
執筆者:社会保険労務士 戸塚淳二
法改正対応のスペシャリスト。戸塚淳二社会保険労務士事務所 代表として、多岐にわたる労働関連法規の解説から、実践的な労務管理、人事制度設計、助成金活用まで、企業の「ヒト」と「組織」に関する課題解決をサポートしています。本記事では、事業主の皆さまが安心して法改正に対応できるよう、専門家の視点から最新情報をお届けします。
社会保険労務士登録番号:第29240010号
前回記事のVol.4では、年次有給休暇の計画的付与制度がどんなものか、そして導入に必要な手続きについてお話ししました。
今回はその続きとして、実際に会社で計画的付与制度をどう運用していくか、具体的なパターンと、気をつけたいポイントを見ていきましょう。
この制度は、会社と従業員の双方にメリットをもたらしますが、その導入方法は一つだけではありません。
あなたの会社の働き方に合わせて、ベストな方法を選び、きめ細やかな工夫をすることが、制度をうまく回していくための鍵となります。
計画的付与制度の主なパターンと運用例
計画的付与のパターン例
主な付与方式は以下の4つです。自社に合うのはどれか、ぜひ考えてみてください。
- 一斉付与方式
- 事業場全体、または特定の部門の従業員全員が、特定の日に一斉に有給休暇を取る方法です。
- 例えば
- 年末年始、ゴールデンウィーク(GW)、夏季休暇などの大型連休に、数日の有給休暇を割り振ることで、みんなで長い休みを取れます。
- 工場など、全員が同時に休むことで業務停止の影響を最小限に抑えられる業種にピッタリです。
- 例えば
- 事業場全体、または特定の部門の従業員全員が、特定の日に一斉に有給休暇を取る方法です。
- 個人別付与方式
- 従業員一人ひとりの有給休暇の残日数や希望、業務状況などを考慮し、個別に取得する時期を決めて、計画的に有給を付与する方法です。
- 例えば
- 各従業員と面談して、半期ごとに具体的な取得日を決めるなど、個人の事情に合わせた柔軟な運用ができます。
- 比較的少人数の部署や、個人の裁量が大きい職種に向いています。
- 例えば
- 従業員一人ひとりの有給休暇の残日数や希望、業務状況などを考慮し、個別に取得する時期を決めて、計画的に有給を付与する方法です。
- グループ別付与方式
- 部署やチーム、グループ単位で交代制で有給休暇を取得させる方法です。
- 例えば: 営業Aチームは7月上旬、Bチームは7月下旬といった形で、グループごとに取得時期をずらすことで、業務が滞るのを防ぎつつ、みんなが確実に休みを取れます。顧客対応が必須の部署などで有効です。
- 部署やチーム、グループ単位で交代制で有給休暇を取得させる方法です。
- 交替制付与方式
- シフト勤務や交代制勤務など、日によって勤務する人が異なる職場で活用される方法です。
- 例えば: 従業員の希望も聞きながら、あらかじめシフト表に有給休暇を組み込んでいく運用です。サービス業や医療・介護現場など、常に一定の人員配置が必要な場合に適しています。
- シフト勤務や交代制勤務など、日によって勤務する人が異なる職場で活用される方法です。
運用上の注意点と工夫
計画的付与制度をスムーズに運用するには、以下の点に気を配り、丁寧な対応をすることが求められます。
- 労働者の意見を十分に聞く姿勢の重要性
- 会社が一方的に「この日に休んでください」と決めるのではなく、制度を導入する前に従業員の意見や希望をしっかりヒアリングし、制度設計に反映させることが大切です。
- 合意がないまま進めると、不満が出たり、やる気が下がったりする原因にもなりかねません。
- 業務への影響を最小限に抑えるための配慮
- 計画的付与によって一時的に人手が足りなくなることのないよう、事前に業務の調整、引き継ぎ、代わりの人の手配などを徹底しましょう。
- 特に、会社の忙しい時期を避けるなど、計画を立てる段階での工夫が重要です。
- 急な病気や慶弔時の有給休暇の取り扱い
- 計画的付与日に、従業員が急な病気や身内の不幸などで出勤できない場合、その日の有給休暇をどう扱うのかを労使協定で明確に定めておくべきです。
- 多くの場合、その日を別の日に振り替えたり、有給とは別の特別休暇として扱ったりするルールを設けます。
- 計画的付与に充てられない5日間の残存有給休暇の管理
- 法律で労働者が自由に取れるとされている「5日間」の有給休暇について、従業員が確実に取得できるよう、会社は取得状況を管理し、取得を促す必要があります。
- 計画的付与だけで全ての有給を消化させてしまわないよう、注意しましょう。
有給休暇の計画的付与制度導入における注意点とトラブル事例
計画的付与制度は、有給休暇の取得促進に役立つ有効なツールです。
しかし、導入や運用を間違えると、思わぬトラブルに発展したり、法的リスクを負ったりする可能性もあります。
ここでは、制度をスムーズに進めるために、特に気をつけたいポイントや、よくあるトラブル事例とその対策について見ていきましょう。
法定要件は必ず守りましょう
制度を導入する上で、何よりも守らなければならないのが、法律で定められた以下の2つの要件です。
これらを守らないと、制度自体が無効と判断されることがあります。
- 労使協定の締結必須
- 労働者の過半数で組織された労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と、書面で労使協定を必ず締結しなければなりません。
- この協定なしに、会社が一方的に有給休暇の日を指定することはできません。
- 5日間の年次有給休暇は、労働者が自由に使えるように残しておくこと
- 労働基準法では、労働者が自分で取得時期を決められる有給休暇を最低5日間は確保するよう定めています。
- そのため、計画的付与の対象にできるのは、付与された有給休暇のうち5日を超える部分だけです。この「5日ルール」は必ず守りましょう。
よくあるトラブル事例と対策
実際に計画的付与制度を運用する中で起こりがちなトラブルと、その対策を知っておくことは、スムーズな制度運用に役立ちます。
計画的付与で有給が全て消化されてしまい、急病で休めない
- 原因
- 計画的付与で多くの有給を消化させすぎたり、労働者が自由に取得できる「5日ルール」が従業員に十分に伝わっていなかったりする場合に起こります。
- 対策
- まず、労働者が自由に使える5日間の有給休暇があることを、繰り返し従業員に周知徹底しましょう。
- その上で、残りの有給休暇の管理をしっかり行い、従業員自身も取得状況を把握できるように情報提供をすることも大切です。
- もしもの時のために、有給休暇とは別に、病気や慶弔時のための特別休暇制度の導入も検討すると、従業員の安心感に繋がります。
計画的付与日が休日と重なった場合の取り扱い
- 原因
- 会社が指定した計画的付与日が、従業員の所定休日(土日や祝日など)と偶然重なってしまうケースです。
- 対策
- このようなケースに備え、労使協定の中で明確なルールを定めておく必要があります。
- 例えば、「重なった場合は別の労働日に振り替える」「その有給休暇は消滅させる」など、事前に取り決めをしておくことで、後々の混乱を防げます。
- 一般的には、労働日に充てるべき有給休暇が対象となるため、休日と重なった場合の対応を定めます。
中途採用者や有給付与から間もない労働者の取り扱い
- 原因
- 入社したばかりで有給休暇が付与されていなかったり、付与されたばかりで日数が少なかったりする従業員を、計画的付与の対象に含めてしまい、問題になることがあります。
- 対策
- 有給休暇がまだ付与されていない、または計画的付与に充てるための日数が不足する従業員については、以下のような個別の対応方法を労使協定で明確に定めておくことが重要です。
- 有給休暇の前倒し付与
- 計画的付与日については特別休暇として扱う
- 計画的付与の対象から一時的に除外する
- 有給休暇がまだ付与されていない、または計画的付与に充てるための日数が不足する従業員については、以下のような個別の対応方法を労使協定で明確に定めておくことが重要です。
従業員の同意がない場合の強制力
- 原因
- 「労使協定があるから個別の同意は不要だ」と会社が一方的に突きつける形になり、従業員との間に溝ができてしまうケースです。
- 対策
- 法律上は、適法に労使協定が締結されていれば、個々の労働者の同意は不要とされています。
- しかし、従業員の理解と納得なしに進めると、不満が蓄積し、良好な労使関係を損なう原因になりかねません。
- 制度の目的やメリット、そして運用ルールについて、導入前に丁寧な説明を行い、従業員からの質問にも真摯に答えるなど、十分なコミュニケーションをとることが非常に重要です。
労働基準監督署からの指導と予測される罰則
労働基準監督署は、計画的付与制度が労働基準法に基づいて適切に運用されているかを監督しています。不適切な運用が発覚した場合、企業は是正勧告を受けることがあります。
具体的な指導事例
- 労使協定が締結されていないにもかかわらず、会社が一方的に有給休暇日を指定していたケース。
- 労働者が自由に使えるはずの5日間の有給休暇を確保せず、計画的付与で全て消化させてしまっていたケース。
- 労使協定に記載すべき事項が不足していたり、不明確だったりするケース。
これらの指導があった場合、まず企業は是正勧告を受け、定められた期限内に改善計画を提出し、実行することが求められます。
計画的付与制度の不備があった場合の罰則
計画的付与制度の運用に不備があったとしても、それ自体が直接的に罰則の対象となることは、基本的にはありません。
労働基準監督署からの指導があった場合、まずは是正勧告を受け、改善を求められるのが一般的です。
しかし、その不備が悪質であると判断され、労働基準監督署からの是正勧告にも全く従わないなど、行政指導を無視し続ける場合は、以下の罰則の対象となる可能性があります。
- 30万円以下の罰金
この罰金は、労働基準法第120条などに定められており、是正を命じられた労働基準法上の義務を履行しない行為に対して科されるものです。
計画的付与の運用上の不備が、結果として法令遵守を著しく怠っていると見なされた場合に、罰則につながるリスクがあることを理解しておくことが重要です。
年5日取得義務化との関係性
2019年4月に施行された「働き方改革関連法」により、年10日以上の年次有給休暇が付与される従業員に対し、年間5日間の有給休暇を確実に取得させることが義務付けられました。
この義務化は、日本における有給休暇取得率の低さを改善し、従業員のワークライフバランスを向上させることを目的としています。
この「年5日取得義務化」と、計画的付与制度は密接な関係にあります。
義務化への対応策としての計画的付与
従業員に年5日の有給休暇を確実に取得させることは、企業にとって重要な責務です。この義務を果たせない場合、労働基準法に基づく罰則(30万円以下の罰金)の対象となる可能性もあります。
計画的付与制度は、この年5日取得義務化への有効な対応策の一つとして大いに役立ちます。特に、次のような企業には大きなメリットがあります。
- 有給取得率が低い企業
- 従業員が自主的に有給休暇を申請しにくい企業文化や、業務の忙しさから取得が進まない企業では、計画的付与によって半強制的に取得日を設定することで、確実に5日間を消化させられます。
- 繁忙期と閑散期の差が明確な企業
- 業務の閑散期に計画的に有給休暇を割り振ることで、業務への影響を最小限に抑えつつ、義務を果たすことができます。
これにより、企業は罰則のリスクを減らし、法令遵守を強化できるでしょう。
一般的な付与日数と5日取得義務の留意点
一般的に企業が計画的付与で割り振る有給休暇の日数は、3日~6日程度が多いです。
これは主に、年末年始、ゴールデンウィーク、夏季休暇といった既存の大型連休に数日の有給休暇を計画的に充てることで、従業員がより長く休めるようにする目的で活用されます。
しかし、計画的付与で設定した日数が5日未満の場合(例えば3日の場合)、残りの日数を従業員に取得させる義務は、依然として企業に残ります。
年5日間の有給休暇取得義務を完全に果たすためには、計画的付与で設定した日数と合わせて、不足分を従業員が時季指定できるよう促す、あるいは会社が時季指定を行うなどして、合計で5日以上になるように管理する必要があります。
計画的付与は、年5日取得義務を達成するための有効な手段の一つですが、それだけで全ての義務が完了するわけではない、とご理解いただければ幸いです。
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有給休暇計画的付与と個人の自由取得のバランス
計画的付与制度を導入したとしても、従業員の有給休暇に関するすべての権利が会社に委ねられるわけではありません。
- 従業員の請求権は残る
- 計画的付与の対象となるのは、あくまで「5日を超える部分」の有給休暇です。
- 法律で定められた、従業員が自由に取得できる5日間の有給休暇については、会社は原則として従業員の請求通りに休暇を与えなければなりません(会社に時季変更権がある場合を除く)。
- 両方を適切に組み合わせる
- 企業は、従業員の自主的な有給取得を促しつつ、それでも取得が進まない場合に計画的付与を活用するなど、両者をバランス良く組み合わせるべきです。
- これにより、法令遵守と従業員の満足度向上という両方の目標達成を目指せます。
計画的付与制度は、年5日取得義務化という「最低限のライン」をクリアするための有効な手段であると同時に、従業員が休みやすい職場環境を文化として根付かせるための一歩となり得るでしょう。
まとめと次回予告
年次有給休暇の計画的付与制度は、会社と従業員の双方にとって多くのメリットがある、とても有効な制度です。
従業員はためらいなく有給休暇を取りやすくなり、会社は計画的に業務を進められるようになります。
この制度を適切に導入し、スムーズに運用していくためには、法律で定められたルールをきちんと守ること、そして会社と従業員がしっかり話し合い、お互いの理解を深めることが何よりも大切です。
また、国が義務付けている「年5日の有給休暇取得」を確実に達成するための効果的な手段としても、計画的付与制度は非常に役立つでしょう。
さて、次回のvol6では、有給休暇の取得促進に役立つもう一つの制度、「時間単位年休」に焦点を当てていきます。この制度を導入するメリットやデメリットについて詳しく解説しますので、どうぞお楽しみに!
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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