げるだけでなく、日々の仕事とどうつながるのかを、管理職が具体的に伝えることで、実感につながりやすくなります。
適切な裁量とフィードバック
従業員に一定の裁量を与え、自律的に業務を進める機会を提供することで、仕事へのオーナーシップを高めます。
また、定期的なフィードバックを通じて、自身の貢献がどのように評価され、次なる成長につながるのかを実感できるようにすることが大切です。
4. 管理職の関わりを支える|面談と、負担への配慮
静かな退職への対応は、現場の管理職の関わりにも左右されます。
GPTW Japanの2024年12月の調査では、静かな退職を知っている部下持ちの管理職の77.9%が、実践者にも、意欲的な部下と同等かそれ以上の時間をかけてマネジメントしようと努めていました。
公平に向き合おうとする分、管理職の負担が高まる可能性があることは、考察2の記事(👉静かな退職がもたらす影響|個人と企業の光と影【社労士解説】)で触れたとおりです。
そのため、管理職に任せきりにせず、会社として支える仕組みが必要だと考えられます。
- 評価の基準や面談の進め方を、会社として整える
- 面談で、本人の希望(仕事の範囲、働き方、今後のキャリア)を聞く機会を、定期的に設ける
- 管理職自身の負担や、相談できる窓口にも配慮する
GPTW Japanは、離職率では測れない静かな退職の予備軍や実践者を、経営者が複数の手法で見極めることが重要だとしています。
数字に表れにくい状態は、面談などを通じて把握していく視点が必要です。
制度を見直す際の法的な注意点|賃金制度・副業・研修費用
評価や育成の仕組みを見直すときには、労務管理上の注意点もあります。
特に関わりの深い3点を整理します。いずれも一般的な説明で、個別の事案は、社会保険労務士などの専門家にご相談ください。
➀ 賃金・評価制度を変えるとき
評価にもとづいて、合理的な基準で昇給や賞与に差をつけること自体は、会社の裁量の範囲で行えます(考察2の記事で整理しています)。
一方、制度そのものを変えて、賃金が下がる人が出る場合は、労働条件の不利益変更の問題になります。
労働者の合意なく、就業規則を変更して労働条件を不利益に変更することは、原則としてできません(労働契約法9条)。
例外として、変更後の就業規則を周知し、変更が合理的なものであれば、変更後の内容が適用されます。
合理性は、不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などを踏まえて判断されます(同法10条)。
賃金のように重要な労働条件は、合理性がより慎重に判断される傾向があります。
実務では、賃金が下がる人への経過措置(調整給など)、制度の丁寧な説明、就業規則(賃金規程)の変更と、従業員の過半数代表者等への意見聴取、労働基準監督署への届出(常時10人以上の事業場。労働基準法89条・90条)といった対応が大切です。
➁ 副業・兼業を認めるとき
副業・兼業を認めたり、奨励したりする場合、副業先でも雇用されて働くときは、本業と副業の労働時間の通算が問題になります(労働基準法38条1項)。
現行のルールでは、労働時間を通算して、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える部分について、その時間に働かせた会社が割増賃金を支払います。
この通算ルールは、見直しの方向が示されています。
健康確保のための通算は残し、割増賃金については通算を要しない方向ですが、2026年10月時点で、確定していません。見直しが決まるまでは、現行のルールで考える必要があります。
実務では、就業規則で、副業の許可制や届出制、競業や秘密保持、健康管理の扱いを整え、労働時間をどう把握するか(自己申告や、厚生労働省が示す「管理モデル」の活用など)を、決めておくことが大切です。
副業を始める従業員側の注意点は、考察1の記事で触れています。
➂ 研修・資格取得を支援するとき
資格取得などの費用を会社が支援し、「一定期間内に退職したら、費用を返還する」と定める場合は、労働基準法16条(違約金・損害賠償額の予定の禁止)に抵触しないかが問題になります。
この条文は、退職の自由を、実質的に縛ることを禁止する趣旨です。
判断では、研修への参加が任意かどうか、研修に業務との関連性があるか、返還の免除基準や返還額が相当かといった点が、総合的に考慮されます。
費用を貸し付ける形にして、免除特約を付ければ、必ず問題がないというわけではありません。
会社が業務命令で行わせる研修で、研修後の勤務を縛る目的の返還の定めは、違反と判断される可能性が高くなります。
費用の返還を定める場合は、研修の位置づけ(業務か、自己啓発か)、免除までの期間、返還額の範囲を、あらかじめ整理しておくことが大切です。
このように、制度の見直しは、「何をするか」だけでなく、「どのような手順で、どこまで定めるか」も、従業員の納得感に関わります。
出典・詳細
- Great Place To Work® Institute Japan「静かな退職に関する調査2024年」(2024年1月実施、2024年2月21日発表)👉 「静かな退職」選択のきっかけは企業にあり、7割が「働き始めてから静かな退職を選択した」と回答 | GPTW Japanのプレスリリース | 共同通信PRワイヤー
- Great Place To Work® Institute Japan「静かな退職に関する調査2025年」(2024年12月実施、2025年3月4日発表)👉 「静かな退職」の職場への影響、「静かな退職」実践者の4割は自覚せず | GPTW Japanのプレスリリース | 共同通信PRワイヤー
- マイナビ キャリアリサーチLab「正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績)」👉正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績) | マイナビキャリアリサーチLab
- 厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」👉副業・兼業|厚生労働省
- 労働契約法(e-Gov法令検索)👉労働契約法 | e-Gov 法令検索
- 労働基準法(e-Gov法令検索)👉労働基準法 | e-Gov 法令検索
まとめ|人によって対応を変え、納得できる条件を整える
これまで4回にわたり、「静かな退職」という現象について考えてきました。
静かな退職は、一過性のブームにとどまらず、日本の労働環境が抱える構造的な課題が表れたものではないか、と私は考えています。
マイナビの調査(2026年)でも、実践者の73.7%が今後も続けたいと答えており、働き方のひとつとして根づいていく可能性があります。
静かな退職には、評価や処遇、キャリアへの不満から、不本意に選んでいる人もいます。
そうした人にとって、静かな退職は、「これまでと同じやり方では納得できない」という、職場へのメッセージとも受け取れます。
一方で、もともとの価値観から選ぶ人もいて、すべてをメッセージとみなすことはできません。
そのため、企業には、不満型の人には評価や配置を見直し、価値観型の人には役割を明確にするなど、人によって対応を変えながら、頑張りが報われる条件を整えていくことが求められると考えます。
人手不足が続くなか、従業員を「代わりのきく労働力」として扱う考え方は、通用しにくくなっていると考えられます(人手不足の状況は、考察3の記事で触れています)。
これからの企業経営は、従業員が自分の判断で「ここで頑張ることには意味がある」と納得できる関係を築けるかが、ひとつの鍵になるのではないでしょうか。
静かな退職は、企業にとって課題になりうる現象です。
一方で、これまでの慣習や制度を見直す、きっかけにもなりえます。もちろん、個人の側にも、自分の選択の影響を考える余地があることは、考察3の記事で触れたとおりです。
このシリーズが、読者の皆様にとって、この現象を多角的に捉え、ご自身の職場やキャリアについて考える一助となれば幸いです。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|29240010号)
- 会社員歴30年以上、転職5回を経験した氷河期世代の社会保険労務士です。自らが激動の時代を生き抜いたからこそ、机上の空論ではない、働く人の視点にたった情報提供をモットーとしています。あなたの働き方と権利を守るために必要な、労働法や社会保険の知識、そしてキャリア形成に役立つヒントを、あなたの日常に寄り添いながら、分かりやすく解説します。
コメント