本記事は「退職金・企業年金制度」シリーズの第5話です。
前回の記事では、法人生命保険を活用して「オーナー社長自身の出口戦略」と「事業防衛」を同時に叶える仕組みについて解説しました。
前回の記事は👉中小企業経営者の退職金:法人生命保険が選ばれる理由
生命保険という「安全な器」を活用することで、手元資金のバランスを見ながら計画的に退職金をストックしていく道が開けます。
しかし、中小企業の退職金・資産形成の選択肢を見渡すと、生命保険や従来からある共済制度のほかにも、近年経営者の間でひそかに、しかし確実に関心を集めている強力な仕組みがあります。
それが、今回テーマに取り上げる「企業型確定拠出年金(企業型DC)」です。
- 大企業が導入している難しい福利厚生の制度でしょ?
- うちのような中小企業には関係ないのでは……
そう思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は近年の法改正や金融サービスの充実にともない、中小企業こそあえて企業型DCを選ぶべき理由が次々と生まれています。
今回は、中退共や法人生命保険とは何が違うのか、そしてなぜ今の中小企業でこれほど注目されているのか、その全貌を解き明かしていきます。
この記事で分かること
- 中小企業が今こそ企業型DCを選ぶべき理由
- 中退共・DBにはない企業型DCならではの強み
- 事業主拠出型と選択制DC、2つの設計方式の違い
- iDeCoとの併用・移換パターン
- オーナー社長・役員自身も加入できるのか
なぜ今、中小企業で「企業型DC」が注目されているのか?
中小企業の退職金制度といえば、長年にわたり「中退共(中小企業退職金共済)」や「特退共」が王道として選ばれてきました。国の助成金もあり、多くの企業がその土台を利用しています。
では、なぜ今、あえて別の選択肢である「企業型DC」に熱い視線が注がれているのでしょうか。
全体の導入率は「約2%」|だからこそ大きなチャンスになる
厚生労働省の統計資料(確定拠出年金統計資料等)および厚生年金保険の適用事業所総数をもとに算出すると、日本国内の企業全体における企業型DCの導入事業所数は約5万〜6万社、全体に対する導入率は約2.1%にとどまっています。
これをどう見るか。
文字通り「ほとんどの企業がやっていないマイナーな制度」と捉えることもできますが、経営者の視点を少し変えると、全く逆の事実が見えてきます。
従業員1,000人以上の大企業では企業型DCの導入率が約5割にのぼる一方、従業員100人未満の中小企業では導入率が1割に満たないのが現状です。
企業規模による導入格差は依然として大きく、大企業や優秀な人材にとって「退職金や資産形成のサポートがあること」はすでにスタンダードになりつつあります。
一方で、中小企業における導入率はわずか1割未満。
この数字のギャップが意味するのは、「まだ他の会社がやっていない今だからこそ、自社で導入するだけで地域や業界内において圧倒的な『採用・定着の差別化』を図れる」ということです。
優秀な人材が集まらない、定着率を上げたいと悩む経営者にとって、企業型DCは他社が一歩も踏み出していない強力な武器になり得ます。
「大企業のもの」から「中小企業が選ぶべきもの」へ
かつて、企業型DCは複雑な管理や大手企業向けのシステムというイメージが強くありました。
しかし、ここ数年で専門の運営管理機関による中小企業向けの低コストなプランや、使いやすいプラットフォームが劇的に整ってきました。
- 外部の節税保険のルールが厳しくなり、代わりになる堅実な仕組みを探している
- 従業員の老後不安が高まる中、自社でしっかりと資産形成をバックアップしたい
- 何より、中退共などの共済ではカバーできない『オーナー社長自身の出口戦略』や『会社のキャッシュフローに合わせた柔軟な設計』を両立させたい」
こうした現代の中小企業特有のリアルな経営課題を、見事にクリアできる仕組みとして、企業型DCへの関心が急速に高まっているのです。
そもそも「企業型DC(確定拠出年金)」とはどんな制度か?
企業型DC(確定拠出年金)とは、一言でいえば「会社が掛け金を拠出し、従業員が自ら運用し、その結果をもとに将来の退職金を受け取る」という年金制度です。
「会社が将来の金額を保証する」従来のDB(確定給付企業年金)や、「会社が積み立て、運用も一任する」中退共(中小企業退職金共済)とは異なり、「会社は掛け金を払うことだけを確定させ、運用のリスクとリターンは個人(加入者)が負う」という仕組みになっています。
では、中小企業において「王道」とされる中退共や、従来の退職金制度と比べたとき、この制度の本質的なアドバンテージはどこにあるのでしょうか。
経営者が押さえておくべきポイントは大きく2つあります。
① 共済やDBにはない「インフレに対応できる運用の選択肢」
長年にわたり中小企業の退職金の定番だった中退共などの共済制度や、大企業を中心に採用されてきたDB(確定給付企業年金)は、企業型DCとは異なり、退職金や年金給付について、あらかじめ定められたルールに基づいて給付額を決める仕組みです。
将来の給付額があらかじめ決められている、または一定のルールに基づいて給付額が決まる制度では、物価上昇によって将来の給付の実質的な価値が低下する可能性があります。
また、DBの場合は長引く低金利や運用実績が将来の予定利率を下回った際、将来の約束された給付額を穴埋めするために、会社側に追加の拠出(特別掛金)という重い財務負担が跳ね返ってくるという構造的な弱点もあります。
その点、企業型DCでは、加入者自身が定期預金だけでなく国内外の株式や投資信託など、インフレへの対応を意識した運用商品を選択できるという特徴があります。
会社が拠出の責任だけを持ち、運用の選択を個人に委ねることで、会社が予期せぬ追加負担を抱えるリスクを防ぐことができます。
※もちろん、どのような商品を選ぶかによって結果は異なり、元本確保型の商品を選んだ場合はインフレの影響を受ける点には注意が必要です。
会社が福利厚生として企業型DCの土台を提供することは、単なる退職金の積み立てに留まらず、「社員が自らの選択でインフレ等の環境変化に対応しながら資産形成を行えるプラットフォームを整える」という、極めて現代的で合理的なサポートになります。
② 会社の財務状況に合わせた「柔軟な設計」
従来の退職金制度は、一度掛け金を設定すると、その後の変更が極めて困難でした。
特に中退共などは法的な減額要件を満たさない限り、経営が苦しくなったからといって簡単に掛け金を下げることはできません。業績が変動しやすい中小企業にとって、この「固定的なコスト」は将来の大きな経営リスクになり得ます。
一方、企業型DCは、会社が定める規約の範囲内であれば、会社の財務状況に応じた柔軟な設計や、後述する「選択制」のような仕組みを取り入れることが可能です。
- 中退共やDB: 確実で堅実だが、導入後の設計変更のハードルが高い。
- 企業型DC: 導入前の設計段階で、会社のキャッシュフローや経営状況に無理のない仕組みを組み立てやすい。
※ただし、一度定めた掛金や規約を後から安易に変更・減額することは、労働法や運営管理上のルールから容易ではないため、あくまで「導入時の設計の自由度が高い」という点に留意が必要です。
このように、企業型DCは単なる「退職金の代わり」ではなく、「変化の激しい時代の中で、社員を守りながら会社の財務健全性も維持するための、極めて合理的な経営ツール」と言えます。
なお、企業型DCには主に「会社が独自に掛金を上乗せして負担するタイプ」と、給与の一部を従業員が選択する「選択制DC」の大きく分けて2つの設計方法があります。
どちらを選ぶかで会社の財務へのインパクトは全く異なります。
企業の負担構造を理解する|事業主拠出型と選択制DC
企業型DCにおける会社の負担構造は、どのような制度設計(拠出方式)を選ぶかによって異なります。
経営者が押さえておくべきなのは、主に以下の2つの設計方法です。
① 事業主拠出型|「福利厚生の充実・採用強化」を目的とする場合
会社が退職金規程に基づき、給与や賞与とは別に、福利厚生として事業主掛金を毎月拠出するタイプです。
- 仕組みの概要
- 従来の退職金制度や中退共と同じように、会社が責任を持って社員の資産形成を支援する形です。
- 経営者の視点
- 会社が拠出する掛金は、税務上、原則として損金算入の対象となります。優秀な人材の確保や定着率の向上に向けた「攻めの投資」として活用できます。
② 選択制DC|「既存の人件費の範囲内」で制度を構築する場合
「社員に資産形成の選択肢を与えたいが、毎月の新たな人件費の持ち出しは増やしたくない」という場合に選ばれる設計です。
- 仕組みの概要
- もともとの給与・賞与の中に「退職金の前払い分(選択原資)」をあらかじめ組み込んでおき、それを「毎月の給料としてそのまま受け取る」か「企業型DCの掛金として会社経由で老後資金に回す」かを、従業員自身が選ぶ仕組みです。
- 経営者の視点
- 会社のキャッシュフローを大きく圧迫せずに本格的な退職金・資産形成のプラットフォームを社内に導入できるため、財務バランスを重視する中小企業でよく採用されます。
選択制DCは税負担や手取りのバランスだけを見て安易に導入を判断すべき制度ではありません。給与をDC掛金に振り替える設計とする場合、以下のような社会保険および各種給付への影響が発生する可能性があります。
- 社会保険料と標準報酬月額への影響
- 掛金として拠出した分だけ課税前の給与(標準報酬月額)が変動するため、会社および従業員が負担する健康保険料や厚生年金保険料の額が変わる可能性があります。
- 将来の受給額(年金・各種手当)への影響
- 標準報酬月額の変動に伴い、将来受け取る老齢厚生年金の額だけでなく、万が一の際の傷病手当金や出産手当金、失業時の雇用保険の給付などの算定基礎にも影響を及ぼす場合があります。
こうした影響を正確にシミュレーションし、従業員が「目先の税制メリット」と「将来の保障」のバランスを正しく理解できるよう、導入前に丁寧な説明と同意形成を行うことが実務上極めて重要となります。
なお、拠出方式(事業主拠出型・選択制DCのいずれであっても)にかかわらず、2026年には加入対象者の範囲に関わるもう一つの重要な改正があります。
2026年10月の社会保険適用拡大で、加入対象者の範囲が広がる
2026年10月から、パートタイム労働者の社会保険加入要件のうち、賃金要件(所定内賃金が月額8.8万円以上)が撤廃されました。
これにより、週20時間以上働く短時間労働者であれば、これまで月額8.8万円未満だったために対象外だった層も、新たに社会保険の加入対象となります。
企業型DCは原則として厚生年金の被保険者が加入対象となるため、この改正により、これまで加入対象ではなかった短時間労働者が、新たに企業型DCの加入対象にもなり得ます。
ただし、企業型DCの規約で「所定労働時間がフルタイムの4分の3以上の者」など独自の加入要件を定めている場合は、短時間労働者を対象外とすることも可能です。
自社の規約内容と、今回の改正で新たに加入対象となる従業員の範囲を、改めて確認しておくことをお勧めします。
この改正の詳細は👉社会保険 週20時間で加入義務|2026年10月改正・賃金要件撤廃を解説
(補足)社員の自発的な上乗せをサポートする「マッチング拠出」
なお、上記のようなメインの拠出方式に付随する仕組みとして、従業員が自分の意志でプラスアルファの上乗せを行える「マッチング拠出」というオプションもあります。
- 仕組みの概要
- 会社が掛金を拠出している企業型DCにおいて、従業員が希望する場合、自分の給与からさらに追加で掛金を天引きして上乗せすることができる制度です。
- 2026年4月1日から、加入者掛金が事業主掛金を超えることができないという制限は撤廃されています(この改正の適用には規約変更が必要です)。ただし、拠出限度額の範囲内である必要があります。
- さらに、2026年12月1日施行の年金制度改正法により、企業型DCの拠出限度額自体も月5万5,000円から月6万2,000円へ引き上げられます(実際の拠出への反映は2027年1月分から)。
- 他に企業年金(DB等)がない会社であれば、会社の掛金と従業員のマッチング拠出を合わせて月6.2万円まで活用できるようになるため、事業主拠出型・マッチング拠出型の設計において、資産形成や役員自身の退職金準備の選択肢が今後さらに広がる見込みです。
- 経営者・従業員にとっての価値
- 「もっと自分で老後資金を手厚く準備したい」という従業員のニーズに対し、個別のiDeCoの手続きをさせずとも、会社のプラットフォームの中で一体的にサポートすることができます。
よくある疑問|iDeCoを利用している社員はどうなる?
企業型DCの導入を検討し始めると、経営者や人事担当者から必ずと言っていいほど出てくるのが「うちの社員、すでに個人でiDeCo(個人型確定拠出年金)をやっているみたいだけど、会社で企業型DCを導入したらどうなっちゃうの?」という疑問です。
社員個人の資産形成に水を差してしまうのではないかとお心配されるかもしれませんが、一定の要件を満たせば、これまで個人で積み上げてきたiDeCoの資産を会社の企業型DCへ移換できる場合もあります。(いわゆるポータビリティの活用です。)
ただし、「どのような選択ができるか」「資産を移すことができるか」は、会社が導入する企業型DCの規約や設計(マッチング拠出の有無など)や個人の加入状況によって異なります。
自社の制度設計によって異なる、主な組み合わせのケース
すでにiDeCoに加入している社員がいる場合、会社側の制度設計に応じて、主に次のような状況や選択肢に分かれます。
① マッチング拠出を活用して一本化するケース
- 内容
- 個人でやっていたiDeCoの資産をすべて会社の企業型DCへ移し(移管)、さらに会社の掛金に自分の給与から上乗せ(マッチング拠出)して、老後資金の積立を会社の仕組み一つにまとめる方法です。
- メリット
- 口座管理が最もシンプルになり、手数料も会社のプラットフォームに乗るため個人のコスト負担を抑えやすくなります。マッチング拠出を活用して効率よく積立枠を広げたい人に最適です。
② 企業型DCとiDeCoを「併用(同時加入)」するケース
- 内容
- 会社が拠出する掛金を受け取りつつ、会社のマッチング拠出は利用せず、自分個人のiDeCo口座を別途持ち続けて拠出を並行する方法です(※法律上の拠出限度額などの条件あり)。
- メリット
- 会社の上乗せ(マッチング)を使わない代わりに、これまで通り自分の好きな金融機関や運用商品をiDeCo側で自由に選び続けたい場合に適しています。
③ 企業型DCの口座へこれまでの資産を「移換」してまとめるケース
- 内容
- 過去に積み上げてきたiDeCo資産だけを会社の企業型DCへ移して管理を一本化し、追加の積立(マッチング拠出や新たなiDeCoでの掛け金追加)は行わない方法です。
- メリット
- 新たな毎月の積立負担を増やさず、過去の資産を一箇所にまとめてすっきりと管理したい場合に適しています。
経営者・担当者が押さえておくべきサポートのポイント
すでにiDeCoを始めている熱心な社員ほど、「自分の積立や資産がどうなってしまうのか」を非常に気にかけます。実務上、経営者や担当者が押さえておくべきポイントは以下の通りです。
- これまでの積立資産の保護
- 個人で積み上げてきた資産は、企業型DCへそのまま引き継ぐ(ポータビリティの確保)ことができるため、資産が消えたり不利な条件になったりすることはありません。
- 規約に合わせた案内が必要
- 自社がどのようなプラン・規約で企業型DCを導入するか」によって、社員が選べるルートや手続きが異なります。
- 導入の際は、金融機関や社労士のサポートを受けながら、社内の対象者に向けて「自社ではどのような選択・手続きができるのか」を事前に整理して案内することが不可欠です。
オーナー社長や役員自身も企業型DCに加入できるのか?|他の制度との比較
ここまで「社員の資産形成や会社の財務リスク」の観点から企業型DCを見てきましたが、中小企業の経営者にとって最も見逃せない関心事は、「そもそも私自身(オーナー社長や役員)も企業型DCに加入して、自分の退職金や資産形成に使えるのか?」という点でしょう。
前回の記事で取り上げた「法人生命保険」や、定番の「中退共・特退共」と比べたとき、経営者自身の出口戦略として企業型DCをどう位置づけるべきか、その全体像を整理します。
役員(代表取締役・取締役等)自身も企業型DCに加入できるのか?
結論から申し上げますと、会社が厚生年金を適用しており、代表取締役や取締役自身がその「被保険者」として給与を得ている場合、原則として企業型DCの加入者になることができます。(雇用型の代表取締役や取締役も同様に要件を満たせば対象とすることができます。)
ただし、導入にあたっては以下の重要な注意点があります。
- 「役員だけで始める」ことはできない
- 企業型DCは「従業員の福利厚生・退職金制度」としての性格が強いため、従業員を一切対象とせず、役員(社長含む)だけで掛金を拠出するような制度設計は、税務上の合理性において大きな問題となります。
- 合理的なルール設定が必要
- 会社が「事業主掛金」として拠出する場合、代表者・役員と一般従業員との間で、規約や役職に応じた合理的なルールに基づいて設計を行う必要があります。従業員も含めた制度の全体設計をどうするか、あるいは「選択制DC」を活用して全社員に選択肢を開く形にするかなど、専門家を交えて慎重に検討しなければなりません。
【比較】退職金準備における「社長・役員の出口戦略」
経営者や役員自身の退職金準備という観点で、代表的な制度を比較すると、それぞれの役割と違いが明確になります。
| 比較項目 | 法人生命保険 | 中退共 | 特退共 | 企業型DC |
| 役員の加入 | 可能 | 不可(原則対象外) | 不可(原則対象外) | 可能 |
| 資金の性質 | 解約返戻金等を退職金へ | 従業員向けがメイン | 従業員向けがメイン | インフレ対応型の資産形成 |
| 運用リスク | 保険会社(安全) | 国の制度(安全) | 予定利率型(安全) | 加入者自身(自己責任) |
| 経営者への意義 | 計画的な積立の「器」 | 従業員向けの定番 | 地域で活用しやすい | インフレ対応と一体化 |
- ※中退共:中小企業退職金共済制度
- ※特退共:特定退職金共済制度
「社長自身の出口戦略」としての企業型DCの立ち位置
中退共や特退共などの伝統的な共済制度は、制度上、中小企業の「事業主や法人の役員」自身は加入することができません(あくまで従業員のための制度です)。
一方、企業型DCは前述の通り、要件を満たせば役員自身も加入対象になり得ます。
そのため、これまで多くのオーナー社長は、法人生命保険などを組み合わせて自分の退職金を準備してきました。
そこに「企業型DC」という選択肢を組み合わせることで、「会社の財務リスクを抑えながら、社員の老後不安を解消し、さらに条件が合えば経営者・役員自身の資産形成のプラットフォームとしても活用する」という、非常にスマートで現代的な出口戦略を描くことが可能になります。
法人生命保険や特退共という「安全な器」による王道の備えに加え、インフレ対応も視野に入れた企業型DCをどう設計に組み込むか――。
自社の規模や財務状況に合わせた最適なバランスを見極めることが、前回の出口戦略から続く、次世代の経営において大きなカギとなります。
導入に向けた具体的なステップと実務上の注意点
「自社でも企業型DCを導入して、財務リスクを抑えながら社員の資産形成をサポートしたい――」 ここまで検討を進めたら、いよいよ実際の導入に向けた具体的な実務プロセスに入ります。
企業型DCの導入は、金融機関との契約だけでなく、給与体系の変更や労務管理、そして従業員への説明が伴います。
「いざ始めよう」となったとき、「えっ、役所への申請や規程の作成なんて必要なの?」と驚かれる経営者の方も少なくありません。
個人でiDeCoを始めた際に口座開設まで数ヶ月かかって驚いた経験があるかもしれませんが、企業型DCも国の公的制度であるため、同様にしっかりとした手続きが必要になります。
しかし、経営者が一人で書類作成や役所への申請に走り回るわけではありません。
以下のステップと実務の流れを押さえておけばスムーズに進めることができます。
導入に向けた3つのステップ
- 専門機関や専門家への相談
- 中小企業向けの企業型DCを扱っている金融機関(ネット証券や銀行・保険会社など)や、企業年金に強いコンサルティング会社に相談し、自社に合うプランをシミュレーションしてもらいます。
- 同時に、給与や就業規則に詳しい社会保険労務士(社労士)にもサポートを依頼します。
- 従業員が数名〜十数人の小規模な会社でも専門のコンサル会社やネット証券は喜んで対応してくれます(コストや最低人数だけ事前に確認が必要です)。
- 社内規程の整備と所定の申請手続き
- 企業型DCは法律に基づいて運営される私的年金制度であり、導入にあたっては企業型年金規約を作成し、厚生労働大臣の承認を受けるなど、所定の手続きが必要です。
- また、これに伴い退職金規程の整備や、選択制DCを導入する場合は賃金規程・就業規則の改定も必要となります。
- 実務のポイント: 経営者がゼロから文面を考えたり役所に通ったりするわけではなく、金融機関やコンサル会社、社労士がひな形の用意から各種規程の整備、申請の代行までをすべてサポートしてくれますのでご安心ください。
- 従業員への説明と合意形成
- 「なぜ導入するのか」「給与や老後資金がどう変わるのか」を従業員向けに説明し、すでにiDeCoをやっている人への案内も含めて社内の合意を取ります。
企業型DCの導入に伴う就業規則や賃金規程の見直しについても対応しています。👉就業規則の作成・見直しについてはこちら
実務上の注意点
- 給与計算や社会保険手続きへの影響
- 選択制DCなどを導入する場合、掛金の拠出によって課税給与が変わるため、毎月の給料計算や社会保険料の標準報酬月額の届出に直接影響します。
- 事前に自社の給与計算ソフトや担当者が対応可能かを確認しておきましょう。
- 「作って終わり」ではない継続的なサポート
- 制度がスタートしたあとも、新入社員の加入や退職時の手続きなどが発生します。導入時だけでなく、その後の運用も伴走してもらえる体制を作っておくことが大切です。
企業型DCの導入・運用に伴う労務上の疑問についてもご相談いただけます。👉労務相談についてはこちら
まとめ|企業型DCだけが正解ではない。自社に合った退職金制度を選ぶ
企業型DCには、加入者自身が運用商品を選び、長期的な資産形成を行えるという特徴があります。
一方で、中退共には従業員の退職金をシンプルに準備できるメリットがあり、法人生命保険には保障と資金準備を組み合わせられる強みがあります。
大切なのは、「どの制度が一番優れているか」ではありません。
自社の財務状況、従業員への福利厚生、社長自身の退職金、将来の事業承継まで考えたうえで、どの制度を、どのように組み合わせるかという視点です。
退職金制度は、単なる福利厚生ではありません。
会社の財務と人材、そして経営者自身の将来を支える「経営戦略」の一つです。
自社に合った制度を見極め、無理のない形で組み合わせていくことが重要です。
次回予告|確定給付企業年金(DB)とは
企業型DCは「掛金」を先に決め、運用結果によって将来の受取額が変わる制度です。
では、「将来の給付額を先に約束したい」という会社には、どのような選択肢があるのでしょうか。
次回は、確定給付企業年金(DB)を取り上げます。
DBは、将来の給付ルールをあらかじめ定め、そのために必要な掛金を会社が拠出していく仕組みです。企業型DCとは対照的に、会社側が給付の実現に責任を持つ制度でもあります。
自社で制度を設計する「規約型」と、既存の企業年金基金に加入する「基金型」、2つの導入方法の違いや、中小企業がDBを選ぶ際のメリット・注意点について解説していきます。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
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