本記事は「同一労働同一賃金の本質と対策」シリーズの第4話です。
前回は、労働基準法の原則である「時間の価値」に立ち返り、正社員と非正規雇用の間にある「説明のつかない単価のズレ」を整理しました。
前回の記事は👉パートの時給が低い本当の理由|均等待遇と均衡待遇の違いを解説
「パートだから安くて当たり前」という慣習が通用しなくなった今、多くの経営者が直面する懸念は、コスト増、つまり「非正規の給与をすべて正社員並みに引き上げなければならないのか」という点です。
しかし、実務上のゴールは「一律の賃上げ」ではありません。
今回は、同一労働同一賃金の本来の目的を、私が日々の相談現場や、自分自身が身を置いている現場の実態を交えて解説します。
この記事で分かること
- 「同一労働同一賃金=一律賃上げ」は経営者の誤解である理由
- 待遇差が法的に「不合理」と判断される基準と、許容される格差の条件
- ハマキョウレックス・メトロコマース2つの最高裁判決が自社に与える影響
- 通勤手当・皆勤手当・退職金を雇用形態で区別するリスク
- 「正社員だから高い」に代わる、論理的な賃金説明の作り方
一律の賃上げがゴールではない|経営者の誤解を解く
「同一労働同一賃金」と聞いて、「パート全員の給与を正社員並みに上げなければならないのか」と頭を抱えた経営者は少なくないはずです。
結論から言えば、それは誤解です。
しかし、この法律が求めているのは「同じにすること」ではなく、「不合理な差をなくすこと」です。
職務の実態と待遇のズレ
私は奈良で社労士事務所を運営する傍ら、大阪の卸売市場で現場にも入っています。
そこでは、長年現場を支える非正規社員が、新人の正社員に実務を教え、トラブル対応の最前線に立っている光景が日常的にあります。
「教える側(非正規)」と「教わる側(正規)」の待遇に大きな差がある。その差を、あなたは今すぐ論理的に説明できますか?
役割の重さと報酬のバランスが崩れているとき、法律はそれを「不合理」と判断します。
キーワードは「説明責任」
法律は、責任の重さや拘束条件が違う場合に、賃金に差があること自体を否定していません。
重要なのは、その差に対して客観的な理由を答えられるかという一点です。
- 説明が困難な例
- 「パートだから」→ 雇用形態は理由になりません。
- 「前例がないから」→ 前例のない格差こそ、最も危険です。
- 説明が可能な例
- 正社員には転勤・配置転換の義務がある→「移動の負担」に対する対価として基本給に差を設ける。
- 正社員には、トラブル発生時の最終的な責任(報告・調整)や、予期せぬ欠員が出た際のカバーなど、業務の『責任の範囲』に違いがある。その負担を考慮して手当に差を設けている。
経営者が、自社の待遇差について客観的に説明できるか。
では、この「説明責任」が実際の現場でどう問われるのか。具体的な場面を次に見ていきます。
【実体験】理由と金額のバランスが問われる場面
「転勤の可能性があるから」「責任が違うから」という理由は、確かに格差の根拠になります。
しかし、私が現場で確認しているのは、その理由だけで説明しきれないほどの「大きな差」が残っているケースです。
- 職務に直結しない手当の線引き
- 食事手当・通勤手当・皆勤手当がその代表例
- これらは仕事の内容に関わらず、等しく発生するコストや負担を補う性質のものです。
- 「正社員だから支給、パートだから不支給」という線引きは、裁判所では通用しません。ハマキョウレックス事件がその証拠です(後述)。
- 食事手当・通勤手当・皆勤手当がその代表例
- 長期勤続への評価の欠如
- 賞与や退職金が「長年の功労」を評価する性質を持っている場合、10年、20年と現場を支えてきた非正規社員に対して、一切の評価(支給)がないことは、制度の整合性を疑われる要因となります。
公平な土俵づくりは、組織の維持に不可欠な判断
不合理な格差を是正することは、単なる法令遵守ではありません。
「自分の役割や貢献が正当に評価されている」という納得感は、人材の定着に直結します。
逆に、説明のつかない格差を放置すれば、優秀な人材から順に流出し、結果として採用コストや教育コストが増大するという経営リスクを招きます。
自社の待遇差を「役割」と「責任」で再定義する。では、この「役割と責任の再定義」を法律はどう裏付けているのか。次に法的根拠を整理します。
同一労働同一賃金の「法的根拠」を整理する
法的根拠の出発点は「労働契約法第20条」です。
この条文がどのように進化し、現在の法律に至ったのか、流れを整理します。
法律の「バトンタッチ」|旧20条から新法へ
かつて、正社員と非正規(有期雇用)の不合理な格差を禁じていたのは「労働契約法第20条」でした。
しかし、この条文は「何が不合理か」の具体的な基準が示されていなかったため、現場では混乱が続いていました。
そこで、過去の裁判の積み重ねを土台にし、より明確で厳しいルールとして誕生したのが、現在の「パートタイム・有期雇用労働法」です。
つまり、今の新しい法律は、旧20条という「土台」の上に建った、より実効性の高い「建物」のようなものなのです。
待遇差を判断する「二つの柱」
待遇差が許されるかどうかを判断する基準は、
- 均衡待遇(バランスのルール)
- 均等待遇(イコールのルール)
の二本柱です。
この2つの考え方については、前回の記事で詳しく整理していますので、そちらも合わせてご覧ください。👉パートの時給が低い本当の理由|均等待遇と均衡待遇の違いを解説
今回はこの考え方が、実際の裁判の場でどのように使われてきたかを見ていきます。
判例が残した「不合理」の境界線
旧労働契約法第20条をめぐる裁判では、個別の手当が「不合理かどうか」が激しく争われました。
その結論は、現在の新法の運用においても極めて重要な指針となっています。
ハマキョウレックス事件(最高裁判決:2018年6月1日)|諸手当のあり方への警告
トラック運転手の正社員と契約社員の間で、各種手当の差が争われた事件です。
最高裁は、「皆勤手当」「通勤手当」「無事故手当」などを非正規に支給しないことは「不合理である」と断じました。
その理由は明快です。「毎日出勤する」「事故を起こさない」といった負担や期待される成果は、正社員も非正規も変わらないはずだ、というものです。
つまり、仕事の内容や責任に直接関係のない手当は、雇用形態で差をつける理由がないという厳しい基準が示されました。
✅ 自社チェック
通勤手当・皆勤手当を非正規に払っていない場合、その理由を今すぐ言語化できますか?できなければ、手当の「支給目的」を文書化することが優先課題です。
メトロコマース事件(最高裁判決:2020年10月13日)|賞与・退職金への一定の猶予
地下鉄売店の有期契約社員が、正社員だけに支給される退職金を求めた事件です。
最高裁は「退職金を支給しないことは、直ちに不合理とまではいえない」と判断しました。
退職金には「有為な人材(正社員)を確保し、定着させる」という目的があるため、一定の格差は認められるとしたのです。
ただし、これは「永久にゼロで良い」という免罪符ではありません。
会社への貢献度はどう評価するのか、という重い課題を経営者に突きつけた判決でもあります。
✅ 自社チェック
非正規社員への退職金・賞与が「ゼロ」の場合、「長年の貢献をどう評価するか」という問いへの答えを、就業規則や賃金規程の中に持っていますか?
手当の「支給目的」を自社で再定義する
これらの判例が教えてくれるのは、裁判所は「正社員だから」という肩書きを見ているのではなく、「その手当は何のために払っているのか?」という個別の目的を鋭く見ているという事実です。
- 通勤手当
- 交通費の実費補填が目的なら、正規・非正規を問わず支給が筋です。
- 皆勤手当
- 現場のシフトを守るためのインセンティブなら、それは非正規にこそ必要なはずです。
自社の実態に合わない理由では、待遇差を説明できません。
「この手当は何に対する対価なのか」。この問いに答えられない手当が、訴訟リスクの火種になります。
判例が示した基準を踏まえたうえで、では自社の現場にどう落とし込むか。次にその実務的な視点を整理します。
多様な働き方を尊重するための「再定義」
「正社員=フルタイム・無限定の責任」「パート=短時間・補助的業務」という二分法は、もはや過去のものです。
現代の職場には、もっと細かな「働き方のグラデーション」が存在しています。この多様な実態を、どうやって待遇に反映させていけばよいのでしょうか。
働き方のグラデーションを直視する
私の知る現場でも、働き方は実に多様化しています。
- 「短時間だけど責任は重い」
- 家庭の事情で16時退社だが、国家資格を持ち現場判断を一人で担う専門職。時給はパート水準のままでいいのか?
- 「フルタイムだけど転勤はない」
- 地域密着でフルタイム勤務だが、転居を伴う転勤は受けない契約。「転勤リスク」を根拠にした給与差は説明できるか?
このように、「労働時間」と「責任の重さ」、そして「働く場所」の組み合わせは無数にあります。
「なんとなく」が通用しない時代|物差しへの変換
厚生労働省は「同一労働同一賃金ガイドライン」を公表していますが、これはあくまで「一般的な目安」に過ぎません。
大切なのは、このガイドラインを自社独自の「納得感のある物差し」に変換することです。
具体的には、以下の3つの視点で自社の業務を棚卸ししてみることをお勧めします。
- 「職務内容」の明確化
- その仕事にはどんなスキルが必要で、具体的にどんな作業工程があるのか。
- 「責任の範囲」の線引き
- 最終的な判断(ハンコ)を誰が押すのか。ミスが起きた際に、誰が顧客や対外的な調整に走るのか。
- 「活用の仕組み」の整理
- 突発的な残業や休日出勤、あるいは将来的な配置転換(ジョブローテーション)をどれだけ柔軟に受け入れる契約になっているか。
「自社の物差し」が組織を強くする
「転勤がない」という前提がある職場なら、「場所の移動」という理由は使えません。
その分、例えば「この等級の社員は、トラブル時に1時間以内に駆けつける義務がある」といった、目に見える責任の差を待遇の根拠に据えるべきです。
「正社員だから高い、パートだから低い」という時代は終わりました。「この役割を担うから、この手当がつく」という論理に切り替えることが、これからの組織運営の基本です。
守りのコンプライアンスから、攻めの人材戦略へ
同一労働同一賃金への対応を、単に「法的な罰則を避けるための作業」と捉えてしまうのは非常にもったいないことです。
この変化をどう受け止めるかによって、その後の組織のあり方は大きく変わります。
法改正を「負担」とするか「好機」とするか
経営者が「法律で決まったことだから、渋々対応する」という姿勢で制度をいじれば、その空気は必ず従業員に伝わります。
形だけを整えた制度変更は、かえって現場に「やらされ感」や不信感を生み、働く意欲を損なう原因になりかねません。
この機会を、「賃金制度の健康診断」と捉え直してください。
今の給与体系は本当に仕事の実態に合っているか、頑張っている人が報われる仕組みになっているか。
これを問い直す絶好のタイミングです。
透明性が組織の安定につながる
これからの時代、組織運営において最も重要な要素の一つが「納得感」です。
「なぜ自分の給与はこの額なのか」という問いに対し、すべての従業員がその基準を理解できている状態は、組織としての健全さを示します。
- 基準の見える化
- 「この役割を担えばこの手当がつく」という基準を、全従業員が読める形で文書化する。
- 根拠のない手当の整理
- 「なんとなく払ってきた手当」を洗い出し、目的を再定義するか廃止する。
こうした透明性の向上は、従業員に「正当に評価されている」という安心感を与えます。
そしてその安心感こそが、一人ひとりが自律的に動き、会社全体の生産性を底上げする土台となります。
まとめ|次世代に選ばれる会社を作るための経営戦略
同一労働同一賃金への対応を、「人件費が上がるだけのコスト増」と捉えるか、「組織を筋肉質にするための投資」と捉えるか。
この視点の差が、数年後の会社の姿を大きく変えることになります。
人は「金額の多寡」以上に「その評価に納得できているか」で動きます。
説明のつかない格差を放置した現場には、どんな経営理念を掲げても冷めた空気が漂います。
逆に、公平な基準が浸透した組織には、自然と一体感が生まれます。
人手不足の時代、働き手は給与の額だけでなく「評価の公平性」を見ています。
「あの会社は頑張りをちゃんと見てくれる」という評判が、採用と定着の最大の武器になります。
次回予告|いつから?中小企業が知るべき法律の概要と施行時期
次回は「うちは何をいつまでにすればいいのか」という実務の核心に入ります。
施行時期・適用対象・労働局のチェックポイントを一気に整理します。
「知らなかった」では済まされない、最短ルートをお伝えします。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。

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