
執筆者:社会保険労務士 戸塚淳二
戸塚淳二社会保険労務士事務所の代表として、日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わるさまざまな課題に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方、人事制度の整え方まで、はじめての方にもわかりやすく解説することを心がけています。本記事では、「これだけは知っておきたい」労務の基礎について、専門家の視点からやさしくお伝えします。
社会保険労務士登録番号:第29240010号
本記事は「インフルエンザ・コロナと企業の安全配慮義務」シリーズの第1話です。
冬場やコロナ禍において、企業が社員の健康を守ることはますます重要です。
日本では、インフルエンザだけでも毎年 1,000万人規模の人が罹患すると推計されており、社員が感染すれば業務への影響も避けられません。
一方で、新型コロナウイルス(COVID-19)も依然として感染者数が高止まりし、地域や季節によっては再び増加する傾向が見られます。
感染症を労務管理と文化の両面から捉える
にもかかわらず、多くの企業では「感染症」を労務管理上のリスクとして体系的に扱う視点がまだ十分に浸透していません。
とりわけ季節性インフルエンザは「毎年あるもの」として軽視されがちですが、実際には職場内での集団感染や業務停止を引き起こす大きなリスクとなり得ます。
加えて、日本社会には「風邪くらいで休むな」「無理してでも出社するのが美徳」といった文化的背景も根強く残っています。
この価値観は一見「責任感」として肯定されがちですが、感染症拡大の引き金となる可能性があるという点で、今こそ見直しが求められます。
本シリーズでは、インフルエンザとCOVID-19それぞれの基本情報を整理しつつ、企業が押さえておくべき感染症対策のポイントを、「労務管理」と「職場文化」両面からわかりやすく解説します。
安全配慮義務と企業の感染症対策
企業には、社員の安全と健康を守る責任があります。
これは単なる倫理的な配慮ではなく、労働契約法第5条に「使用者は、労働者の生命および健康を保持するために必要な配慮をしなければならない」と定められた、法律上の義務です。
いわゆる安全配慮義務です。
この安全配慮義務は、日常業務における事故やケガだけでなく、感染症への対応も含まれます。
つまり、社員が安心して働ける環境を整えるため、企業は合理的な感染症対策を講じることが求められます。
具体的には、以下のような対策が推奨されています。
- 感染症予防のルールや手順の整備
- マスク着用、手洗い・手指消毒の徹底
- 社員の体調管理と発熱時の出勤自粛ルール
- 必要に応じた在宅勤務やフレックス勤務の導入
これらの対策は、法律の条文で個別に義務化されているわけではありません。
しかし、厚生労働省や国立感染症研究所(NIID)、さらには都道府県・地方自治体の労働安全衛生部門が発行するガイドラインや通達で企業に推奨されている具体策です。
例えば、厚生労働省は職場向けにマスク着用、換気、手洗い、出勤自粛、在宅勤務の活用などを示しており、企業はこれを参考に感染症対策を講じることができます。
つまり、企業は労働契約法第5条や労働安全衛生法に基づき、これらのガイドラインに沿った合理的な対策を実施することで、社員の生命・健康を守る義務を果たすことができるのです。
感染症対策は社員の健康を守るだけでなく、業務継続性を確保するためにも欠かせない取り組みとなります。
インフルエンザの基本情報
インフルエンザは、毎年冬季を中心に流行する感染症で、日本では年間およそ1,000万人が罹患すると推計されています。
特に12月から翌年3月にかけて患者数が増加するため、企業ではこの時期に向けた感染症対策が重要です。
インフルエンザは、症状の重症度や合併症リスクが年齢や基礎疾患の有無によって大きく異なります。
高齢者や持病のある社員は、重症化するリスクが高いため、特に注意が必要です。
感染経路は主に飛沫感染と接触感染です。
咳やくしゃみによる飛沫や、感染者が触れたドアノブや手すりなどを介してウイルスが広がります。
そのため、職場では以下のような基本対策が推奨されます。
- 手洗いや手指消毒の徹底
- マスク着用の推奨
- 換気や共有物の消毒
- 体調不良時の出勤自粛や在宅勤務の活用
「多少の熱でも出社する」という文化的慣習が残っている限り、これらの対策は形骸化しかねません。
企業側は単に制度を整えるだけでなく、「無理して出社しないこと」が評価される職場風土づくりも併せて取り組むことが大切です。
COVID-19(新型コロナウイルス)の基本情報
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、2020年以降世界的に流行しており、現在も一定数の感染者が報告されています。
国内では地域や季節によって感染者数に差があり、高止まりの傾向も見られます。
企業としては、社員の健康と業務継続性を守るために、最新の感染状況を把握することが重要です。
感染経路は主に飛沫感染ですが、密閉空間では空気感染の可能性も指摘されています。
そのため、換気やマスク着用、ソーシャルディスタンスの確保など、複合的な対策が求められます。
また、社員の中には高齢者や基礎疾患を持つ方など、重症化リスクが高い人もいます。
こうした社員に対しては、職場環境の工夫や在宅勤務・フレックス勤務の活用、体調不良時の出勤自粛など、個別の配慮を行うことが企業の責任です。
COVID-19はインフルエンザとは異なり、症状の幅が広く、無症状の感染者も存在します。
そのため、日常的な感染症対策の徹底と、柔軟な勤務対応が欠かせません。
インフルエンザとCOVID-19の比較(感染症法による分類)
日本の感染症は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づき、感染症法上の危険性や医療対応の必要性に応じて 第1類~第5類 に分類されています。
類 | 主な内容・例 | 企業対応の目安 |
---|---|---|
第1類 | 高度に感染力が強く、死亡率も高い感染症(エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱など) | 感染者の隔離、医療機関の特別体制、一般企業は報告・対応の指針に従う |
第2類 | 感染力が強く重症化リスクの高い感染症(結核、SARS、COVID-19当初) | 感染者の隔離や出勤自粛、感染拡大防止策の徹底 |
第3類 | 感染力は中程度、重症化リスクは比較的低い(腸管出血性大腸菌感染症など) | 手洗い、衛生管理、発症時の出勤自粛 |
第4類 | 主に海外から輸入される感染症(黄熱、マールブルグ病など) | 海外渡航者への注意喚起、必要時の出勤制限 |
第5類 | 日常医療で対応可能な感染症(インフルエンザ、COVID-19現在、風しん、水痘など) | 発症者は出勤自粛、手洗い・マスク・換気など基本的対策の徹底 |
インフルエンザ
- 日常医療で対応可能な5類感染症に分類されます。
- 高齢者や基礎疾患者は重症化リスクがあるため、職場では出勤自粛や手洗い・マスク、換気などの基本的な対策が推奨されます。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)
- 当初は2類相当として扱われましたが、現在は季節性インフルエンザと同等の5類相当として位置づけられています。
- 飛沫や空気感染の可能性があり、無症状感染者も存在するため、出勤自粛や在宅勤務、手洗い・マスク、換気など、複合的な対策が重要です。
企業担当者は、インフルエンザ・COVID-19のいずれも5類相当であることを正しく把握しましょう。
そして、過剰な対応や過小な対応にならないようバランスをとることが重要です。
安全配慮義務に基づき、社員が安心して働ける職場環境を整えることを意識しましょう。
企業が押さえるべき基本的対策
企業が社員の健康を守るために実施すべき基本的な感染症対策は、複数の施策を組み合わせて行うことが重要です。具体的には以下のような対策があります。
- ワクチン接種の推奨
- インフルエンザやCOVID-19の重症化リスクを下げるため、社員にワクチン接種を案内・推奨します。
- マスク着用の推奨・職場環境への配慮
- 社員が安心して働けるよう、マスク着用の推奨や、感染リスクを下げる職場環境の整備を行います。
- 換気・消毒・手洗いの徹底
- 室内の換気や共用スペースの消毒、手洗いの励行など、基本的な衛生管理を徹底します。
- 発熱・体調不良時の出勤自粛ルール
- 体調不良や発熱時には出勤せず、自宅で療養できる体制を整え、無理な出勤を防ぎます。
- 在宅勤務・フレックス勤務の活用
- 業務に支障が出ない範囲で在宅勤務やフレックスタイム制を導入し、感染拡大リスクを減らします。
上記の対策は概要にとどめています。
次回以降の記事では、ワクチン接種の実務的な手順や出勤自粛ルールの運用方法、在宅勤務・フレックス勤務の具体例など、企業がすぐに実践できる詳細な方法を解説していきます。
まとめ|感染症対策は労務管理と職場文化の両面から
感染症対策は、社員の健康を守るだけでなく、企業の業務継続性を確保するために欠かせない取り組みです。
同時に、「感染症は労務管理の一部である」という視点や、「無理してでも出社する」という文化的価値観への問い直しも不可欠です。
今こそ企業は、制度整備と職場風土改革の両輪で、「安心して休める」「安心して働ける」環境づくりに取り組むことが求められています。
次回予告|すぐに実践できる!企業が押さえるべきインフルエンザ対策の実務ガイド
次回の記事では、今回紹介した基本的対策を踏まえたインフルエンザ対策の実務に焦点を当てます。
具体的には、職場でのワクチン接種の実施方法、出勤自粛ルールの運用、在宅勤務やフレックス勤務の活用事例など、企業がすぐに実行できる実務ポイントを解説します。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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