本記事は「同一労働同一賃金の本質と対策」シリーズの第1話です。
「パートさんだから、賞与がなくても仕方ない」
「正社員なんだから、手当に差があるのは当たり前」
こうした考え方は、長年、多くの企業で「常識」として受け入れられてきました。しかし今、この「常識」が法的リスクを生み、人手不足を深刻化させる要因になっています。
なぜ今、「同一労働同一賃金」がこれほど重視されるのでしょうか。その背景には、日本の雇用構造がこの50年で大きく変化したという事実があります。
この記事で分かること
- 非正規雇用の割合は50年で約10%から約37%へ増加
- 「正社員」という雇用形態が生まれた歴史的背景
- 非正規雇用が担ってきた役割と待遇格差の関係
- 業務内容と待遇のズレが生む法的リスク
- 同一労働同一賃金が求める雇用制度の見直し
非正規雇用の割合はどう変化した?この50年の推移
まずは、公的な統計データが示す日本の雇用の変遷を直視してみましょう。
| 年代 | 非正規雇用の割合 (概数) | 正規雇用の割合 (概数) | 備考 |
| 1970年代半ば (推計) | 約10% | 約90% | 女性パート・主婦アルバイトが中心 |
| 1985年(統計値) | 16.4% | 83.6% | 労働力調査による推計値 |
| 2024年(平均) | 36.8% | 63.2% | 非正規は2,126万人に到達 |
| 2025年(速報水準) | 約37% | 約63% | 非正規2,128万人、全雇用者の4割弱 |
(出典:総務省「労働力調査」、厚生労働省資料を基に作成)
統計の取り方は時代ごとに異なりますが、50年前の非正規雇用はおおむね「1割前後」の例外的な存在に過ぎませんでした。それが現在では、役員を除く雇用者の「4割弱」にまで膨れ上がっています。
かつて非正規雇用は、正社員を支えるほんのひと握りの「補助的な存在」でした。しかし今は、職場の3人に1人以上が非正規雇用であり、彼ら抜きでは現場が回らない「主戦力」となっているのが現実です。
同一労働同一賃金はなぜ重要?歴史から見る背景
「同一労働同一賃金」への対応は、単なる賃金アップの強制ではありません。非正規雇用が1割程度だった時代の雇用慣行を、非正規雇用が4割を占める現代に合わせて見直すことが求められているのです。
「パートだから低くて当然」という考え方のままでは、現在の法規制に対応することはできません。本シリーズでは、社会保険労務士の視点から、この問題の本質を明らかにし、中小企業が取るべき具体的な対応策を全10回でお伝えします。
- 第1章|歴史
- なぜ「正社員は格上」という意識が生まれたのか?
- 第2章|正体
- 現代に残る「不公平」の正体と法律の真実
- 第3章|実践
- 中小企業のための現状把握と改善ガイド
- 第4章|展望
- 待遇改善を「コスト」ではなく「投資」に変える
「法律だから守る」という受動的な対応を超え、次世代に選ばれる会社を作るための経営戦略として、この変革を捉え直してみませんか。
まずは日本の雇用の成り立ちから、この問題の背景を探っていきましょう。
非正規雇用が約4割の時代へ|現在の雇用の実態
まず、日本の雇用構造がどう変化してきたのか、もう一度データで確認しましょう。
1970年代半ば|非正規雇用は約10%だった
1970年代半ば、非正規雇用の割合はわずか約10%でした。
当時、企業で雇用される労働者のうち、非正規雇用はわずか約10%でした。その大半は家計補助のパート主婦や学生アルバイトで、組織の中では補助的な位置づけだったのです。
2024-2025年|非正規雇用は約37%にまで増加
一方、現在(と言っても2024-2025年ですが)の非正規雇用の割合は約37%です。非正規雇用者数は2,100万人を超え、職場の3人に1人以上が非正規雇用という状況になっています。
もはや「補助的な存在」ではありません。多くの職場では、非正規雇用者なしでは業務が回らないほど、組織の主要な戦力となっています。
賃金ルールはいつ作られた?非正規雇用時代とのズレ
ここで考えていただきたいことがあります。
貴社の賃金体系や手当、福利厚生のルールは、いつ作られたものでしょうか。
もし「パートだから賞与がなくても仕方ない」「正社員だけが特別」という考え方が根底にあるなら、それは非正規雇用が1割だった時代のルールを、4割が支える現在の組織に当てはめようとしていることになります。
10人に1人だった時代の常識を、3人に1人以上の現実に適用しようとすれば、無理が生じるのは当然です。その無理が、今「不合理な待遇差」という法的リスクとして表面化しているのです。
正社員という雇用形態が生まれた背景|終身雇用と年功序列
50年前、なぜ「全員正社員」が当たり前だったのでしょうか。
そこには、現代の雇用契約とは異なる、会社と社員の間の強固な約束がありました。
この約束が、今なお私たちの意識に残る「正社員」という概念の原点です。
会社からの保証|終身雇用による生涯の安定
高度経済成長期の企業にとって重要だったのは、優秀な労働力を他社に奪われず、長く確保することでした。そのために会社が提示したのが、以下のような保証です。
- 終身雇用
- 一度採用したら、定年まで雇用を守り抜く。
- 年功序列賃金
- 仕事の成果だけでなく、結婚・出産・住宅購入といった社員のライフステージに合わせて、右肩上がりに賃金を上げる仕組み。
会社は単なる職場ではなく、社員とその家族の生活を支える存在でした。
社員からの代償|転勤・残業など会社への無制限の責任
一方で、社員側にも相応の負担が求められました。それが、会社に対する無制限の責任です。
- 指揮命令への服従
- 残業、休日出勤、突然の転勤、未経験の職種への異動。
- これらを個人の事情で拒否することは、当時の正社員には許されませんでした。
- 会社優先の働き方
- 家族との時間や個人のキャリアよりも、会社の要請を最優先する。
つまり、会社が生涯の安定を保証する代わりに、社員は自分の時間と自由を会社に委ねるという、相互依存関係が成り立っていたのです。
「正規雇用」はどう成立したのか|保障と責任の交換関係
この「生涯守るから、何でも引き受けてほしい」という契約に合意し、会社という組織に深く組み込まれた人たちが「正規雇用(正社員)」と呼ばれました。
当時、この契約を結べること自体が、安定した生活を約束された一種の特権でした。
一方、後の「非正規雇用」となる人々は、この重い契約を交わしていない、あるいは交わせなかった人たちとして区別されることになります。
私たちが今使っている「正社員」という言葉の背景には、こうした自由と引き換えにした保障という歴史があるのです。
非正規雇用が生まれた理由|企業の人件費と雇用調整の仕組み
正社員という雇用形態が確立される一方で、なぜ「非正規雇用」という別の枠組みが必要とされたのでしょうか。
そこには、会社を維持し、正社員の雇用を守るための、経営上の理由がありました。
今日まで続く待遇格差の根源は、この非正規雇用に託された役割にあります。
景気変動への対応|正社員の雇用を守るための調整弁
一度「終身雇用」を約束した正社員を、景気悪化を理由に解雇することは、日本では法的にも社会的にも困難です。
そこで企業が採用したのが、景気変動に対応するための柔軟な雇用形態でした。
- 雇用調整の手段
- 好況時には人手を増やし、不況時には契約終了で対応することで、全体の雇用量をコントロールする。
- 正社員雇用の維持
- 経営が悪化した際、正社員を守るために、有期契約という形で雇用されたのが非正規雇用でした。
つまり、非正規雇用は正社員の雇用安定を支える調整弁として、組織に組み込まれたのです。
「補助的な働き手」という前提|非正規雇用の位置づけ
もう一つ、非正規雇用の待遇を低く抑える理由とされたのが、当初の担い手の属性です。
- 「家計補助」という考え方
- 当時は「家計を支えるのは正社員(夫)で、パート(妻)は補助的な収入」という見方が一般的でした。
- 責任と待遇の切り離し
- この前提があったため、「メインの働き手ではないのだから、責任も軽く、賃金も低くて構わない」という理屈が、社会に定着してしまいました。
固定観念の残存|非正規雇用は補助的という意識
かつて非正規雇用が1割程度だった時代、この仕組みは経営の安定に寄与しました。
正社員は守られ、企業は柔軟性を確保できたからです。
しかし、この時に生まれた「非正規雇用=責任が軽く、調整しやすい安価な労働力」という考え方が、現代まで残り続けています。
時代が変わり、非正規雇用が組織の主要な戦力となった今でも、この古い理屈が組織に残っているのです。
時代に合わなくなった雇用慣行|同一労働同一賃金とのズレ
かつては経営を安定させる合理的な仕組みだった正規・非正規の使い分け。
しかし、非正規雇用が1割から4割へと増加した現代において、この仕組みは組織の成長を阻む要因となっています。
何が現場を歪ませているのでしょうか。
業務内容の変化|非正規雇用はもはや「補助」ではない
最大の変化は、非正規雇用の担う業務内容です。
かつての「家計補助」や「単純作業の補助」という枠を完全に超え、今や正社員と同等、あるいはそれ以上に専門的な知識やスキルを持ち、現場の責任を担う非正規雇用者は珍しくありません。
かつては「責任が軽いから低待遇」という理屈が通用しましたが、現場の実態は変わりました。
正規・非正規を問わず、重い責任を担う主要な戦力として働いています。
待遇だけが取り残された|役割とのズレが生む格差
ここに、現代の経営者が直面している矛盾があります。
- 制度の硬直化
- 現場の役割は変わったのに、賃金や手当、福利厚生といった待遇だけが、50年前の「補助的な位置づけ」のまま据え置かれています。
- 同一労働同一賃金が問題視する点
- この「役割と待遇のズレ」こそが、現在の法規制が最も重視しているポイントです。
- もはや「雇用形態が違うから」という理由だけでは、大きな賞与の差や手当の有無を説明することはできません。
経営リスクとしての表面化|人材流出と法的リスクの拡大
「安価で調整しやすい」という過去の成功体験に依存し続けることは、今の時代、高いコストを伴います。
- 人材流出と採用難
- 非正規雇用が4割を占める労働市場において、不合理な格差がある会社に優秀な人材が留まることはありません。
- コンプライアンスリスク
- 「パートだから」と一蹴する姿勢は、行政指導や訴訟のリスクに直結します。
必要なのは意識の転換|非正規は補助という考え方の見直し
私たちが今取り組むべきは、単なる給与の微調整ではありません。
「非正規雇用=補助的な存在」という考え方を見直し、実態に即した雇用制度へと作り替えることです。
まとめ|同一労働同一賃金と雇用構造の変化・待遇格差の背景
今回の内容を振り返ります。
- 非正規雇用の割合の変化
- 50年前、非正規雇用は約10%でしたが、現在は約37%。職場の3人に1人以上が非正規雇用という状況です。
- 正規雇用の成り立ち
- 終身雇用と年功序列賃金を保証される代わりに、転勤や残業を無制限に受け入れる。
- この強い相互依存関係が正規雇用の原型でした。
- 非正規雇用の位置づけ
- 正社員の雇用を守るための調整弁として、また「家計補助だから低待遇で構わない」という考え方とともに、非正規雇用という枠組みが固定化されました。
- 役割と待遇のズレ
- 実態は主要な戦力に変わったのに、待遇だけが「1割時代の補助的な水準」のまま据え置かれています。
- この歴史的な経緯が、現在の法的リスク(不合理な待遇差)の背景にあります。
非正規雇用が1割だった時代に作られた雇用慣行は、4割が支える現代の組織には適合しません。
改めて問います。貴社の賃金体系は、いつ作られたものですか?
次回予告|なぜ「正社員は格上」と感じるのか|同一労働同一賃金の課題
歴史的な背景は理解できました。
しかし、現場で制度を変えようとすると、目に見えない抵抗にぶつかることがあります。
「同じ仕事をしていても、なぜか正社員の方が上だと感じる」
「手当を共通化しようとすると、正社員側から反発が出る」
次回は、なぜ「正社員は格上」という意識が現場に根付いているのかを掘り下げます。
制度を変えようとしたとき、現場で起きる見えない抵抗の正体に迫ります。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
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