前回の記事では、中小企業の退職金制度として代表的な制度である
- 中小企業退職金共済(中退共)
- 企業型確定拠出年金(企業型DC)
- 確定給付企業年金(DB)
について、それぞれの仕組みや特徴を比較しながら整理しました。
前回の記事は👉中退共・企業型DC・DBの選び方|中小企業の退職金制度を徹底比較
「中退共に加入しているから、うちの退職金制度は大丈夫。」
そう思っている経営者ほど、危ないかもしれません。
実は、中退共に加入していても退職金規程の内容によっては、会社が思わぬ追加負担を背負うケースがあります。
今回はその「落とし穴」について解説します。
本記事で分かること
- 退職金規程で一般的に使われている2つの算定方法(基本給比例方式・ポイント方式)の仕組み
- 退職金規程と中退共の支給額がズレる具体的なメカニズム
- ズレが生じた場合に会社が負う可能性のある追加負担のリスク
- 規程と制度の整合性を保つための4つの予防策
- 実務でよく見られる3つのズレケースとその対処法
そもそも、退職金規程とはどのようなルールなのか。
まずそこから整理しておきましょう。
退職金規程の「中身」を知らないまま中退共に加入している経営者は少なくありません。
しかし、落とし穴を防ぐためには、まず「規程がどう計算されているか」を理解しておく必要があります。
退職金規程における退職金の一般的な算定方法
退職金規程には「いくら払うか」ではなく「どうやって計算するか」を定めるのが一般的です。
代表的な算定方法としては、次のようなものが挙げられます。
基本給比例方式とは|退職金規程での算定例➀
もっとも一般的な方法として、退職時の基本給を基礎として退職金額を算定する方式があります。
規程の例としては、次のような書き方が見られます。
退職金は、退職時の基本給に別表に定める支給率を乗じて算出する。
退職金算定基礎額(退職金を計算するベースとなる金額)は、退職発令日における当該社員の基本給とする。
この方式では、勤続年数ごとに定められた支給率(または支給月数)を用いて退職金額を算定することになります。
例えば、
- 勤続10年 支給率5.0
- 勤続20年 支給率10.0
- 勤続30年 支給率20.0
といった形で、勤続年数に応じた支給率を別表で定める例が一般的です。
ポイント方式とは|退職金規程での算定例➁
近年では、ポイント制による退職金制度を採用する企業も増えています。
この方式では、勤続年数や役職、評価などに応じてポイントを付与し、その累計ポイントを基に退職金額を算定します。
規程の例としては、次のような形になります。
退職金額は、退職時点における累計ポイントにポイント単価を乗じて算出する。
退職事由に応じて、別表に定める退職事由係数(自己都合・会社都合など、退職の理由によって変わる掛け率)を適用する。
具体的な算定式は、次のようになります。
退職金 = トータルポイント × 退職事由係数 × ポイント単価
この方式は、基本給に直接連動させないため、退職金コストをコントロールしやすいという特徴があります。
退職金規程の特徴|中小企業の制度設計で押さえるポイント
これらの算定方法に共通する特徴は、いずれも
- 退職金額の計算方法を規程で定める
- 勤続年数や評価などの要素を用いて金額を算定する
という点にあります。
つまり退職金規程は、会社が自ら計算して支払うことを前提に作られている場合がほとんどです。
ところが実務では、中退共などの外部制度を使って退職金を運用している中小企業が多くあります。
ここに落とし穴があります。
規程と制度が別々に動いている場合、金額にズレが生じる可能性があるのです。
退職金規程と中退共は金額が違うことも|会社が補填する場合も
中小企業では、退職金制度として中小企業退職金共済(中退共)を利用している企業が多く見られます。
中退共は、毎月掛金を払い込むだけで、退職時に共済機構から社員へ直接退職金が支払われる制度です。
そのため、経営者の中には
「中退共に加入しているから、退職金制度は整備できている」
と考えるケースも少なくありません。
しかし、ここに多くの経営者が見落としがちな落とし穴があります。
就業規則や退職金規程では、一般的に
退職金は、退職時の基本給に別表の支給率を乗じて算出する
といった形で、会社が支払う退職金額の算定方法が定められていることが多くあります。
この場合、実際の制度として中退共を利用していても、退職金規程と中退共の支給額が必ず一致するとは限りません。
例えば、次のようなケースです。
退職金規程では
退職時基本給
40万円
勤続30年
支給率30
退職金
40万円 × 30
= 1,200万円 となります。
一方、中退共の場合
掛金
月2万円
30年加入
支給額
約 1,000万円 となります。
この場合
退職金規程(1200万円) > 中退共支給額(約1000万円)
という状態になります。
退職金規程と中退共は、もともと別の制度です。
何もしなければ、金額がズレるのは当然とも言えます。
退職金規程と中退共のズレが会社負担に|補填リスクと注意点
退職金制度は義務ではありません。
しかし、一度規程に定めた以上、それは会社が果たすべき約束です。
つまり、規程に書かれた金額と中退共の支給額にズレがある場合、その差額は会社が負担しなければならない可能性があります。
上記の
退職金規程
1,200万円
中退共
約1,000万円
という場合、差額である
約200万円
について、会社が補填する必要が生じる可能性があります。
逆に、中退共の支給額が退職金規程で定めた金額を上回るケースもあります。
例えば
・若年退職
・自己都合退職
・掛金水準が高い場合
などです。
しかし、中退共の退職金は
共済機構から従業員へ直接支払われる仕組み
となっているため、会社がその差額を回収することはできません。
中退共の公式Q&Aでも、差額を会社が受け取ることはできないとされています。
このように
・規程額 > 中退共 → 会社が補填する可能性
・中退共 > 規程額 → 会社は調整できない
という構造になる場合があります。
なぜこうなるのか。理由はシンプルです。
「中退共に加入した。でも退職金規程は昔のまま」という状態で何年も運用されているケースが多いからです。
問題が表面化するのは、決まって退職者が出たときです。
そのタイミングで初めて「こんなはずじゃなかった」という事態になります。
大切なのは「制度を入れた」で終わらないことです。
実際に使っている制度と退職金規程の内容が一致しているか、今すぐ確認してみてください。
退職金規程と中退共のズレを防ぐ実務上の予防策
では、どうすれば防げるのか。対応策は大きく4つあります。
すべてに対応する必要はありません。
まず①だけ、今週中に確認してください。
退職金規程に中退共の旨が明記されているかどうかを確認するだけで、大半のリスクは防ぐことができます。
その一文があるかないかで、退職時のトラブルリスクは大きく変わります。
① 中退共で退職金を支給する旨を規程に明記する
例えば、退職金規程に次のような形で定める方法です。
「会社は、中小企業退職金共済制度に加入し、従業員の退職金は同制度に基づき支給するものとする。」
このようにしておけば、退職金額は中退共の支給額によるという整理になります。
② 退職金規程の計算方法を見直して中退共と合わせる
すでに
退職時基本給 × 支給率
といった形で退職金額を定めている場合は、中退共との関係を整理したうえで、規程の見直しを検討する必要があります。
特に「規程を作ったきり、何年も見直していない」という会社は要注意です。
③ 退職金制度を導入するなら規程もセットで整備
これから中退共を導入する場合は、
・退職金規程
・就業規則
を同時に整備しておくことが望ましいでしょう。
制度だけ入れて規程を放置すると、後から痛い目を見ます。
最初にセットで整備しておくのが鉄則です。
④ 中退共との差額は規程でどう扱うか整理しておこう
退職金規程による計算額と、中退共から支払われる退職金額に差が生じる可能性がある場合には、その取扱いをあらかじめ規程で整理しておくことも考えられます。
例えば、
・中退共による退職金を退職金として取り扱う
・差額について会社の支払義務は生じない
こうした一文を規程に入れておくだけで、退職時のトラブルをあらかじめ防ぐことができます。
実務でよく見られる退職金規程と中退共のズレケース
私が企業の就業規則を確認していると、退職金制度について次の3つのケースが特によく見られます。
① 中退共に入っていても退職金規程がないケースの実務上の問題
中退共に加入しているだけで、退職金規程自体が作成されていないケースです。
制度は動いていても、労働条件としてのルールが明確でない状態です。
トラブルになったとき、会社が不利になるリスクがあります。
② 規程はあるけど中退共との関係が書かれていない場合の注意点
退職金規程には
基本給 × 支給率
といった計算式があるものの、実際には中退共で運用されているというケースです。
規程通りに計算すれば会社が差額を負担しなければならない状態なのに、誰も気づいていないケースです。
③ 古い退職金規程が残ったままの中退共導入企業の注意点
以前は会社が直接退職金を支払う制度だったが、その後中退共を導入したものの、規程の内容を変更していないというケースです。
長年問題が表面化しないまま運用されていることが多く、退職時になって初めてズレが発覚します。
実際に私がご支援した従業員25名の建設業D社では、10年以上前に作成した退職金規程がそのまま残っており、中退共の支給額との間に約150万円のズレが生じていました。
幸い、退職者が出る前にご相談いただいたため、規程を見直して「中退共の支給額をもって退職金とする」旨を明記することで、会社負担を回避することができました。
もしそのまま退職者が出ていたら、150万円を会社が補填しなければならない状態でした。「制度を入れたから大丈夫」と思っていた経営者が、青ざめた瞬間でした。
自社の退職金制度をチェックしてみましょう
ここまで見てきたように、退職金規程と中退共の制度が一致していない場合、思わぬ退職金負担が生じる可能性があります。
一度、自社の制度について次の点を確認してみてください。
セルフチェック
□ 現在の中退共の掛金水準で、長期加入した場合の支給額を確認したことがあるか
□ 退職金規程に「中退共による退職金支給をもって退職金とする」といった趣旨の記載があるか
□ 退職金規程を長期間見直していない状態になっていないか
心当たりがある項目があれば、早めに規程の見直しをお勧めします。放置するほどリスクは大きくなります。
まとめ|中退共と退職金規程の整合性を確認してトラブルを防ぐ
「制度を入れた」は、スタートラインに立ったにすぎません。
中退共に加入しているだけでは不十分です。
退職金規程と実態が一致していなければ、退職者が出るたびに会社が余分な負担を背負うリスクがあります。
今すぐ確認してほしいのはたった一つです。
- 「自社の退職金規程と、実際に使っている制度の金額は一致しているか」
これだけです。
もし「よくわからない」という状態であれば、それ自体がリスクのサインです。
早めに専門家に相談することをお勧めします。
次回予告|生命保険を活用した退職金制度と規程の関係
今回の記事では、退職金規程と中退共の退職金額が一致しない可能性について解説しました。
中小企業の退職金制度では、中退共のほかにも「生命保険を活用した退職金制度」が採用されているケースも少なくありません。
次回は、「生命保険を活用した退職金制度と退職金規程の関係」について解説します。
実務では、
・生命保険で退職金を準備している
・しかし退職金規程との関係が整理されていない
というケースも見られます。
「生命保険で退職金を準備しているから大丈夫」と思っている経営者にこそ、読んでほしい内容です。
次回もぜひご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
📌社会保険・労務対応・就業規則作成等について👉奈良県・大阪府・京都府・三重県など、近隣地域の企業・個人の方は・・・⇨戸塚淳二社会保険労務士事務所 公式ホームページからお問い合わせください。
📌遠方の方や、オンラインでのご相談をご希望の方は⇨ココナラ出品ページをご利用ください。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
コメント