
執筆者:社会保険労務士 戸塚淳二
法改正対応のスペシャリスト。戸塚淳二社会保険労務士事務所 代表として、多岐にわたる労働関連法規の解説から、実践的な労務管理、人事制度設計、助成金活用まで、企業の「ヒト」と「組織」に関する課題解決をサポートしています。本記事では、事業主の皆さまが安心して法改正に対応できるよう、専門家の視点から最新情報をお届けします。
社会保険労務士登録番号:第29240010号
ここ数回にわたって「2025年改正育児介護休業法シリーズ」として、育児休業給付金や育児休業中の社会保険料免除制度について詳しく解説してきました。
特に、前々回、前回の記事では、育児休業中の家計を支える大きな柱である社会保険料の免除制度、その具体的な手続きや注意点に焦点を当てました。
妊娠・出産と経済的な不安
妊娠・出産は、新しい家族を迎える喜びに満ちあふれております。一方で、休業中の収入減少や子育て費用の増加など、経済的な不安を抱える方も少なくありません。
こうした不安を軽減し、親が安心して出産・育児に専念できるよう、日本の社会保険制度には大変重要な仕組みが用意されています。
産前産後休業中の社会保険料免除制度とは
今回、このシリーズの主旨である「2025年改正育児介護休業法」の解説からは、少し論点がずれることになりますが、育児休業と密接に関連し、その前段階に位置する重要な制度である「産前産後休業期間中の社会保険料免除制度」について深掘りしていきます。
この制度は、育児休業中の社会保険料免除とは別の仕組みで、産前産後休業期間に特化して社会保険料が免除されるため、その存在意義と活用方法は非常に重要です。
この期間に社会保険料が免除されることで、手取り収入を確保し、将来の年金受給資格にも影響を与えることなく、安心して休業に入ることができます。
本記事で解説する内容
本記事では、産前産後休業中の社会保険料免除制度の全体像から具体的なメリット、そして実際に免除を受けるための申請手続きのポイントまで、詳細に解説していきます。
ぜひ本記事を参考に、制度を正しく理解し、安心して出産・育児に臨むための準備を進めましょう。
産前産後休業とは?制度の基本をおさらい
産前産後休業は、働く女性が出産前後に心身を休め、安心して育児を始められるように設けられた法的な制度です。
この期間は、労働基準法によって女性の就業が制限されており、企業は原則として従業員を働かせてはいけません。
産前休業
産前休業は、出産を控えた女性が取得できる休業期間です。
- 出産予定日前の6週間(42日間)
- 多胎妊娠(双子以上)の場合は、出産予定日前の14週間(98日間)
これは、従業員が請求した場合に取得できる休業であり、強制ではありません。
しかし、母体と胎児の健康を守るために非常に重要な期間とされています。
産後休業
産後休業は、出産後の女性が取得する休業期間で、こちらは労働基準法により、企業は原則として女性を 就業させてはならない(働かせてはならない)と義務付けられています。
- 出産日の翌日から8週間(56日間)
原則として、この期間は女性を働かせることはできません。
ただし、産後6週間を経過し、医師が認めた業務であれば、本人が希望した場合に限り就業することが可能です。
法的な義務と目的
産前産後休業は、労働基準法第65条に定められた企業の法的義務です。
この制度の主な目的は、母体(出産する女性)の保護と、生まれたばかりの子の養育に専念できる環境を確保することにあります。
女性の健康を守り、安心して子育てに取り組めるよう、国が定めた大切な制度だと言えるでしょう。
産前産後休業中の社会保険料免除制度の概要
前々回、前回の記事で、育児休業期間中の社会保険料が免除される制度があることをご紹介しました。
実は、育児休業中と同様に、産前産後休業期間中も社会保険料が免除される制度が用意されています。
この制度は、出産前後の働く女性が安心して休業し、育児に専念できるよう、経済的な支援を行う上で非常に重要な役割を果たします。
なぜ社会保険料が免除されるのか?
社会保険料が免除される理由は、育児休業の場合と同様です。
休業中の経済的負担を軽減し、将来の年金受給資格が損なわれないように保護するため、国が設けている制度です。
免除される保険料の種類と範囲
免除される社会保険料の種類と範囲も、育児休業の場合と同様です。
健康保険料と厚生年金保険料の本人負担分、会社負担分ともに全額が免除されます。
会社にとっても負担が軽減されるため、従業員の産前産後休業取得を支援しやすくなる側面があります。
免除される期間の「本当のポイント」
最も重要なのは、「社会保険料が免除される期間」の考え方です。
産前産後休業中の社会保険料免除は、実際に産前産後休業を取得している期間の保険料が免除されます。
ここが、育児休業中の社会保険料免除制度との大きな違いであり、特に強調すべき点です。
- 育児休業の場合
- 月々の社会保険料免除は、「月の末日に育児休業を取得していること」が原則的な要件です。
- 月の途中で育休が終了すると、その月の社会保険料は免除されないケースがあります(同月内14日以上の要件は除く)。
- 産前産後休業の場合
- そのような月末時点での休業の有無は関係ありません。
- 産前産後休業を開始した月から終了する月まで、当該期間内に産休がある月は、その月の社会保険料が全額免除されます。
- 例えば、月の途中で産休が始まり、月の途中で産休が終わる場合でも、その月はまるごと免除の対象となります。
- これは、産前産後休業という短期間で完結する性質上、細かな月末要件が適用されないためです。
この点を理解しておくことで、誤って保険料を納めてしまうことや、免除期間の認識違いによる混乱を防ぐことができます。
産前産後休業中の社会保険料免除の申請手続き
産前産後休業中の社会保険料免除を受けるためには、当然所定の手続きが必要です。
育児休業の場合と同様に、この手続きは従業員と会社が連携して進めることになります。
誰が申請するの?
この免除手続きは、会社(事業主)が管轄の年金事務所(または健康保険組合)へ書類を提出します。
従業員自身が直接、年金事務所に出向いて手続きをする必要はありません。
たとえ従業員からの申し出がなくても、会社は産前産後休業を取得している従業員について「産前産後休業取得者申出書」を提出する義務があります。
産前産後休業中の社会保険料免除は従業員の権利であり、会社がその事実を把握しているのであれば、手続きを進める必要があります。
従業員が制度を知らずに申し出がなかったとしても、会社側が手続きを怠れば、本来免除されるべき社会保険料が徴収されてしまい、後々トラブルの原因となる可能性があります。
会社は、妊娠・出産を控えた従業員に対し、産前産後休業やその間の社会保険料免除制度について積極的に情報提供し、説明を行い、休業の事実を把握したら速やかに手続きを進めましょう。
必要な書類はこれ!
免除申請に欠かせない書類は、「健康保険・厚生年金保険 産前産後休業取得者申出書」です。
これは会社が独自に作成する書類ではなく、日本年金機構が定めている共通の様式を使用します。
この書類は、日本年金機構のウェブサイトからダウンロードできます。
手続きの流れをチェック!
申請手続きは、主に以下の流れで進みます。
- 従業員から会社へ産前産後休業取得の申し出
- まずは、従業員が会社に対し、産前産後休業を取得する旨を申し出ます。
- この際に、社会保険料免除の希望も併せて伝えることで、会社側もスムーズに手続きを開始できます。
- 会社が申出書を作成
- 従業員からの申し出や休業の事実に基づき、会社が「産前産後休業取得者申出書」を作成します。
- 会社が日本年金機構へ提出
- 会社が各機関へ提出作成した申出書を、会社が従業員に代わって、以下の窓口に提出します。
- 会社が加入している健康保険の種類(協会けんぽ、または健康保険組合)に関わらず、すべて日本年金機構(管轄の年金事務所)へ提出します。
- 年金事務所へ提出された書類に基づき、健康保険(協会けんぽ、健康保険組合)と厚生年金保険の双方の保険料免除が適用されます。
- 個別に健康保険組合へ書類を提出する必要はありません。
- 会社が各機関へ提出作成した申出書を、会社が従業員に代わって、以下の窓口に提出します。
育児休業中の社会保険料免除の申請先は?
前々回、前回の育児休業中の社会保険料免除に関する記事では詳しく言及しませんでしたが、産前産後休業の場合も育児休業の場合も、社会保険料免除の申請先は全く同じです。
会社の加入している健康保険の種類によって提出先が異なる点は、両方の休業で共通していると覚えておくと良いでしょう。
提出期限はいつ?
この申出書には、育児休業のように「いつまでに申請しないと免除されない」という明確な期限が事前に設定されているわけではありません。
しかし、提出は産前産後休業期間中、または休業終了後の終了日から起算して1ヶ月以内に行うことが求められています。
速やかに提出することが非常に重要です。提出が遅れてしまうと、以下のような影響が出る可能性があります。
- 社会保険料の免除開始が遅れ、その間の保険料が一時的に徴収されてしまう。
- 徴収された保険料の還付手続きが必要になったり、会社側が別途「理由書」などの追加書類提出を求められたりする場合がある。
- 健康保険証の切り替えや、医療機関受診時の保険証利用に影響が出る可能性もある。
このようなトラブルを避けるためにも、休業開始後、できるだけ早めに手続きを完了させるよう心がけましょう。
記載内容のポイント
申出書には、主に以下の情報が記載されます。
- 従業員の氏名、生年月日、基礎年金番号など
- 出産予定日
- 出産年月日(出産後に判明したら、速やかに「産前産後休業取得者変更届」で届け出る必要があります)
- 産前産後休業の開始日と終了予定日
- 子(出産した赤ちゃん)の情報(氏名、生年月日、従業員との続柄など)
正確な情報に基づいて記入することが大切です。
期間変更・終了時の手続きと注意点
産前産後休業の期間が当初の予定と変わったり、休業を終了して職場復帰したりする際には、適切な手続きが必要です。
これを怠ると、社会保険料の免除期間に影響が出たり、後から追加の保険料を請求されたりする可能性があるため、十分注意しましょう。
出産日が変わった場合
出産予定日よりも出産日が早まったり遅れたりして、当初の産前産後休業期間に変更が生じた場合は、会社は速やかに「健康保険・厚生年金保険 産前産後休業取得者変更届」(先ほどのリンク先の書類です)を日本年金機構(または健康保険組合)へ提出する必要があります。
この届け出により、実際の出産日に基づいて産前休業の期間が確定し、社会保険料の免除期間も正しく調整されます。
休業を終了する場合
産前産後休業を終了して職場に復帰する際、届け出が必要なケースと不要なケースがあります。
- 産後8週間の休業期間を満了して職場復帰する場合
- 原則として「産前産後休業取得者終了届」の提出は不要です。
- 産後8週間という期間で休業が終了することが法的に明確であり、年金事務所側もその期間満了での復帰を把握しているためです。
- 産後6週間を経過し、医師の許可を得て、産後8週間を満了する前に職場復帰する場合
- この場合は、「健康保険・厚生年金保険 産前産後休業取得者変更届」(終了届を兼ねる様式)を提出する必要があります。
- これは、当初届け出ていた休業終了予定日が変わるためです。
- 産後休業後に間を置かずに育児休業に移行する場合
- この場合も、原則として「産前産後休業取得者終了届」は不要です。
- 産後休業の終了と育児休業の開始が連続しているため、育児休業の申出書(育児休業等取得者申出書)が提出されることで、一連の休業期間として扱われ、産前産後休業の終了も把握されます。
- 会社の人事・労務担当者に確認しましょう。
届出を怠るとどうなる?
これらの届け出を適切に行わないと、以下のような問題が発生する可能性があります。
- 社会保険料の徴収漏れや追徴金
- 免除期間が実際よりも長く適用されてしまい、後から本来納めるべき社会保険料をまとめて請求されることがあります。
- これは従業員、会社双方にとって大きな負担となります。
- 事務手続きの煩雑化
- 後から遡って手続きを行う必要が生じ、会社側の事務処理が複雑になるだけでなく、従業員にも説明や書類提出の協力をお願いする手間が発生します。
正しい情報に基づき、速やかに届け出を行うことが、トラブルを避け、安心して休業・復帰を進めるための鍵となります。
産前産後休業と育児休業、社会保険料免除の違い
ここまで産前産後休業中の社会保険料免除について詳しく見てきましたが、育児休業中の社会保険料免除制度と混同されがちです。
両者には似ている点も多いですが、重要な違いがあります。ここではそのポイントを簡潔にまとめてみましょう。
免除対象となる「期間」が異なる
- 産前産後休業
- 免除の対象となるのは、出産前後の法律で定められた特定の期間(産前6週間・産後8週間など)です。
- 育児休業
- 原則として、子どもが1歳になるまで(特別な事情がある場合は最長2歳まで延長可能)の期間が対象となります。
免除の「要件」が異なる
社会保険料が免除されるための条件が、両者で大きく異なります。
- 産前産後休業
- 休業期間中に該当する月の社会保険料は、原則としてすべて免除されます。
- 月の途中で休業が開始・終了しても、その月はまるごと免除の対象となるのが特徴です。
- 育児休業
- 「月末時点で育児休業を取得していること」が原則的な免除要件です。
- また、同じ月内で育児休業を開始・終了し、その日数が14日以上である場合も免除対象となる「同月内14日以上要件」も免除要件です。
申請に「別の申出書」が必要
それぞれの休業に対する社会保険料免除には、異なる申請書が必要です。
- 産前産後休業
- 「健康保険・厚生年金保険 産前産後休業取得者申出書」を提出します。
- 育児休業
- 「健康保険・厚生年金保険 育児休業等取得者申出書」を提出します。
免除対象となる保険料の範囲(給与・賞与の共通点)
産前産後休業も育児休業も、社会保険料免除の対象となる保険料の範囲は同じです。
どちらの期間中も、月々の給与にかかる社会保険料だけでなく、休業期間中に支払われる賞与にかかる社会保険料も免除の対象となります。
この点は、両制度に共通する大きなメリットです。
どちらの期間も免除制度があることの重要性
産前産後休業と育児休業はそれぞれ異なる制度ですが、共通して社会保険料の免除が適用される点で、働く親にとって大変心強い制度です。
どちらの休業も、取得期間中の経済的な負担を軽減し、将来の年金受給資格を守るという大切な役割を担っています。
そのため、ご自身の状況に合わせて、これらの制度を正しく理解し、適切な手続きを行うことが、安心して出産・育児に専念し、その後のキャリアを継続していくために非常に重要です。
終わりに
産前産後休業中の社会保険料免除制度は、出産を控える従業員と会社双方にとって大きなメリットをもたらします。
休業中の経済的負担を軽減し、安心して出産・育児に専念できる、非常に重要な支援制度です。
この制度を最大限に活用するためには、正しい知識を持ち、適切な手続きを行うことが何よりも重要です。
もし疑問点や不安なことがあれば、一人で悩まず、日本年金機構(年金事務所)、会社の担当者、または社会保険労務士といった専門家に積極的に相談しましょう。

次回予告
さて、これまで「2025年改正育児介護休業法シリーズ」として、育児休業給付金や社会保険料免除制度の基礎、そして今回の産前産後休業中の社会保険料免除について解説してきました。
次回は、いよいよ具体的なケーススタディを通して、これまでの知識を実践的に活用する方法を探ります。
今回の産前産後休業から育児休業に入っていく事例、そして夫婦で「パパママ育休プラス」を活用するケースを想定し、登場人物の育休期間に合わせて、各期間で社会保険料免除がどのように適用され、企業側はどのような手続きを行うのかを、時系列で分かりやすく解説する記事を予定しています。
どうぞご期待ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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