こんにちは。
社会保険労務士の戸塚淳二です。
今回は「健康診断」について、よくお問い合わせをいただく項目を解説していきます。
健康診断には一般健康診断と特殊健康診断がありますが、今回お話しするのは「一般健康診断」についてです。
- 調査をきっかけに見直される企業が多い
社会保険労務士として日々企業様のサポートをしていますと、労働基準監督署から調査実施の通知(封書)が届いたことをきっかけに、健康診断の運用を見直される事業者様が少なくありません。
確かに、労働基準監督署の調査において、健康診断の実施記録や事後措置は最重要チェック項目の一つです。
不備があれば「是正勧告」という厳しい指導を受けることになります。
- 健康診断は「義務」だけではない
しかし、健康診断を単なる「行政対応」や「法定義務」として片付けてしまうのは、非常にもったいないことです。
従業員一人ひとりの健康を維持することは、企業の生産性を支える基盤そのものです。
万が一、不調を見逃したことで従業員が倒れるような事態になれば、会社は安全配慮義務違反という甚大なリスクを抱えるだけでなく、現場の士気やチームの機能まで失いかねません。
「健康診断を正しく行うこと」は、法律という最低限のルールを守るだけではありません。
「従業員の命を守り、会社の持続的な成長を支える投資」なのです。
本記事では、私が現場で実際に受けることが多い10の質問を軸に、法的な落とし穴を回避しつつ、従業員の健康を実効性のあるものにするための実務知識を解説します。
【受診対象・頻度】健康診断の対象者と実施ルールのよくある質問
社労士として多くの現場を見ていると、会社側は受診を促しているつもりでも、実際には「受け漏れ」が生じているケースが多々あります。
まずは日本の労働現場における健康診断の「受診率」の実態を見つつ、私が現場でよく受けるお問い合わせを順に確認していきましょう。
Q1. 健康診断は労働者の「任意」ですよね? 本人が拒否したら受けさせなくて良いですか?
【データで見る実態:受診率「81.2%」の壁】
厚生労働省の調査(平成24年)によると、定期健康診断の労働者受診率は81.2%です。つまり、働く人の約2割(5人に1人)は、何らかの理由で健診を受けていないのが現状です。
【A】いいえ、「任意」ではありません。未受診者の放置は大きな経営リスクです。
- 社労士の視点
- 法律(労働安全衛生法第66条)では、会社に「実施義務」があるのと同時に、労働者にも「受診義務」があると定めています。
- もし健診を拒否した人が後に病気で倒れた場合、会社は「なぜ強制してでも受けさせなかったのか」という安全配慮義務を問われ、多額の賠償リスクを背負う可能性があります。
- 実務のコツ
- 受診拒否は「個人の自由」で済ませず、就業規則に「受診義務」を明記しましょう。
- それでも拒否する人には、会社として繰り返し受診を促した証拠(督促メールや書面の控え)を必ず残しておくことが、万が一の際の会社の防衛策になります。
Q2. 週3日程度のパート・アルバイトは健康診断の対象外ですよね?
【データで見る実態:雇用形態による格差「58.1%」】
統計では、正社員の受診率が95.8%に達する一方で、パート・アルバイト等の短時間労働者の受診率は58.1%と、大きく下がります。
【A】その「パートだから対象外」という思い込みが、不備を招く原因です。
- 社労士の視点
- 雇用形態の名称ではなく、次の基準で判断します。
- 1年以上使用する予定(または既に使用している)
- 週の労働時間が正社員の4分の3以上 これらを満たせば、パートであっても法律上の実施義務があります。
- 雇用形態の名称ではなく、次の基準で判断します。
- 実務のコツ
- 労基署の調査では、タイムカードと健診名簿を照らし合わせ、「このパートさんは実働で3/4を超えているのに、なぜ受診させていないのか?」とチェックされます。
- 契約時間だけでなく、残業を含めた直近の実績で判定し直すことが重要です。
Q3. 入社したばかりの従業員の健康診断、次の「全社一斉健診」まで待っていいですか?
【現場の実態:入社時健診の失念】
定期健診の実施率は高いものの、中途採用者などに対して個別に実施すべき「雇い入れ時の健診」は、つい忙しさに紛れて実施が漏れやすい項目の一つです。
【A】法律上は入社時の実施義務がありますが、調査現場での指摘はほとんどありません。
- 社労士の視点
- 法律(安衛則第43条)では、入社時に健診を行うことが義務付けられています。
- しかし、私自身のこれまでの実務経験において、入社時の健診を行っていなかったこと自体を労基署から厳しく指摘されたり、是正勧告を受けたりしたケースは一度もありません。
- 調査官の関心は、やはり全社員を対象とした「定期健診」や、体に負担のかかる「深夜業の健診」に集中しているのが現実です。
- 実務のコツ
- 効率的な運用としては、入社前3ヶ月以内に本人が受けた健診結果があれば、それを提出してもらうだけで法的な義務は果たせます。
- まずは「直近の結果提出」を求める運用から整えるのが現実的でしょう。
Q4. 深夜業があるスタッフも、他の社員と同じ「年1回の健康診断」で足りますか?
【現場の実態:是正勧告の定番項目】
深夜業従事者の健診回数不足は、労働基準監督署の調査において、最も「是正勧告(改善命令)」が出やすいポイントの一つです。
【A】いいえ、夜勤がある人は「年2回(半年に1回)」が絶対ルールです。
- 社労士の視点
- 夜10時〜朝5時の間に働く「深夜業」が月4回以上(または週1回以上)ある人は、特定業務従事者として「半年に1回」健診を受けなければなりません。
- 実務のコツ
- 50人以上の事業所は、この結果をその都度、労基署へ報告する義務があります。
- タイムカードには夜勤の記録があるのに、報告が年1回分しかないと、すぐに管理不足が露呈します。
- 「夜勤は体に負担がかかる」という前提に立ち、回数を厳守しましょう。
【費用・時間】健康診断の費用負担と受診時間の扱い
受診対象者が確定したら、次に問題になるのが「お金と時間」です。
ここを曖昧にしていると、従業員の不満に繋がり、結果として受診率が伸び悩む原因になります。
Q5. 健康診断を受けている時間の給与は有給?給与は支払う必要がありますか?
【現場の実態:受診時間の扱い】
「業務時間中に健診に行かせるのは構わないが、その分給与をカットしてもいいのか」という相談は非常に多いです。これについては、法律上の原則と、実務上のスタンダードを分けて考える必要があります。
【A】一般健康診断については、法的には「無給」でも可能ですが、実態としては「有給」とする運用が一般的です。
- 社労士の視点
- 厚生労働省の指針では、一般健康診断は「業務遂行との直接の関連がない」ため、受診中の賃金支払いは労使の協議に委ねる(=必ずしも有給でなくてよい)とされています。
- なお、有害業務に従事する労働者が対象の「特殊健康診断」については、業務との関連が強いため、受診時間は労働時間であり、給与の支払いが必要です。今回の記事では深掘りしませんが、一般健診とは扱いが異なる点に注意してください。
- 実務のスタンダード
- 受診率向上・健康経営・トラブル防止の観点から、多くの企業が勤務扱い(有給)とする運用を採っています。
- 特に、会社が業務命令として所定労働時間内に受診を指示している場合、実態として「指揮命令下の活動」と評価し、賃金を支給する運用が一般的です。
- 実務のコツ
- 「健診に行くと給料が減る」という状況では、従業員は受診を後回しにしがちです。スムーズな受診を促し、管理コストを下げる意味でも、所定労働時間内に有給で受診させる運用をお勧めします。
Q6. 健康診断の費用は会社負担?従業員に負担させても良いですか?
【データで見る実態:費用負担の原則】
健康診断には、クリニックに支払う「受診料」が発生します。これを「自分の健康管理なのだから、自己負担で」と考えている経営者様が稀にいらっしゃいますが、これは明確なリスクとなります。
【A】法律上、健康診断の費用は「全額会社負担」が原則です。
- 社労士の視点
- 労働安全衛生法により、会社には健康診断を「実施する義務」が課されています。
- この義務に伴う費用(検査代など)については、会社が負担すべきというのが行政の解釈です。これを従業員に負担させていると、労基署調査で指摘を受けるだけでなく、労働契約上の義務違反を問われる可能性もあります。
- 実務のコツ
- 会社が負担するのは、あくまで「法律で決まっている検査項目」の費用です。
- 従業員が個人的に希望して追加したオプション検査(がん検診の追加や人間ドックへのアップグレード費用など)については、従業員本人や健保組合の負担としても差し支えありません。
- 福利厚生の一環としてどこまで会社が補助するか、明確なルール作りが重要です。
【事後措置】健康診断後の対応「受診させて終わり」が招く致命的なリスク
健康診断で最も大切なのは、検査の「後」です。
結果を封筒に入れたまま本人に渡して終わり、という運用では法律上の義務を果たしたことにはなりません。
Q7. 健康診断の結果は保管だけでOK?医師の意見聴取は必要ですか?
【データで見る実態:医師の意見聴取、実施率は「45.3%」】
最新の「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」によると、一般健康診断で異常(所見)があった労働者がいる事業所のうち、実際に「医師から意見を聴いた」割合はわずか45.3%にとどまっています。つまり、半数以上の事業所が、結果を把握した後の法的義務(医師の意見聴取)を果たせていないのが日本の現状です。
【A】「保管」だけでは不十分です。異常所見があった全員に対して「医師の意見聴取」を行う義務があります。
- 社労士の視点
- 法律(安衛法第66条の4)では、健診結果で「異常あり」と診断された従業員について、その人が今の仕事をそのまま続けても大丈夫か、医師の意見を聞かなければなりません。
- この判定記録がないと、労基署調査では「事後措置が実施されていない」とみなされるだけでなく、万が一の健康障害の際に会社の責任を問われる決定打になります。
- 特に小規模事業場ではこの実施率がさらに低い傾向にあり、注意が必要です。
- 実務のコツ(50人未満の事業所の場合)
- 産業医がいない小規模事業所では、以下の方法で対応しましょう。
- 受診した医療機関の医師に意見を求める‥‥本人が健診を受けた医師に、就業上の意見を文書で依頼します。
- 「地域産業保健センター」を活用する‥‥50人未満の事業場を対象に、医師による健康相談や意見聴取を原則無料で提供している公的な制度です。「地域産業保健センター + 都道府県名」で検索するか、お近くの労働基準監督署へ問い合わせてみてください。
- 産業医がいない小規模事業所では、以下の方法で対応しましょう。
Q8. 「要再検査」の通知が来ている社員がいますが、強制的に行かせるべきですか?
【法的な原則:再検査の受診は、基本的には強制できません】
一次健診とは異なり、再検査や精密検査は法律で一律に受診が義務付けられているものではないため、原則として会社が業務命令で強制することは難しいのが実情です。
【A】強制はできませんが、「受診勧奨」を行い、その記録を残すことが会社を守る盾になります。
- 社労士の視点
- 再検査を放置して業務中に倒れられた場合、会社は「予見できたはず」と責任を問われます。
- 過去の裁判例でも、再検査を促さなかった会社の過失を認めるものが多くあります。
- 実務のコツ
- 「再検査の通知を受け取りましたか?」という受診勧奨をメールや書面で行い、その履歴を保管してください。
- 会社としてできる限りの働きかけをしたという「プロセス」が、万が一の際の強力な免責材料になります。
Q9. 健康状態を理由に、本人の希望に反して配置転換をしても問題ないですか?
【A】医師の意見に基づいた「就業制限」は、会社の安全配慮義務として優先されるべきです。
- 社労士の視点
- 医師が「残業制限が必要」と判定したにもかかわらず、本人の希望だからと残業を続けさせ、健康を害した場合は100%会社の責任になります。
- そのためにも、Q7で述べた「医師の意見聴取」は必須事項です。
- 客観的な医師の判定(エビデンス)があって初めて、会社は自信を持って「あなたの健康を守るために、今は残業を控えてもらう」という配置転換や就業制限を命じることができるのです。
- 実務のコツ
- 医師の意見を「本人に丁寧に説明し、納得してもらうプロセス」を大切にしてください。
- 根拠となる医師の意見があれば、不当な不利益取り扱いではなく「安全配慮のための正当な措置」として本人にも説明しやすくなります。
Q10. 健康診断を受けない社員が倒れた場合、会社責任は問われますか?
【法的な原則:会社には「受診させるための指揮命令権」があります】
労働安全衛生法において、会社には「健診を実施する義務」があり、労働者には「受診する義務」があります。会社はこの義務を全うさせるために、業務上の命令を出す強い権限(指揮命令権)を持っています。
【A】はい、会社が「受診命令」を徹底していなければ、会社の責任になりますし、もし裁判になった場合、勝てる見込みはほぼありません。
- 社労士の視点
- 厳しい言い方になりますが、健康診断を受けさせていない状態で過労死などの労災事故が発生した場合、会社側は「確実に負ける」と考えてください。
- 裁判において会社が責任を免れるためには、「会社としてやるべきことはすべてやっていた(過失がなかった)」と証明する必要があります。
- しかし、法律で定められた最低限のルールである健康診断すら実施していない時点で、裁判官からは「安全配慮の意識が欠如している」と断じられます。
- 「白紙の小切手」を渡しているのと同じ
- 健診を受けさせないことは、「万が一事故が起きたら、数千万円から1億円の賠償責任を全額負います」という白紙の小切手にサインして従業員に渡しているのと同じです。
- 「本人が拒否したから」「就業時間外(自宅)で倒れたから」といった弁明は、会社が懲戒処分を検討してまで受診を強制する姿勢を見せていない限り、まず通用しません。
- 健診データがない以上、会社側は「仕事以外の持病が原因だった」と反論する証拠さえ持てないのです。
- 実務のコツ
- 督促しても受けない社員には、最終的に就業規則に基づいた「懲戒処分」を検討する強い姿勢が必要です。
- 実際に処分を下すことが目的ではなく、「受診は業務命令であり、あなたの命を守るための会社の絶対的な義務である」という断固たる姿勢を示し、そのプロセス(記録)を残すことが、会社を巨大な賠償リスクから守る唯一の盾となります。
まとめ|健康診断は会社の義務|信頼される企業の実務対応とは
ここまで「健康診断」にまつわる法的義務と実務の落とし穴について詳しく見てきました。
これらはすべて、私が日々の業務の中で経営者の皆様から受ける「実際の問合せ」を基に構成したものです。
現場のリアルを知る社労士として、最後にお伝えしたい「本質」をまとめます。
健康診断は「やる・やらせる」で終わらない|やりっぱなしにしない重要性
健康診断を実施し、従業員に受診させる。これは経営者として、そして企業として果たすべき当然の法定義務です。
しかし、本当のリスク管理はその「先」にあります。
健診を「やる・やらせる」だけで満足し、結果を放置する「やりっぱなし」の状態。
これこそが、会社にとって最も危険な落とし穴です。
最新のデータでは、医師の意見聴取まで完結できている企業はまだ半分以下(45.3%)です。
特にリソースの限られた中小零細企業において、この「意見聴取」まで手が回っていないのが実情です。
しかし、実際の相談現場で致命傷となるのは、万が一の事態が起きた際、「会社は結果を知っていたのに、なぜ何もしなかったのか?」という一点です。
「やりっぱなし」は、裁判においては「異常を知りながら放置した」という重い過失(安全配慮義務違反)として扱われます。
健康診断はコストではなく投資|会社の未来を守る健康管理
「健診費用がもったいない」「再検査に行かせる時間がない」……。
実際の問合せでも、コストや手間に頭を悩ませ、「やっぱり、やらんとダメだよね。」と仰る経営者の方は少なくありません。
しかし、一人の従業員が過労や病気で倒れた際に発生する損失は、健診費用の数百倍、数千倍にのぼります。
数千万円から1億円に及ぶ賠償金、残された社員の動揺、そして社会的信用の失墜。
これらは、たった数千円の健診と、その後の「医師の意見を聴く」という一手間を惜しんだ代償としては、あまりにも重すぎます。
最後に|健康診断を“やりっぱなし”にしないために
従業員は宝です。そして、その宝を守るための「安全配慮義務」は、経営者の皆様に課せられた誇り高い使命です。
健康診断を「受診させて終わり」の事務作業にするのではなく、「異常を早期に見つけ、対策を講じることで、会社と従業員の未来を守る最強のツール」だと捉え直してください。
実際の問合せを基にしたこれらの知見が、御社の守りを固め、従業員が安心して長く働ける環境づくりの一助となれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
📌社会保険・労務対応・就業規則作成等について👉奈良県・大阪府・京都府・三重県など、近隣地域の企業・個人の方は・・・⇨戸塚淳二社会保険労務士事務所 公式ホームページからお問い合わせください。
📌遠方の方や、オンラインでのご相談をご希望の方は⇨ココナラ出品ページをご利用ください。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
コメント