本記事は「あなたの働く人生を守るセーフティネット!雇用保険のすべて」シリーズの第22話です。第1話は👉雇用保険とは?何のためにある?|加入メリットや目的を解説
前回は、現役世代が仕事を辞めずにスキルアップを叶える「在職者訓練」について詳しく解説しました。
しかし、どれだけ現役時代にスキルを磨いても、そのキャリアを60歳以降も安心して継続できなければ意味がありません。
今や、60歳以降も働き続けることは一般的となり、多くの現役世代が直面するのが「再雇用後の賃金低下」です。
その低下した収入を国が補填し、生活を支えてくれたのが雇用保険の「高年齢雇用継続給付」でした。
しかし、その国の支援制度が大きく変わろうとしています。
2025年4月1日以降に60歳を迎える方から、給付の最大支給率が縮小されます。
それどころか、制度自体が2030年頃の完全廃止へと向かっています。
あなたは、この制度変更が自分の手取りにどれほど影響するかご存知でしょうか?
本記事では、この制度がどう変わり、なぜなくなるのかを正確に理解し、ご自身の60歳到達日を基準に、手取り減少を避けるための具体的な対策を解説します。
国の制度変更を乗りこなし、安心した老後の働き方を手に入れましょう。
高年齢雇用継続給付とは?2つの支給タイプの全体像
高年齢雇用継続給付は、あなたが60歳以降も働く意欲を失わないよう、国が経済的にサポートするために設けられた制度です。
60歳以降に再雇用などで賃金が大きく下がってしまった場合に、65歳になるまでの間、給与に加えて国(雇用保険制度)から給付金が支給されます。
これは、定年後の生活設計において、非常に重要な「お守り」のような役割を果たしてきました。
高年齢雇用継続給付の種類|継続雇用と再就職で受けられる給付金の違い
実は、「高年齢雇用継続給付」という名称は、目的の異なる以下の2種類の給付金の総称です。
どちらも60歳以降の賃金低下を補う制度ですが、両方を同時に受けることはできません。
あなたの働き方によって、どちらのタイプになるかが決まります。
| 給付金の種類 | 目的と対象となるケース |
| 高年齢雇用継続基本給付金(本記事のメイン) | 継続雇用 60歳以降も同じ企業で継続して雇用され、賃金が60歳到達時より低下した場合に支給されます。(主に定年後の再雇用・継続雇用が該当) |
| 高年齢再就職給付金 | 再就職 60歳以上65歳未満で一度離職し失業給付を受給した後、新しい会社に再就職した際に、賃金が大きく下がった場合に支給されます。 |
高年齢雇用継続給付の受給条件チェックリスト|60歳以降に給付をもらうための主な要件
まずは、あなたが給付金を受け取るための共通する土台の要件を確認しましょう。
- 年齢要件
- 60歳の誕生日を迎え、65歳未満であること。
- 保険期間要件
- 雇用保険の被保険者であった期間が、合計して通算5年以上あること。
この2つの要件を満たした上で、あなたは「継続雇用タイプ(基本給付金)」になるか、「再就職タイプ(再就職給付金)」になるかで、次に必要な条件や手続きが変わってきます。
高年齢再就職給付金とは?|再就職者向け給付の仕組みと2025年改正の影響
今回、最も注目すべきは「高年齢雇用継続基本給付金」の支給率縮小です。
しかし、もう一方の「高年齢再就職給付金」の現状も把握しておきましょう。
この制度は、離職後に新たな就職の機会を得た高齢者が、賃金減少による生活不安を軽減し、就業を維持することを目的としています。
| 項目 | 高年齢再就職給付金の主なルール |
| 主な要件 | 再就職前に失業給付の支給残日数が100日以上残っていること、かつ再就職後の賃金が離職前の75%未満に低下していること。 |
| 支給額の上限 | 再就職後の賃金の15%を上限として支給されます。 |
| 支給期間 | 失業給付の残日数によって以下の通り決定されますが、いずれも65歳に達した月の末日で支給終了となります。 残日数200日以上の場合|再就職後、最長2年間支給されます。これは同制度における最長のサポート期間です。 残日数100日以上200日未満の場合|最長1年間支給されます。 |
| 特記事項 | 2025年4月1日以降も、支給率や要件に変更はありません。 今回の制度改正は、あくまで「高年齢雇用継続基本給付金」のみが対象です。 |
【重要】再就職手当との関係
高年齢再就職給付金は、再就職した際に支給される「再就職手当」とは併給できません。
あなたはどちらか一方を選択することになります。
再就職手当は一時金です。そして高年齢再就職給付金は長期の賃金補填です。
そのため、ご自身の再就職後の賃金水準と残りの受給期間を考慮して、最適な方を選ぶ必要があります。
ご自身のキャリアパスが「再就職」となる可能性が高い方は、この制度が当面維持されることを念頭に、失業給付(基本手当)の受給と再就職のタイミングを慎重に計画することが重要です。
高年齢雇用継続基本給付金|2025年4月からの変更と2030年廃止の見通し
高年齢雇用継続給付の支給率の改正は、再雇用後のあなたの収入に直結する大きな変化です。
ここでは、「高年齢雇用継続基本給付金」の改正内容と、制度が廃止に向かう背景を正確に理解しましょう。
高年齢雇用継続基本給付金の支給率変更(2025年4月1日〜)
この給付金が、再雇用後の給与を補う「お守り」として機能してきたのは、賃金低下率に応じて手厚いサポートがあったからです。
制度の仕組みはどう変わるのか?
この改正の核は、「2025年4月1日以降に60歳に到達した方」の最大支給率が15%から10%へ縮小される点です。
| 項目 | 旧制度(2025年3月31日以前に60歳到達) | 新制度(2025年4月1日以降に60歳到達) |
| 対象となる方 | 既に受給中の方や、2025年3月31日までに60歳を迎える方。 | 2025年4月1日以降に60歳に到達した方。 |
| 最大支給率 | 15% | 10%に縮小 |
| 最大支給の条件 | 60歳到達時の賃金の61%未満になったときに、最大15%が支給。 | 60歳到達時の賃金の64%未満になったときに、最大10%が支給。 |
| あなたへの影響 | 引き続き最大15%が維持されます。 | 毎月の手取りが減り、生活設計の見直しが必須となります。 |
具体的なシミュレーション|手取りが月々約1万円減る可能性
この変更が、あなたの家計にどれほどのインパクトを与えるかを見てみましょう。
ケース例|賃金低下率70%の場合
| 項目 | 60歳到達時の賃金 | 再雇用後の賃金(低下率70%) |
| 金額 | 月50万円 | 月35万円 |
| 適用制度 | 賃金に対する支給率(概算) | 給付金支給額(概算) |
| 旧制度(最大15%) | 約7%が支給 | 約24,500円/月 |
| 新制度(最大10%) | 約4%に減少 | 約14,000円/月 |
ご覧の通り、同じ会社で、同じ働き方をしても、あなたが新制度の対象になっただけで、月々の手取りが約1万円以上減ることになります。
この差は、65歳までの5年間で総額60万円以上にも及びます。
【補足】高年齢雇用継続基本給付金の正確な支給期間
継続雇用で給付金を受け取る際の支給期間は、最長5年間というより、以下のように正確に定義されています。
- 支給期間
- 60歳の誕生日の前日が属する月から始まり、65歳に達する月(65歳の誕生日の前日が属する月)の末日までとなります。
- 各月の要件
- 給付を受ける各月において、原則としてその月の初日から末日まで雇用保険の被保険者であることが必要です。
- 途中で退職などで被保険者資格を失うと、その月の給付は停止されます。
高年齢雇用継続給付の法改正理由と2030年廃止への影響|手取り減少に備える
なぜ国は、高齢者の生活を支えてきた重要な制度を縮小し、廃止に向かわせているのでしょうか。
その背景には、法整備と雇用環境の大きな変化があります。
なぜ廃止へ?
- 雇用環境の改善(法的な義務化)
- 以前は60歳定年後の雇用が不安定でしたが、現在は企業に65歳までの継続雇用確保が義務化されています。
- また、70歳までの就業機会確保も努力義務となり、年齢による雇用不安は制度的に大きく軽減されました。
- 賃金格差の是正(同一労働同一賃金)
- 「同一労働同一賃金」の普及など、賃金格差を是正する動きが進んでいます。
- これにより、「再雇用だから賃金が極端に下がる」という制度が前提としていた状況自体が変わりつつある、と国は判断しています。
最終的な目標
雇用環境が改善されたことにより、国は給付金制度の社会的役割が薄れたと判断し、段階的な縮小を進めています。
この流れは変えられず、2030年頃の完全廃止も視野に入っていることが報じられています。
結論として、この給付金は「なくなる前提」で、あなた自身の生活設計を立てる必要があるということです。
高年齢雇用継続給付で手取り減少を防ぐ具体策|申請手続きと自分でできる対策
高年齢雇用継続給付が廃止へと向かう時代において、自分の生活を自分で守ることが最も重要になります。
ここでは、給付金が減る前提で収入を多角的に確保するための「具体的対策」と、今、給付金を確実に受け取るための「申請手続き」という、2つの重要な行動について解説します。
高年齢雇用継続給付で手取り減少に備える|自分でできる多角的対策と年金戦略
会社の決定を待つだけでなく、自ら動くことで未来の収入を守れます。
重要な行動は以下の3つの視点から検討しましょう。
1. 「60歳到達日」を確認し、会社と交渉する
- ボーダーラインの確認
- 既に2025年4月1日を過ぎていますので、ご自身の60歳の誕生日(または再雇用開始日)を確認し、最大15%の旧制度が適用されているか、既に10%の新制度が適用されているかを特定しましょう。
- 賃金交渉の機会とする
- 「給付金が減額・廃止されるため、再雇用後の手取りが大きく減る見込みである」という国の制度変更を根拠に、再雇用後の賃金水準について、人事や上司に早期に相談し、減額分を会社での賃金アップで補うという意識を持って交渉に臨みましょう。
2. 年金受給開始時期を戦略的に検討する(年金の繰り上げ・繰り下げ)
- 繰り上げ受給の検討
- 60歳以降、生活費の不足を補うために年金を繰り上げて受け取る選択肢があります。
- ただし、一度繰り上げると年金額は生涯減額され、「高年齢雇用継続給付」との併給で年金の一部が支給停止される可能性があるため、慎重なシミュレーションが必要です。
- 繰り下げ受給の検討
- 65歳以降も働き続け、生活にゆとりがある場合は、年金の受け取りを繰り下げて将来の年金額を増やす選択肢も非常に有効です(最大75歳まで繰り下げ可能で、増額率は1ヶ月あたり0.7%)。
3. 多様な働き方を確保する(キャリアの多角化)
- 副業・兼業の開始
- 勤務先が60歳以降の給料を大きく下げる仕組みになっている場合、勤務時間外にスキルを活かせる副業を始めることで、給与以外の安定した収入源を確保できます。
- リスキリング・転職の準備
- 会社の再雇用条件が極端に悪い場合は、前回の記事で解説した教育訓練支援などを活用し、より高い賃金で働ける外部企業への転職を視野に入れることも、有効な手取り減少対策となります。
高年齢雇用継続給付金の申請手続き|会社と連携して確実に受給する方法
「高年齢雇用継続基本給付金」の申請は、多くの場合、会社が代行してくれます。
今、受給資格がある方は、確実に受け取るために以下の手順を確認しましょう。
- 申請は通常、会社を通じて行う
- まずあなたから人事担当者や上司に「高年齢雇用継続給付の申請をお願いしたい」と依頼します。
- 会社が賃金台帳などの必要書類を揃え、ハローワークへ提出するのが一般的な流れです。
- あなたの作業
- 会社が作成した申請書には、あなたの署名や捺印が必要です。
- 書類の内容をよく確認し、間違いがないかをチェックしましょう。
- 支給が開始された後も、通常は2ヶ月に一度、会社が継続申請を代行してくれます。
補足|会社が申請してくれない場合の対処法
会社(事業主)を経由した申請が原則ですが、会社が申請を拒否したり、正当な理由なく手続きを遅らせたりする場合は、あなた自身で以下の行動を取ることができます。
- 会社に義務であるということを伝える
- 「高年齢雇用継続給付の申請は、雇用保険法に基づく会社の義務であり、手続きに必要な書類(賃金台帳など)の提出を拒否することはできない」ことを、丁寧に伝え、対応を促します。
- ハローワークに相談する
- 会社が協力的でない場合は、お住まいを管轄するハローワークに直接相談してください。
- ハローワークは、会社を経由しない直接申請を受け付けています(雇用保険法施行規則第101条の5)。
- この場合、「会社を経由しての提出が困難であるやむを得ない理由」がある、と認められる必要があります。
- 不支給決定に納得できない場合
- 会社が申請した結果、「不支給」決定が出た場合でも、その決定に不服がある場合は、雇用保険審査官に対して審査請求を行うことができます。
会社任せにせず、まずはご自身でハローワークに相談することが、給付金を受け取るための最も確実な次の一手となります。
まとめ|高年齢雇用継続給付金で手取り減少に備える具体的行動と生活設計
本記事では、多くのシニア労働者の生活を支えてきた高年齢雇用継続給付(高年齢雇用継続基本給付金)が、2025年4月1日から縮小し、2030年頃の廃止に向かっている事実と、その具体的な影響について解説しました。
給付金が頼れなくなる時代に備え、再雇用後の生活防衛の責任は、最終的にあなた自身にあります。
「自己責任で収入を確保する」意識を持ち、公的年金の戦略や副業といった多角的な対策を実行することが、今後の生活の安心感につながります。
まずは、ご自身に現在適用されている制度(旧制度15%か新制度10%か)を把握し、会社に事実を共有した上で、賃金水準について相談するアクションを今すぐ起こしましょう。
一歩踏み出すことが、60歳以降のキャリアと家計を守るための最良の手段となります。
次回予告|もし65歳以降に辞めたら?~「高年齢求職者給付金」を徹底解説~
今回の記事では、「働き続ける」あなたのための給付金(高年齢雇用継続給付)に焦点を当てました。
しかし、もし65歳以降に離職して「再就職を目指す」ことになった場合、通常の失業手当(基本手当)は支給されず、知っておくべき給付金があります。それが「高年齢求職者給付金」です。
次回の記事では、65歳以降に離職した方に、一時金としてまとめて支給されるこの給付金について、徹底解説します。
ご期待ください!

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 会社員歴30年以上、転職5回を経験した氷河期世代の社会保険労務士です。自らが激動の時代を生き抜いたからこそ、机上の空論ではない、働く人の視点に立った情報提供をモットーとしています。あなたの働き方と権利を守るために必要な、労働法や社会保険の知識、そしてキャリア形成に役立つヒントを、あなたの日常に寄り添いながら、分かりやすく解説します。
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