こんにちは。
社会保険労務士の戸塚淳二です。
社労士事務所を開業して早1年が経過しました。
この1年、多くの経営者の方々とお話しする中で、どうしても気になることがあります。
皆さん、36協定なるものをどう捉えているのでしょうか?
税金には厳しいが、労働法には無頓着?
毎年2月16日から3月15日までは確定申告の時期です。私がお会いする経営者や個人事業主の皆さんは、非常に高い意識で納税に向き合っておられます。
「法に則ってしっかり申告し、納税しなければならない」――これは経営者として当然の姿勢であり、節税の工夫はしても、脱税に手を染めるような方はまずいらっしゃいません。
しかし、こと「労働法」の話なると、途端におかしなことになります。
- 「36協定?何それ?」
- 「36協定?知ってるけど、そんなもん出さなあかんの?」
- 「それやってないから、なんなの?」
社労士試験合格に向けて労働基準法を必死で頭に叩き込んできた私は「36協定なんぞ常識やろ。」と思っていたため、この各経営者の反応には愕然としました。
「これが現実か。」
私がお付き合いしている企業の社長さんも、
「36協定を結んでいたら、残業させても割増賃金は払わんでいいのか?」
と聞いてきました。
私の中では常識でも、世の中の特に中小企業、個人事業主にとっては常識ではないのだな、とつくづく思いました。
統計が示す「36協定未提出」の深刻な実態
私の肌感覚は、データによっても裏付けられています。
36協定の未提出・未届出企業の割合は、各種調査によるとおおむね4割前後にものぼるとみられています。
特に中小企業の状況は深刻です。
- 公的データの推計
- 厚生労働省の調査(平成25年度)では、中小企業の約56.6%が未締結・未届出という結果が出ています。大企業の締結率が9割を超えているのに対し、中小企業では半数以上が法的な手続きを放置しているのが実態です。
- 労働者側の認識
- 国内最大の労働組合の中央団体である「連合(日本労働組合総連合会)」が2019年に行った調査によれば、「勤め先で36協定が締結されている」と答えた人は約6割にとどまり、残り4割弱は未締結、あるいは「わからない」と回答しています。
- 事業場ベースでの推計
- 中小企業庁が2018年(平成30年)に公表した試算によれば、全国約440万の事業場のうち、36協定が未届の事業場は約220万あり、その中でも特に「本来は届出が必要であるにもかかわらず未提出の状態(要届出未届)」にある事業場は、約120万にものぼると推計されています。
- つまり、36協定を届け出る義務がある事業場のうち、実に約半数が「無協定」のまま残業をさせているという、極めて深刻な実態が浮き彫りになっています。
つまり、「届出が必要な企業の約半分が、法を守れていない」。これが今の日本の中小企業が置かれている偽らざる姿なのです。
労働法を「後回し」にするリスク|経営者が直面する新たな現実
私がこの1年、現場の最前線で多くの経営者の方々と対話してきて、肌感覚として強く実感していることがあります。
それは、多くの経営者が労働法に対して、どこか「斜に構えている」ということです。
- 「法律なんて、どうせ大企業の話だろう」
- 「うちはうちらのやり方で、うまくやってるんだから」
- 「そんな細かいことを言っていたら商売にならないよ」
そんな風に、労働法を「現実を知らない理想論」のように捉え、少し距離を置いて見ているような空気感です。
しかし、社労士として断言します。今は、そんな風に斜に構えていられるような時代ではありません。
SNSの普及や情報化社会の影響で、労働者は私たちが想像する以上に賢くなっています。
かつては「会社の常識」としてまかり通っていた慣習が、今やスマホ一つで「違法」と突き止められ、一瞬で企業価値を失墜させる時代です。
経営者もしっかりと労働法に向き合い、正しく対策を講じなければ、会社という城を守り抜くことはできません。
まず、経営者の皆さんが「斜に構えた姿勢」で最も見落としている、法律の恐ろしい大原則からお話しします。
そもそも「残業をさせること」は、国家が禁止している「違法行為」である
ここを履き違えないでください。
「従業員が残業をするのが違法」なのではありません。
「従業員に残業をさせること」そのものが、経営者による違法行為なのです。
- 「1秒」も許されない労働基準法の壁
- 労働基準法第32条は、1日8時間を超える労働を「厳格に禁止」しています。
- 8時間と1秒でも働かせた瞬間、経営者は法に触れたことになります。
- 「刑事罰」が経営者に突きつけられる
- これに違反した場合、それは単なる手続きのミスではなく、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰が科される対象となります。
- 残業代を払っているかどうかは関係ありません。
- 法の下では、無協定での残業指示は「脱税」以上に明確な「違法行為」なのです。
36協定が持つ「免罰的効力」|唯一の「処罰されない方法」
それでは、なぜ世の中の企業はこれほど堂々と従業員に残業を命じられるのか。
それを可能にする唯一の「抜け道」が36協定です。
- 「罰」を免じてもらうための手続き
- 36協定を締結し、所轄の労働基準監督署へ届け出ることで初めて、本来なら刑事罰の対象となる時間外労働が、例外的に「処罰されない(適法)」状態になります。
- 「免罰的効力(めんぱつてきこうりょく)」
- 文字通り、経営者が罰せられるのを免じてもらうための効力です。
- 36協定は「書類」ではなく、経営者の首の皮一枚を繋ぎ止める「法的な命綱」に他なりません。
「届出」がなければ、その命綱は切れている
「うちは現場と話し合って合意してるから大丈夫だよ。」――その認識は致命的なミスに繋がる恐れがあります。
- 「合意」だけでは不十分な、36協定の特殊性
- 過半数労働組合、あるいは労働者の過半数代表者としっかり話し合い、協定書を交わした。
- しかし、36協定は数ある労使協定の中でも非常に特殊なものです。
- 社内で合意(締結)しただけでは不十分で、その書類を労働基準監督署へ届け出て、正式に受理されない限り、1ミリも効力が発生しないのです。これだけで安心されているケースをよく目にします。
- 「届出」こそが、経営者を守る最後の砦
- 過半数代表者との合意は、あくまでスタート地点です。
- 36協定は、労働基準監督署へ届出ることで、労働基準法上の効力が発生します。届出書を提出し、受理された時点で、時間外労働や休日労働が例外的に合法化されます。
- 社労士としてお伝えしたいこと
- 36協定の届出義務があるにもかかわらず、届出を行っていない事業場は、たとえ社内で円満な合意があり、残業代を1円単位で正しく支払っていたとしても、法的には守りのない、極めて危うい状態に置かれています。
- 「届け出を後回しにする」という、ほんのわずかな油断。そのせいで、大切な会社や経営者ご自身が、常に「刑事罰」という大きなリスクにさらされ続けています。
- 1年間の実務を通じ、かなりの大きさの「ギャップ」を目の当たりにしてきたからこそ、私は一人でも多くの経営者の方に、この事実に向き合っていただきたいと切に願っています。
36協定の届出は、決して高いハードルではありません
ここまで「刑事罰」や「違法」といった強い言葉を使ってきましたが、私が最後にお伝えしたいのは、「解決はとても簡単だ」ということです。
そもそも36協定は、原則として「有効期間が1年」と定められています。
毎年、必ず出し直さなければならないものですから、手元の控えをわざわざ確認するまでもなく、「この1年、届出をした記憶があるかどうか」だけで、ご自身が今、法的に危うい状態にあるかどうかはすぐに判断がつくはずです。
もし「記憶にないな」と思われたなら、今すぐ動いてください。
36協定の締結と届出は、決して膨大な手間や時間がかかる作業ではありません。
過半数代表者を選任し、書面を交わし、労働基準監督署へ届ける。
確定申告などと同様に、毎年のルーティンとして慣れてしまえば、一瞬で終わるような作業です。
このわずかな手間で、これまで背負っていた「刑事罰のリスク」という重い荷物を、今すぐ下ろすことができるのです。
もし、「書き方に自信がない」「代表者の選び方が不安だ」という場合は、私たち社労士を頼っていただければと思います。プロが介在すれば、あっという間に解決できることです。
結びにかえて
「脱税」をしないのと同じように、「労働法違反」というリスクからも、今すぐ御社を解放してあげてください。
「最近、36協定を出した覚えがないな」と心当たりのある経営者の方は、一刻も早く届け出ましょう。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
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