本記事は「同一労働同一賃金の本質と対策」シリーズの第3話です。
前回は、日本の職場に根深く残る「正社員=身内」「非正規=客分」という意識の境界線についてお話ししました。
前回の記事は👉正社員と非正規の待遇格差はなぜ生まれたのか|身分意識の正体
かつては、正社員には「年功序列・終身雇用」という長期的な保障があり、パート社員などの非正規雇用には「時間の自由・責任の限定」があるという、一種のバランスが成立していました。
しかし、私が相談を受けている事業所の現場でも、正社員の長期保障が以前ほど絶対ではなくなる一方で、パート社員が現場の核(主戦力)として欠かせない存在になっているケースが非常に増えています。
それにもかかわらず、待遇を決める「基準」だけが数十年前のまま止まっています。
今回は、労働基準法が定める「時間で払う」という大原則と、実務の現場で起きている「説明のつかない格差」の矛盾を整理していきます。
この記事でわかること
- 正社員とパートの賃金差が生まれる「本当の理由」
- 「総額の差」と「時給単価の差」を混同しないための考え方
- 同一労働同一賃金が求める「均等」と「均衡」の違い
- フルタイム非正規が抱えるジレンマと、企業側の法的リスク
- 待遇格差を「納得感のある根拠」に変えるための実務的な視点
正社員とパートで賃金差があるのはなぜ?
労働基準法における賃金の基本は、あくまで「労働時間に対する対価」を支払うことです。
「働いた時間に対して、正当な報酬を支払う。」
このシンプルな原則に照らし合わせたとき、今の現場では「説明のつかないズレ」が生じています。
同じ仕事なのに給与の計算方法が違う理由
私が日々、企業の賃金規定や現場のオペレーションを拝見していて感じる最大の課題は、「給与を決める『基本ルール』が、正規と非正規で最初から別々の設計図で作られている」という点です。
かつてのように「正社員は判断業務、パート社員は定型作業」と役割がはっきり分かれていた時代なら、別々のルールを適用することにも合理性がありました。
しかし現在は、実務における仕事内容の境界線は極めて曖昧になっています。
たとえば、正社員には「基本給・役職手当・賞与・退職金」といった複数の項目で報酬が設計されています。
一方、パート社員は「時給×時間」という一本の計算式だけで処遇が決まるケースがほとんどです。
設計図が最初から別々である以上、同じ仕事をしていても「比べる土台」すら存在しない状態になっています。
給料が低いのはなぜ?「時給」と「労働時間」の違いを整理
実務において明確に区別すべきは、「働く時間が短いから給与(総額)が低い」という分量の差と、「同じ仕事をしているのに時給(単価)が低い」という単価の差です。
労働基準法の原則である「時間」を物差しにすれば、同じ1時間を同じ密度で働いている以上、その「1時間あたりの値段」に極端な差が出るのは本来不自然なはずです。
- 正社員のルール
- 将来の転勤や配置転換の可能性といった「拘束条件」を含めた月給制。
- パート社員のルール
- 目の前の作業内容と、その時間の拘束のみに着目した時給制。
この「ルールの二重構造」を放置したまま、「パートだから(単価が)低くて当たり前」と決めつけるのではなく、「1時間あたりの単価に差があるのは、具体的にどのような責任の範囲や、拘束条件の違いによるものなのか」を、誰にでもわかる言葉で裏付けなければなりません。
これまでの慣習に基づいた「なんとなくの区別」は、働く側の納得感を得られないだけでなく、企業にとっても「説明責任」を果たせないリスクに直結します。
「自社の基準が、今の現場の実態、つまり「時間の価値」に即しているか。」
今一度、客観的な視点で見直す時期に来ています。
「均等」と「均衡」の違い
「同一労働同一賃金」という言葉だけを聞くと、「非正規社員の給与を正社員と同じまで引き上げなければならないのか」と不安を感じる経営者の方も少なくありません。
しかし、この法律の本質は単なる人件費の積み増しではなく、待遇の差に対する「納得感のある根拠」を整えることにあります。
実務上、私たちが向き合うべきは「均等」と「均衡」という2つの物差しです。
均等待遇(イコール)|実態が同じなら、時間の単価も同じにする
「均等」とは、文字通り「差別的扱いをしない」ということです。
もし、職務の内容(業務内容と責任の程度)が同じで、かつ将来的な転勤や配置転換の範囲(人材活用の仕組み)も同じであるならば、雇用形態が「正社員」であっても「フルタイムパート」であっても、差別をせずに同じ待遇をしなければなりません。
労働基準法の原則に立ち返れば、「拘束条件も役割も同じ1時間」に対しては、同じ単価を支払う。
これが均等待遇の考え方です。
均衡待遇(バランス)|差があるなら、その「根拠」を明確にする
一方で、すべての待遇を全く同じにする必要はありません。
職務内容や転勤の有無などに「違い」がある場合には、その違いに応じた範囲内で待遇に差をつけることが認められています。これが「均衡(バランス)」です。
ここで重要なのは、「その差は、客観的に見てバランスが取れているか?」という問いに答えられるかどうかです。
「正社員だからなんとなく高く設定している」という説明は、均衡が取れているとは言えません。
- 「正社員には急な残業や転勤の可能性があるため、その『拘束の重さ』を基本給の単価に反映させている」
- 「パート社員は勤務地が限定され、残業も原則免除される契約であるため、その『自由度』を考慮した単価設定にしている」
このように、違いに応じた「理由」を明確にすることが、均衡待遇の本質なのです。
社会保険労務士の視点
相談現場では、パート社員の方が正社員以上の専門知識を持ち、現場を回している光景をよく目にします。労働基準法が「時間に対して払え」と言う以上、同じ時間、同じ貢献をしているのであれば、雇用形態の名称だけで差をつけることはできません。大切なのは、属性で一括りにするのではなく、今の「役割と責任、そして拘束条件」を、時間の対価として正当に再定義することなのです。
フルタイム非正規という現実|「パート」というラベル一枚の重み
いまや日本の労働者の約37%、およそ2,100万人が非正規雇用として働いています。
しかし、「非正規」という言葉が指す実態は、かつてとは大きく変わっています。
学業や本業の傍ら特定の時間だけ働く学生アルバイトや副業層がいる一方で、正社員と変わらないフルタイムで現場に入り、新人教育やトラブル対応、売上管理まで担っている「主戦力」が、同じ「非正規」という括りの中に混在しています。
問題は、この両者が同じ「時給テーブル」に一括りにされているケースが、いまだに多くの職場で見られることです。
家計の主たる維持者として週40時間働き、実質的に正社員と同じ責任を負っている方が、「パート」というラベル一枚によって、短時間アルバイトと同じ低い単価に据え置かれている。
この実態を見ない制度運用が、優秀な人材から順に他社へ流出させるという、企業にとって致命的な損失を招いています。そして今日の法律のもとでは、それは経営リスクでもあります。
ある小売業の相談事例をご紹介します。
パート社員Aさんは週40時間勤務で、レジ責任者として新人指導も担当していました。同じ店舗の正社員Bさんも週40時間勤務で、業務内容はAさんとほぼ同じです。しかし時給換算すると、AさんはBさんより200円低い設定になっていました。
転勤の有無を確認したところ、Bさんも実態として転勤はゼロ。この時点で、単価の差を説明できる根拠は消滅していました。
「パートだから」という一言では、もはや説明がつかない時代になっているのです。
「総額の差」と「単価の差」を混同しない|経営側が陥りやすい「パートだから低くて当たり前」という誤解を解く
私が相談を受けている事業所の現場でも、経営者の方から「パートなんだから、正社員より給与が低くて当たり前じゃないか」というお声を伺うことがよくあります。
しかし、この一言の中には、実務上明確に区別しなければならない「2つの差」が混ざっています。
ここを混同したままでは、従業員への説明責任を果たせないばかりか、思わぬ法的リスクを招くことになります。
分量の差(正当な差)|働く時間が短いことによる違い
まず、誰の目にも明らかなのが「労働時間の分量」による差です。
例えば、フルタイム(週40時間)働く正社員と、週20時間働くパート社員がいれば、月の給与総額に2倍の開きが出るのは当然の論理です。
これは労働基準法が定める「時間に対して支払う」という原則に忠実な結果であり、何ら不合理なことではありません。
単価の差(検証が必要な差)|「1時間あたりの値段」の根拠
問題となるのは、総額ではなく「1時間あたりの値段(単価)」に差があるケースです。
もし、正社員とパート社員が現場で全く同じ作業をこなし、同じ責任を負っているにもかかわらず、時給換算した単価に大きな開きがあるとしたら、それはなぜでしょうか。
「パートという名称だから」という理由は、今の法律(同一労働同一賃金)では通用しません。
単価に差をつけるなら、それは雇用形態名ではなく、以下のような「拘束条件の違い」で説明する必要があります。
- 転勤や配置転換の有無
- 会社の命令一つで、職種や勤務地を柔軟に変える負担を負っているか。
- 突発的な対応義務
- 残業や休日出勤、トラブル時の呼び出しに対して、どこまで応じる契約になっているか。
説明責任の所在|契約条件の差を「言語化」できているか
「なんとなく正社員の方が責任が重い気がする」といった曖昧な感覚は、今の時代、経営上のリスクでしかありません。
大切なのは、その差を「誰にでもわかる言葉で言語化できているか」です。
正社員は、将来的に部門を跨ぐ異動や転勤の可能性がある契約を結んでいる。
一方、パート社員は勤務地と職務が限定されている。
この「拘束力の差」が、時給単価に〇〇円の差として反映されている。
このように、個々の契約条件の違いを単価の差として論理的に結びつけることが、企業に求められている説明責任の本質です。
「当たり前」だと思っていた格差を、客観的な「条件の差」として再定義する。
この作業こそが、現場の不満を解消し、納得感のある組織づくりへの第一歩となります。
社会保険労務士の視点
実務の現場では、単価の差を説明しようとして「実は正社員も転勤がない」「パートも正社員と同じ責任を負わされている」という実態が浮き彫りになることが多々あります。もし「条件の差」が見当たらないのであれば、それは単価を合わせるか、あるいは役割(契約条件)を明確に分けるか、どちらかの決断を迫られているサインなのです。
まとめ|同一労働同一賃金は「雇用形態」ではなく「実態」で判断する
今回の内容を振り返ると、現代の職場における待遇格差の正体は、単なる金額の多寡ではなく、「給与を決める基本ルールの断絶(二重構造)」にあることが見えてきました。
労働基準法が定める「労働時間に対する対価」という大原則に立ち返れば、同じ1時間を同じ密度で働いている以上、雇用形態という「ラベル」だけで単価に差をつけることは、もはや合理的な経営判断とは言えません。
まず、「家計補助のパート」という固定観念を捨てることです。次に、「総額の差」と「単価の差(時給換算)」を混同しないこと。そして、転勤や拘束力の有無など、具体的な「契約条件の差」を誰にでもわかる言葉で言語化すること。この3つが、今の現場に求められている第一歩です。
いまや労働力の4割近くを占める非正規雇用。
その中には、会社を支えるフルタイムの主戦力が大勢います。
彼らの「時間の価値」を正当に再定義し、納得感のある賃金体系を構築することは、単なる法令遵守(コンプライアンス)の問題ではありません。
優秀な人材を繋ぎ止め、現場の不満を解消して組織を活性化させるための、極めて前向きな「経営戦略」そのものなのです。
次回予告|「同一労働同一賃金」の真の目的を理解する
「一律の賃上げ」がゴールではありません。なぜ今、この法律が中小企業にも強く求められているのか。
- 法律の背景
- パートタイム・有期雇用労働法と、裁判で問われる「不合理」の境界線。
- 真の狙い
- 多様な働き方を認めつつ、誰もが納得して働ける「公平な土俵」をどう作るか。
次回は、この「均等・均衡」という物差しが、実際の裁判でどのように使われてきたかを見ていきます。判例を知ることで、自社の制度のどこに穴があるかが、より具体的に見えてくるはずです。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
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