前回は、「育児休業取得状況の公表義務の拡大」について取り上げ、企業がどのように育休取得の実態を可視化していくべきか、そしてそれが男性の育休取得促進にどうつながるのかを解説しました。
今回は、同じく男性の育児休業取得を後押しする取り組みのひとつとして、2025年の法改正に新たに盛り込まれた「3歳未満の子を養育する労働者へのテレワーク選択肢の提供(※努力義務)」に焦点を当てていきます。
テレワークの選択肢があることで、育児と仕事を両立しやすい環境が整い、特にこれまで育児に関わりにくかった男性社員の参画を後押しする効果が期待されます。この取り組みは、単なる働き方改革にとどまらず、家庭内での育児の在り方や企業文化そのものにも影響を与える大きな転換点となるかもしれません。
これまでの状況(2022年改正)
これまでは(2025年改正以前)、育児と仕事を両立するために企業側に求められる措置として、主に以下のような内容がありました。
法律に明文化された企業の「措置義務」(法律上、企業が対応しなければならないもの)
- 短時間勤務制度(必須)
- 1日の所定労働時間を原則6時間(例: 9:00〜16:00)に短縮できる制度。
- フレックスタイム制度
- コアタイムなし・短縮コアタイムなどの柔軟な勤務時間を設定できる制度の導入。
- 始業・終業時刻の繰り上げ・繰り下げ制度
- 例えば、「通常9:00〜18:00の勤務を、8:00〜17:00や10:00〜19:00に変更できる」といった対応。
- 就業しつつ子を養育することを容易にするための休暇の付与(例:育児目的休暇)
- 子どもの学校行事や保護者面談、急な病気での通院に対応するための休暇。
- 子どもの発熱や学校の急なイベントに合わせて、1日の勤務時間を柔軟に調整することができる。
- 事業所内保育施設の設置・運営
- 企業内に保育施設を設ける、または提携保育園を利用できる制度を整備する。
上記の➀短時間勤務制度(必須)に加え、企業は、3歳未満の子を養育する労働者に対して、➁➂➃⑤の4つの内から、いずれか1つ以上を講じることが義務づけられていました。
法律に明文化されていない努力義務(企業が導入するかどうかは自主的な判断に委ねられていた。対応が望ましい)
- テレワークの導入
- 残業の免除制度
- 企業独自の育児支援(特別休暇や費用補助)
改正前の法律では、テレワークという働き方は「努力義務」として位置づけられていたものの、法律上に明文化された必須の措置ではありませんでした。企業が導入するかどうかは自主的な判断に委ねられ、「望ましい取組み」として紹介されるにとどまっていました。
当時は、テレワーク=感染症対策の一環という印象が強く、国としても育児や介護の両立支援という観点からは、さほど重要視していなかったことがうかがえます。2022年の改正時点では、あくまで企業の裁量に委ねられた「あると良い制度」の一つという位置づけだったのです。
改正後の義務と努力義務
テレワークの選択肢の提供
- 4月1日改正後、企業は3歳未満の子を養育する労働者に対して、テレワークを選択肢として提供することが加えられます。これにより、特に小さな子どもを持つ親は、育児と仕事の両立がしやすくなると期待されています。
- テレワークの導入は、育児中の親が自宅で仕事をすることを可能にし、子どもの世話と業務を並行して行うことができるようになるため、仕事の効率化と育児の負担軽減が実現します。
義務(必ず実施する必要があるもの)
企業には、以下の2つの義務が課されています。
- 短時間勤務制度の導入
- 3歳未満の子を養育する労働者に対して、所定の労働時間を短縮する「短時間勤務制度」を必ず導入する義務があります。
- 次の5つの措置のうち、2つ以上を選択して実施する義務
- フレックスタイム制度の導入
- 始業・終業時刻の繰り上げ・繰り下げ
- 事業所内保育施設の設置
- テレワークの導入(改正後に初めて義務として明文化される選択肢)
- 育児目的休暇(就業しつつ子を養育するための休暇)の付与
努力義務(取り組むことが望ましい取り組み)
これらは努力義務として示されており、法律に明文化された努力義務ではありません。つまり、企業に対して強制力はなく、企業が進んで取り組むことが望ましい内容です。以下の取り組みは、法改正に伴って直接的に義務づけられたものではありませんが、厚生労働省などが推奨する「望ましい取組み」として、企業が主体的に実施することが期待されています。
- 残業免除制度
- 育児・介護を行う労働者に対して、残業免除制度を設けることが望まれています。
- 企業独自の育児支援(特別休暇や費用補助など)
- 企業が独自に育児支援を行うことが望まれています(例:特別休暇、育児費用の補助など)。
テレワーク導入による企業にとってのメリットと課題
今回の法改正における大きな特徴のひとつが、「テレワークの導入・推奨」です。特に注目すべきは、男性社員の育児参加を後押しする環境づくりとして、テレワークが果たす役割です。テレワークが可能になることで、男性も育児に関わりやすくなり、これまで偏りがちだった家庭内の育児負担をより公平に分担できるようになります。
このような柔軟な働き方の選択肢が広がることは、育児における男女平等の実現に寄与するだけでなく、社員の働きやすさにも直結し、企業文化の前向きな変化にもつながっていくでしょう。
ここからは、上記した改正後に措置義務の一つとして明文化された「テレワークの導入」について、さらに掘り下げて解説していきます。
テレワーク導入のメリット
- 従業員の定着率向上:育児と仕事を両立しやすい環境が整備されることで、育児中の労働者が会社を辞めずに働き続けやすくなり、企業の人材定着率が向上します。特に近年は、子育て世代の離職防止が課題となっている中、柔軟な働き方の選択肢は大きな魅力となっています。
- 多様性の推進:柔軟な働き方を提供することで、ダイバーシティ(多様性)の推進が進み、企業のイメージ向上や社会的評価が高まります。特に、ジェンダーやライフステージに応じた働き方を尊重する企業姿勢は、求職者からの評価にも直結します。
- 生産性の向上:育児と仕事を両立させる環境が整うことで、従業員のモチベーションや生産性が向上することが期待されます。時間の使い方に対する意識が高まり、限られた時間で集中して成果を出そうとする意識改革にもつながります。
テレワーク導入の課題
- テレワーク環境整備にかかるコスト:テレワーク導入に必要な設備やインフラの整備が求められる場合があります。特に、従業員が自宅で業務を行う場合、企業側がパソコン、インターネット接続、セキュリティ対策などを提供することが必要です。これにより、初期投資や運用コストが増加する可能性があります。
- 業務管理の難しさ:テレワークの導入は、従業員の業務進捗管理やコミュニケーションの面で新たな課題を生むことがあります。オフィス勤務と比べて、社員がどのように業務を行っているか把握しにくくなるため、業務の進捗や成果を適切に管理するための新しい管理手法やツールの導入が必要になる場合があります。また、労働時間や作業効率の把握が難しくなることもあり、監視が強化されすぎることが従業員のモチベーション低下につながる可能性もあります。
- 企業文化やチームワークの影響:オフィスでの直接的なコミュニケーションが減ることにより、チームワークの低下や社員間の連携不足が懸念されることがあります。特に、部門間の協力やアイデアの交換が重要な業務では、テレワークによる疎遠感が問題になる可能性があります。社内の一体感を保つためには、テレワークでも積極的にオンラインミーティングや定期的な対面のコミュニケーションを設ける必要があり、これには時間や労力がかかります。
- 社員の自己管理能力への依存:テレワークでは、社員に自己管理能力や自律性が強く求められます。育児中の親がテレワークを選択する場合、仕事のペースを自分で調整する必要があり、時には家庭と業務の境界が曖昧になってしまうこともあります。これにより、業務に集中できない状況や労働時間の過多が発生するリスクがあります。
- 既存社員の不満や公平性の問題:テレワークを導入することで、育児中の親に対して特別な配慮を行う一方で、既存の社員が不公平感を感じる可能性があります。特に育児休業中でない従業員が、自分も同じような柔軟な働き方を求める場合、社内のバランスが崩れる可能性があります。また、テレワークを選択できる従業員とそうでない従業員の間に格差が生まれることがあり、このことが職場のモチベーションや協力の精神に悪影響を及ぼすこともあります。
- 業務の調整や役割分担の課題:育児をしている従業員がテレワークをする場合、業務の進行状況や対応時間が不規則になる可能性があります。特に、顧客対応や現場での調整が必要な仕事の場合、テレワークではその場ですぐに対応できないことがあるため、役割分担や調整が難しくなることがあります。
改正育児・介護休業法におけるテレワーク選択肢の提供は、育児中の労働者にとって大きな支援となりますが、企業側にはいくつかのデメリットや課題も伴います。上記を見てもらえればわかる通り、メリットよりも課題の方が多く見えるかもしれません。しかし、それは「今までと同じやり方ではうまくいかない」という前提を示しているに過ぎません。つまり、企業がテレワークを単なる制度導入としてではなく、自社の働き方や風土に合った「柔軟な運用方法」として捉えることで、多くの課題は乗り越えられる可能性があります。
たとえば、業務の見える化やコミュニケーションの仕組みづくりを工夫することで、チームワークの低下を防ぐことができますし、全社員にとって納得感のある運用ルールを定めることで、不公平感を和らげることもできます。
今回の改正では、テレワークの導入は「努力義務」とされていますが、これを前向きな企業文化の見直しのきっかけとして捉えることが、これからの人材確保・定着の鍵となるでしょう。
子育てしながらでも働き続けられる、そんな当たり前の選択肢がある職場環境を整えることは、企業にとっても、そこで働く一人ひとりにとっても、大きな価値となるはずです。ぜひこの法改正を機に、自社にとっての「働き方の未来」を見直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
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