こんにちは。副業社労士の戸塚淳二です。
マイナビの調査(2026年)では、20〜59歳の正社員の46.7%が、「静かな退職をしている」と答えました。
この現象は、個人の意識の問題なのでしょうか。それとも、企業が長年積み重ねてきた働き方の「ツケ」なのでしょうか。さらに、個人の選択が社会全体に及ぼしかねない「合成の誤謬」という視点もあります。
私は、静かな退職は、個人の働き方の変化にとどまらず、日本社会が抱える課題のひとつではないかと考えています。
前回の第2回では、静かな退職が個人と企業に与える影響を、光と影の両面から整理しました。まだの方は、先にこちらをどうぞ。👉 静かな退職がもたらす影響|個人と企業の光と影【社労士解説】
この記事でわかること
- 企業の「ツケ」と言われる背景(旧来型の働き方と人手不足)
- 「合成の誤謬」とは何か、静かな退職とどう関係するか
- 個人が自分の選択の影響を、どう考えるか
このテーマは全4回で書いています。
第3回の今回は、企業側の背景と合成の誤謬を軸に、考えを整理します。
個人の問題だけではない「静かな退職」|企業に求められる変化
この「静かな退職」が広がっている現状を見て、「最近の若者は…」「働きがいがないなら辞めればいい」といった声も耳にします。
しかし、私は、個人の生き方や考え方だけを変えようとするアプローチは、根本的な解決にはつながらないと考えています。
なぜなら、この現象の背景には、企業が長年積み重ねてきた「ツケ」という側面が、少なからずあると思うからです。
実際、Great Place To Work® Institute Japanの調査では、静かな退職をしている人のうち、働き始めてから選ぶようになった人が71.0%にのぼりました(2024年1月の調査)。入社時から決まっていたのではなく、入社後の経験が分かれ目になっていることがうかがえます。
もちろん、すべてが企業のせいというわけではありません。もともとの価値観によるものと、職場への不満によるものが混在していることは、第2回でお伝えしたとおりです。
「ツケ」の正体|日本企業の旧来型の働き方が残したもの
高度経済成長期からバブル期にかけて、多くの日本企業は「モーレツ社員」を是とし、長時間労働や滅私奉公を美徳とする文化を築き上げてきました。
「24時間戦えますか」というキャッチコピーの栄養ドリンクのCMが話題になったのも、バブル期の1988年のことです。今思えば、笑えない話です。
年功序列や終身雇用を背景に、従業員は会社に人生を捧げることで、将来の安定と引き換えにしてきたのです。
しかし、時代は変わりました。
会社に尽くす代わりに将来の安定が得られる、という前提が揺らいだことが、静かな退職の背景のひとつと考えられます。
やりがい搾取への不信感、先の見えないキャリア、仕事以外の人生を大切にする価値観など、具体的な理由は、第1回で整理しています。👉 静かな退職とは?増加する理由とやりがい搾取の構造(社労士解説)
「辞めたら代わりはいる」が通じない時代|人手不足と静かな退職
少子高齢化で働き手が減るなか、人手不足は深刻になっています。
帝国データバンクの調査では、2026年7月に正社員が不足していると感じる企業は51.3%で、7月としては4年連続で5割を超えました。
人手不足を原因とする倒産も増えています。
帝国データバンクによると、2025年度の人手不足倒産(負債1,000万円以上の法的整理)は441件で、3年連続で過去最多でした。
かつてのように労働力が豊富な時代であれば、企業は「辞めるなら代わりはいくらでもいる」という態度も取れたかもしれません。
しかし、今はそうはいきません。
しかも、静かな退職をしている人の多くは、辞めずに働き続けたいと考えています。
マイナビの調査(2026年)では、実践者の73.7%が今後も続けたいと答えています。人を入れ替えて解決するという発想は、人手不足が続くなか、現実的ではありません。解雇のルールの面でも難しいことは、前回の記事で触れたとおりです。
「辞めたら代わりはいる」という前提で、従業員に無理を重ねてきたことの「ツケ」が、静かな退職という形で表れている面は否定できません。
企業は、この現実から目をそらさず、向き合う必要があります。
「やりがい」や「成長」を掲げながら、評価や処遇が追いつかない。短期的な利益やコスト削減が優先され、人が育つ環境が後回しになる。
そうした積み重ねが、会社に期待しないという選択につながっている人もいる、と私は考えています。
ただし、その受け止め方は年代を問わず、人によってさまざまです。
そのため、企業の側にも、働き方や評価の見直しが求められています。
静かな退職と合成の誤謬|個人の選択が社会にもたらすもの
ここまで、企業側の責任を中心に考えてきました。しかし、個人の側にも、見落としやすい点があります。それが、経済学でいう「合成の誤謬(ごびゅう)」です。
合成の誤謬とは、「個人にとっては合理的な行動でも、それが多くの人に広がることで、社会全体としては不合理な結果を招く」という考え方です。
たとえば、将来への不安から、全員が貯蓄を増やそうとして消費を減らしたとします。
すると、モノが売れず、企業の収益や家計の所得が減り、かえって貯蓄が増えにくくなることがあります。個人にとっては当然の「節約」も、全員が行えば、社会全体の所得を縮めてしまうのです。
同じ構図は、静かな退職にも当てはまるかもしれません。
「静かな退職」を選ぶ個人にとっては、心身の健康を守り、ワークライフバランスを改善するための選択という側面があります。
合成の誤謬のシナリオ|静かな退職が広がり続けたら
静かな退職は、すでに珍しい働き方ではありません。
マイナビの調査(2026年)では、正社員の46.7%が静かな退職をしていると答えています(調査によって割合は異なります。詳しくは前々回の記事で触れています)。
では、この働き方がさらに広がり、定着したら、どうなるでしょうか。
ここからは、私の仮説です。会社に向ける努力を控える人が増えると、新しい提案や改善が生まれにくくなり、職場の連帯感も下がる可能性があります。
前回の記事で紹介したGPTW Japanの調査でも、上司層は連帯感の低下などを懸念していました。
こうした状態が長く続けば、企業の競争力や業績に影響が出て、賃上げの原資や雇用の安定にも響くおそれがあります。
ただし、私が確認した範囲では、この連鎖を裏付けるデータは見つかっていません。
連合の2026年春闘の集計では、賃上げ率が3年連続で5%台となるなど、賃金は上がっています。あくまで、起こりうるシナリオのひとつとして、受け止めてください。
一人ひとりにとっては無理のない選択でも、多くの人が同じ選択をすれば、その影響が巡り巡って、自分の収入や職場に戻ってくるおそれがあります。
個人にできること|会社の外にも目を向けたキャリアの考え方
もちろん、これは個人にだけ頑張りを求める話ではありません。
企業が変わることが前提です。
ただ、個人の側にも、企業に変化を求めるだけでなく、自分の選択が自分自身や社会にどう影響するかを、広い視点で考えてみる余地があります。
合成の誤謬を避けるために、個人にできることは、自分の選択の影響を知り、会社に向ける努力を控えていても、自分の力は磨き続けることだと、私は考えています。具体的には、次のような視点があります。
- 社内の業務は責任をもって行いながら、スキルを高める機会を、社内外に確保する
- 会社に依存しない意識を持ち、自分の専門性を磨く
- 副業や学び直しで、収入や経験の幅を広げる(副業は、就業規則の確認が前提です)
社内でのスキルアップが停滞しやすい点と、社外で力を伸ばす人もいる点は前回の記事(👉静かな退職がもたらす影響|個人と企業の光と影【社労士解説】)で、副業の注意点は前々回の記事(👉静かな退職とは?増加する理由とやりがい搾取の構造(社労士解説))で触れています。
出典・詳細
- Great Place To Work® Institute Japan「静かな退職に関する調査2024年」(2024年2月21日発表)👉 「静かな退職」選択のきっかけは企業にあり、7割が「働き始めてから静かな退職を選択した」と回答 | GPTW Japanのプレスリリース | 共同通信PRワイヤー
- マイナビ キャリアリサーチLab「正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績)」👉 正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績) | マイナビキャリアリサーチLab
- 帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年度)」(2026年4月9日発表)👉人手不足倒産は441件 前年度比1.3倍、過去最多を更新 「従業員退職型」でも過去最多、118件 | 株式会社帝国データバンクのプレスリリース
- 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」👉人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)|株式会社 帝国データバンク[TDB]
- 連合「2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果」(2026年7月3日公表)👉連合「2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果」(2026年7月3日公表・PDF)
まとめ|企業の変化と、個人の選択の両方を考える
冒頭で、静かな退職は個人の意識の問題か、企業のツケか、と問いかけました。
私の考えは、どちらか一方ではない、というものです。
企業の側には、会社に尽くす代わりに将来の安定を得るという前提が揺らぐなかで、評価や処遇、キャリアの見通しが追いついていない面があります。
Great Place To Work® Institute Japanの2024年1月の調査では、働き始めてから静かな退職を選ぶようになった人が約7割でした。
企業の関わり方が、分かれ目になっていることがうかがえます。
一方で、もともとの価値観から選ぶ人もいて、すべてを企業のせいにはできません。
また、個人の選択は、一人ひとりにとっては無理のないものでも、広がれば、その影響がやがて自分の収入や職場に返ってくるおそれがあります。
これは、今回の記事で触れた「合成の誤謬」にもとづく、あくまで私の仮説です。
そのため、企業は評価や働き方を見直し、個人は自分の選択の影響を考えながら、会社の外も含めて力を磨く。その両方が必要だと、私は考えています。
今回も長くなってしまいました。
次回の第4回では、「静かな退職」に対する企業側の具体的な対策を考えます。企業は何をすべきなのか、その手がかりを整理します。
次回の記事は👉「静かな退職」を乗り越える 企業が従業員の「合理性」を再構築(副業社労士の考察4)
では、また。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|29240010号)
- 会社員歴30年以上、転職5回を経験した氷河期世代の社会保険労務士です。自らが激動の時代を生き抜いたからこそ、机上の空論ではない、働く人の視点にたった情報提供をモットーとしています。あなたの働き方と権利を守るために必要な、労働法や社会保険の知識、そしてキャリア形成に役立つヒントを、あなたの日常に寄り添いながら、分かりやすく解説します。
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