「ノルマのために、売れ残った商品を自分で買った」——そんな話を、一度は耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
こうした「自爆営業」は、会社が労働者に対して自社の商品やサービスの購入を求め、労働者が自由な意思で断ることが難しい状況になるような行為を指します。
これまでも、自爆営業については具体的な相談事例や裁判例がありました。
そして、2026年10月1日から適用される改正パワーハラスメント防止指針では、「商品の買い取り強要等(いわゆる自爆営業)」について、パワーハラスメントの3つの要件をすべて満たす場合には、パワーハラスメントに該当することが明記されます。
ポイントは、単に「社員に商品を買わせているかどうか」ではなく、その背景にある営業目標や人事評価の仕組みです。
この記事で分かること
- 2026年10月義務化、パワハラ指針に明記される「自爆営業」の定義
- 「買え」と言わなくてもパワハラになる3つの要件と法的境界線
- コンビニ・郵便局員…実際に起きている自爆営業の具体的な手口
- 賠償額約362万円、美研事件から学ぶ企業の法的リスク
- 営業目標・人事評価を見直す、現場で断れる仕組みの作り方
2026年10月から自爆営業の扱いはどう変わる?
2026年10月1日から適用される改正パワーハラスメント防止指針では、「商品の買い取り強要等(いわゆる自爆営業)」が明記されます。
この改正については、2025年11月17日の労働政策審議会・雇用環境・均等分科会において、いわゆる自爆営業について、パワーハラスメントの3つの要件を満たす場合にはパワーハラスメントに該当することを、パワーハラスメント防止指針に明記することが適当とする考え方が示されました。
では、2026年10月から何が変わるのでしょうか。
今回の改正で重要なのは、「自爆営業」という行為そのものが一律に禁止されるわけではないということです。
自爆営業がパワーハラスメントに該当するかどうかは、次の3つの要件をすべて満たすかどうかがポイントになります。
パワハラの3つの要件
- 優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
- 労働者の就業環境が害されること
特に重要なのが、「本人の自由な意思による購入だったのか」という点です。
会社が「購入は任意」と説明していても、営業目標や人事評価などを背景に、実際には「買わざるを得ない」状況になっていれば、自由な意思による購入とはいえない可能性があります。
つまり、企業が確認したいのは、社員が商品を買ったかどうかではなく、本当に自分の意思で買ったのかということです。
パワーハラスメントの基本的な考え方については、こちらの記事で詳しく解説しています。
👉パワハラとは|3要素と6類型を徹底解説|職場での防止策も紹介
2026年10月からの指針改正を機に、自社の営業目標や社員への働きかけについて、一度確認してみることが重要です。
自爆営業では、どのような問題が起きているのか?
自爆営業については、複数の業種で具体的な相談事例や報道、裁判例が存在します。
一方、現時点では、自爆営業の被害者数や経験率、相談件数を全国規模で集計した公的な統計は公表されていません。
では、実際にはどのような問題が起きているのでしょうか。
内閣府の資料では、例えば次のような事例が紹介されています。
- コンビニで、恵方巻やクリスマスケーキなどの販売目標を達成するため、従業員自身が商品を購入する
- 「売らなくても買えばいい」と言われ、売れ残った商品を従業員が購入する
- 商品の購入を断った後、シフトを減らされる
- 飲食店で、作り間違えた商品などを従業員が買い取る
また、過去には郵便局員が販売目標の達成のために年賀はがきなどを自腹で購入する事例が報道され、会社側も販売目標の廃止や不適正営業の禁止などの対策を進めてきました。
このほか、農協や保険・共済、アパレル、美容・エステなどでも、商品やサービスの購入・契約を従業員に求めることについて、自爆営業の問題として取り上げられることがあります。
こうした事例を見ると、自爆営業の問題は、単に「商品を買うよう求められる」ことだけではありません。
販売目標や人事評価などを背景に、従業員が購入せざるを得ない状況になっているかどうかが重要になります。
会社が直接「買え」と命令していなくても、例えば次のような状況では、実質的に断ることが難しくなっていないでしょうか。
- 購入しないと断りにくい雰囲気がある
- 自分で商品を購入して売上目標を達成した社員の評価が高くなる
- 購入しない社員が「やる気がない」「協力的ではない」と評価される
- 購入しないことで、配置やシフト、評価などに不利益が生じる
このような状況では、形式的には「任意」であっても、従業員が自由な意思で購入できているのかが問題になります。
こうした「事実上の強制」がなかったかどうかは、過去の裁判例からも読み取ることができます。
過去の裁判例から見る自爆営業
自爆営業は、2026年10月から適用される改正指針によって、初めて問題になったものではありません。
過去にも、従業員に会社の商品を購入させることをめぐって、裁判で争われた事例があります。
東京地裁・2008年11月11日判決(美研事件)
この裁判例では、会社の商品を購入することを従業員に求めたことなどについて争われました。
原告
会社の従業員
被告
勤務先の会社と、その上司ら
争点
会社側が、仕事上の立場を利用して、従業員に会社の商品を購入させたことが不法行為に当たるかなどが争われました。
従業員は、仕事をするためには会社の商品を理解する必要があり、そのためには商品を購入する必要があるという趣旨の説明を受けました。
しかし、従業員が購入を拒んだところ、仕事を続けることと商品の購入を結びつけるような対応をされ、最終的に約18万円の商品を購入しました。
判決
裁判所は、使用者としての立場を利用して、仕事と結びつけて商品を購入させたことは不当であり、不法行為に当たると判断しました。
その結果、商品購入に関する損害として、商品代金約18万円と弁護士費用約2万円が認められました(労働判例982号81頁)。
なお、この裁判では商品購入だけでなく、いじめや退職強要などについても争われています。これらを含めた損害賠償額は約362万円ですが、この金額すべてが自爆営業に対する賠償ではありません。
教訓
この裁判例が示すのは、「商品を理解するために購入が必要」といった一見もっともらしい説明であっても、それが仕事を続けることと引き換えの形で示された場合は、不法行為と判断され得るということです。
2026年10月からの改正指針のもとでも、こうした「業務上の説明」を装った購入要請が、実質的な強制になっていないかが問われます。
企業が確認したい「営業目標」と「人事評価」
自爆営業を防ぐためには、単に「社員に購入を強制しない」と決めるだけでは十分ではありません。
特に確認したいのが、営業目標、人事評価、そして管理職の対応です。
営業目標
まず、営業目標の設定や運用を確認します。
- 社員自身による購入を、売上目標の達成手段にしていないか
- 実際の顧客への販売だけでは達成が難しい、現実的ではない目標になっていないか
営業目標を達成するために、社員自身が商品を購入することを前提とした運用になっていないかがポイントです。
人事評価
次に、人事評価について確認します。
- 実際の顧客への販売実績と、社員自身による購入を同じように評価していないか
- 自爆営業をする社員だけが高く評価される仕組みになっていないか
- 商品を購入しないことで、評価や配置などに不利益が生じていないか
「購入は任意」としていても、評価制度によって購入を促す結果になっていないかを確認する必要があります。
管理職の対応
さらに、日頃の管理職の発言にも注意が必要です。
例えば、
- 「自分で買えばいい」
- 「売れなければ自分で買え」
- 「みんな買っている」
といった発言が繰り返されていないでしょうか。
会社としては、制度だけでなく、現場で管理職がどのような言葉を使い、社員にどのようなプレッシャーを与えているのかまで確認することが重要です。
では、企業はどうすればよいのか?
ここまで見てきた営業目標・人事評価・管理職の対応の視点を踏まえ、具体的には次の点をチェックしてみましょう。
- 社員自身の購入を営業目標達成の手段にしない
- 自爆営業をした社員が評価で有利にならないようにする
- 「自分で買えばいい」といった発言が現場で繰り返されていないか確認する
- 社員から相談があった場合は、購入に至った経緯やその後の評価・配置についても確認する
こうした見直しを進めようとすると、「対応にコストがかかる」「売上が落ちるのでは」と感じる企業もあるかもしれません。この点についても考えてみましょう。
自爆営業をなくしたら、会社は赤字になるのか?
しかし、それはそもそも、その会社の売上・利益構造に依存しすぎている可能性を示しているとも言えます。
社員自身の購入に頼らなければ営業目標を達成できないのであれば、営業目標の設定や販売方法そのものを見直す必要があるかもしれません。
自爆営業の問題は、単に「社員に買わせるか、買わせないか」という話だけではありません。
営業目標、人事評価、そして会社の売上構造。
これらを改めて考えるきっかけとして、自社の営業や労務管理を見直してみてはいかがでしょうか。
まずは、自社の営業目標が社員自身の購入を前提にしていないか、評価制度や現場の発言に「事実上の強制」につながる要素がないか、一つずつ確認するところから始めてみましょう。
まとめ|2026年10月からの自爆営業と企業の対応
2026年10月1日から適用される改正パワーハラスメント防止指針では、「商品の買い取り強要等(いわゆる自爆営業)」が明記されます。
ただし、自爆営業がすべてパワーハラスメントに該当するわけではなく、パワハラの3つの要件をすべて満たすかどうかがポイントになります。
企業が注意したいのは「買え」と命令したかどうかではなく、営業目標や人事評価を背景に、社員が実際には断れない状況になっていないかです。
また、自爆営業の問題は、社員への働きかけだけでなく、営業目標の設定、人事評価、管理職の対応、会社の売上構造とも関係します。
今回の指針改正を、自爆営業だけを禁止する機会と捉えるのではなく、社員が無理に商品を購入しなくても成り立つ営業や労務管理になっているのかを考える機会として、自社の仕組みを見直してみてはいかがでしょうか。
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
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