本記事は「退職金・企業年金制度」シリーズの第1話です。
「退職金制度なんて、もっと会社が大きく、安定してから考えればいい」
「今の時代、終身雇用でもないのに退職金が必要なのだろうか?」
起業したばかりの経営者や、日々の資金繰りと採用に奔走する中小企業のオーナーにとって、退職金はどこか「遠い先の話」に聞こえるかもしれません。
しかし、もしあなたが「優秀な人材を確保したい」「社員に長く定着してほしい」と願っているなら、退職金は今すぐ向き合うべき「最強の経営戦略」になります。
実は、退職金制度は単なる福利厚生ではありません。
- 採用市場で競合に勝つための「武器」
- 優秀な社員を繋ぎ止める「黄金の鎖」
- 会社と社員、双方の税金を減らす「節税スキーム」
本連載では、数回にわたって、中小企業がどのように退職金制度を構築し、経営の力に変えていくべきかを徹底解説します。
第1話の今回は、まず「退職金制度をめぐる残酷なまでの現実」と、その「正体」についてお話ししましょう。
本記事で分かること
- 退職金制度を中小企業の約7割が既に導入しているという労働市場の実態
- 優秀な人材を長期的に定着させる「黄金の鎖」としての効果
- 掛金を全額損金算入して法人税を圧縮する節税メリット
- 給与よりも社員の手残りを最大化できる税制上の仕組み
- 将来の退職金支払いを平準化し財務リスクを抑える手法
退職金制度の導入率データ|企業の何%が制度を持っているのか
先ほども触れましたように、起業したばかりの経営者や、成長期にある中小企業のオーナーにとって、「退職金」は後回しにされがちなトピックかもしれません。
しかし、日本の労働市場において、退職金制度はもはや「余裕があれば作るもの」ではなく、「持っていて当たり前の標準装備」となっています。
まずは客観的なデータから、その現実を見ていきましょう。
退職金制度の導入率は約75%|10社中7〜8社が導入している現実
厚生労働省の最新の調査(令和5年就労条件総合調査)によると、日本国内で退職金制度を導入している企業の割合は74.9%にのぼります。
つまり、日本の会社の約4社に3社は、すでに何らかの形で退職金制度を整えているということです。
「うちはまだ小さいから」「ベンチャーだから」という言い訳が通用しにくいほど、一般的な制度として定着していることがわかります。
中小企業の退職金制度導入率|30〜99人規模でも約7割が導入済み
さらに注目すべきは、企業規模別の導入率です。
| 企業規模 | 導入率 |
| 1,000人以上 | 90.1% |
| 300~999人 | 88.8% |
| 100~299人 | 84.7% |
| 30~99人 | 70.1% |
このように、従業員数が30名を超えた段階で、約7割の企業が制度を導入しています。
もし、あなたの会社が採用市場で優秀な人材を奪い合っているとしたら、競合他社の多くは求人票の福利厚生欄に「退職金あり」と堂々と記載しています。
この5文字があるかないかだけで、安定を求める優秀な中堅層や、将来を不安視する若手層からの見られ方は劇的に変わるのです。
創業期から考える退職金制度|起業家に必要な出口戦略
「退職金は、会社が大きくなってから考えればいい」
本当にそれでいいのでしょうか?
早い段階で退職金制度(出口戦略)を設計しておくことは、単に従業員のためだけではなく、経営そのものに大きなプラスをもたらします。
- 投資家や金融機関からの信頼
- 「人材を長期的に育成し、維持する仕組み」があることは、組織の継続性を示す強力なエビデンスになります。
- 行き当たりばったりの経営ではなく、長期的な視点を持つ経営者であると評価されるのです。
- 財務の健全化
- 後から慌てて制度を作る場合、過去の勤務分を遡って積み立てる必要があり、一気にキャッシュフローを圧迫します。
- 創業期からコツコツと「制度」として外出し積立(中退共や企業型DCなど)を始めておくことで、将来の財務リスクを最小限に抑えることができます。
「退職金なし」の状態でスタートすることは、採用市場において最初からハンデを背負って戦うようなものです。
早い段階でルールを明確にすることは、攻めの経営を行うための「守りの要」となるのです。
退職金とは何か?制度の基本と中小企業が知るべき本質
「退職金」と聞くと、多くの経営者は「会社が一方的に持ち出すコスト」というイメージを持つかもしれません。
しかし、その本質を解剖していくと、実は「合理的な賃金の後払い」という側面が見えてきます。
退職金がもたらす3つの経営的メリットと社員への効果
退職金には、大きく分けて3つの本質的な性格があります。
1. 賃金の後払い|在職中の労働への対価を「出口」で渡す
退職金は、決して会社からの「プレゼント」ではありません。
毎月の給与として全額を支払うのではなく、その一部をあえて「退職時までプールしておく」という仕組みです。
経営者にとっては、「現在のキャッシュフローを圧迫せずに、将来の支払いを約束する」という、合理的な賃金支払い形態といえます。
2. 功労報償|長年の貢献に対する「感謝」の見える化
長く会社を支えてくれた社員に対し、その功績を称えて支払うボーナスの最終形です。
「この会社で頑張れば、最後にこれだけの報いがある」というゴールを明確に示すことで、社員のエンゲージメントを高める効果があります。
3. 生活保障|変化する「老後の不足額」への備え
かつて「老後2,000万円問題」が大きな話題となりました。
最新の2024年家計調査データによれば、高齢夫婦無職世帯の月間赤字額は約3.4万円に縮小し、30年間の不足額は約1,226万円との試算も出ています。
しかし、ここで楽観視はできません。
昨今の物価上昇(インフレ)により、生活コストは上昇傾向にあります。
公的年金だけに頼るリスクが再認識されている今、会社が退職金という形で「社員のセーフティネット」を用意することは、社員が将来への不安なく、目の前の仕事に集中できる環境を作ることに直結します。
退職金は福利厚生ではない|戦略的賃金としての活用法
ここで、多くの経営者が直面する問いを考えてみましょう。
「月給を3万円上げるのと、退職金として積み立てるの、どちらが社員を動かすか?」
目先の給与アップは、その瞬間は喜ばれますが、数ヶ月もすれば「当たり前」になり、モチベーションへの寄与度は下がっていきます。
一方で、退職金制度は以下のような「戦略的」な効果を発揮します。
- 「黄金の鎖」としての効果
- 「あと数年いれば受取額が大きく増える」という設計にすることで、優秀な人材の安易な離職を思いとどまらせることができます。
- 社会保険料の適正化
- 給与として支払えば、会社と社員の双方が「社会保険料」を負担しなければなりませんが、退職金積み立てであれば、この負担を抑えつつ、将来渡す金額を最大化することが可能です(※制度設計によります)。
退職金は、単なる「おまけ」の福利厚生ではありません。
限られた人件費予算を、いつ、どのような形で渡すのが最も経営効率が高いか? という観点から設計すべき「戦略的賃金」なのです。
退職金制度導入で変わる採用力と経営安定|中小企業のメリット解説
退職金制度は、単に従業員への「手当」ではありません。
人手不足が常態化する現代において、中小企業が競合他社と差別化を図り、経営基盤を盤石にするための「戦略的な投資」です。
具体的にどのような経営的インパクトがあるのか、3つの視点で整理します。
1. 『退職金あり』で応募率アップ|中小企業の採用戦略
求職者が求人票を見る際、給与と同じくらい厳しくチェックするのが福利厚生です。
特に、ライフステージの変化を意識し始める30代以降の経験豊富な層や、将来の安定を重視する層にとって、求人票に書かれた「退職金あり」の5文字は、企業の信頼性を測る物差しになります。
競合他社が同じような給与条件を提示している場合、この5文字があるかないかだけで、応募者の安心感は劇的に変わります。
採用コストが高騰する中で、応募母集団を確保するための「強力なフック」として機能するのです。
2. 退職金で社員の離職を防ぐ|長期定着を促す仕組み
退職金制度は、優秀な人材の流出を防ぐ「心理的な防波堤」になります。
例えば、勤続年数に応じて受取額が加速度的に増える仕組みを導入することで、社員に「今辞めることの経済的なデメリット」を実感させることができます。
「他社からの誘いもあるが、あと3年いれば退職金が100万円以上上乗せされる。それなら今の会社でキャリアを積んだほうが得だ。」
このように、単なる忠誠心に頼るのではなく、経済的なインセンティブによって長期勤続を促す仕組みは、引き抜きが激しい業界ほど強力なリテンション(引き止め)効果を発揮します。
3. 経営の安定|将来の支払いリスクを「平準化」する
退職金制度を持たない会社が直面する財務リスクは、ベテラン社員の退職が重なった際の「予期せぬ多額のキャッシュアウト」です。
あらかじめ「中退共(中小企業退職金共済)」や「企業型DC(確定拠出年金)」などの制度を通じて社外積立を行っておくことで、以下の経営メリットを享受できます。
- キャッシュフローの安定
- 将来の大きな出費を、現在の定額コスト(掛金)として平準化できる。
- 簿外債務の解消
- 「辞めた時にいくら払うか」が不明瞭な状態を脱し、財務諸表に現れない将来の負債を整理できる。
- 法人税の圧縮
- 毎月の掛金は原則として「全額損金」となるため、利益が出ている時期に納税額を抑えつつ、着実に「社員のための資産」を積み上げることが可能です。
退職金で節税メリット|経営者と社員の双方が得する仕組み
退職金制度は、単なる「将来の約束」ではありません。
実は、会社と社員の双方が現在進行形で享受できる、国内屈指の「節税スキーム」としての側面を持っています。
同じ「100万円」を支払うにしても、それを「給与」として渡すのか、「退職金」として準備するのかで、手元に残る金額には天と地ほどの差が生まれます。
退職金掛金で法人税を圧縮|会社側の節税メリット
経営者にとって最大のメリットは、将来の退職金のために支払う掛金を「全額損金」として算入できる点です(※中退共や企業型DCなどの社外積立制度を利用した場合)。
- 利益の平準化
- 利益が出ている期に掛金を支払うことで、法人税負担を抑えつつ、将来の支払いに備えた資産を社外に築けます。
- 社会保険料の削減
- 給与やボーナスを増額すれば、会社負担の社会保険料(約15%)も連動して増加します。
- しかし、退職金積立(制度によります)であれば、社会保険料の増加を抑えながら、社員の実質的な待遇を向上させることが可能です。
社員が得する退職金|退職所得控除で税負担を最小化
社員にとって、退職金は「最も税金がかかりにくいお金」です。
日本の税制では、長年の勤労への報いとして、退職金には極めて強力な優遇措置(退職所得控除)が設けられています。
例えば、「1,000万円」を手にするとき、給与(賞与)ともらう場合と、退職金でもらう場合では、これだけの差が出ることがあります。
- 給与・賞与でもらう場合
- 高い所得税・住民税が課されるだけでなく、社会保険料も引かれます。
- 年収が高い層ほど、手残りは額面の6〜7割程度まで目減りしてしまいます。
- 退職金でもらう場合
- 強力な「退職所得控除」が適用されます。
- 勤続20年であれば800万円まで非課税、さらにそれを超えた分も「半分(1/2)」にしてから課税されるため、所得税・住民税を最小限に抑えられます。
- もちろん、社会保険料もかかりません。
経営者必見|退職金と給与どちらが社員に誠実か?
同じ人件費を投じるのであれば、国に税金や保険料として納める分を減らし、社員の手残りを1円でも多く増やすほうが、経営として合理的であり、社員に対しても誠実な姿勢であると言えるのではないでしょうか。
「給与アップ」は目に見えて分かりやすいですが、賢い経営者は「退職金」という箱を使い、会社と社員が支払う『税・保険料』のトータルコストを最適化しているのです。
まとめ|退職金は「コスト」ではなく「投資」である
ここまで見てきた通り、退職金制度は単なる「古い慣習」でも、会社が一方的に負担する「コスト」でもありません。
- データが示す現実
- 約7〜8割の企業が導入している以上、持たないことは「採用市場での明確なハンデ」になります。
- 経営の合理性
- 給与で払うよりも、会社は法人税を抑え、社員は手残りを最大化できる、極めて効率的な「出口戦略」です。
- リスクの平準化
- 「いつか払うかもしれない不透明な金」を、現在の「計算可能な定額コスト」に変えることで、経営の安定度を高めます。
「余裕ができたら導入しよう」という考えは、実は逆です。
「優秀な人材を集め、定着させ、会社を成長させるためにこそ、早期の制度設計が必要」なのです。
退職金は、あなたの会社を次のステージへ引き上げるための「攻めの投資」だと言えるでしょう。
次回予告|あなたはどれを選ぶ?退職金・企業年金の「種類」徹底解説
退職金制度の必要性はわかった。
しかし、いざ導入しようとすると、多くの経営者が「専門用語の壁」にぶつかります。
「中退共(ちゅうたいきょう)?」「確定拠出年金(DC)?」「確定給付企業年金(DB)?」
名前は聞いたことがあっても、それぞれの違いや「自社にとってどれがベストか」を判断するのは至難の業です。
次回は、これらの制度の正体をスッキリと整理。中小企業が選ぶべき主要な選択肢を、メリット・デメリットがひと目で分かる「比較マップ」とともに解説します。
あなたの会社にぴったりの「正解」を一緒に見つけていきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。
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