本記事は「会社員の給料とお金の基本」シリーズの第6話です。
前回の記事では、会社から正当な報酬を回収するための「未払い残業代の計算と行動計画」について詳しく解説しました。
前回の記事は👉未払い残業代の証拠集めと回収手順|時効・内容証明まで徹底解説
正しく計算し、証拠を突きつけることで、あなたは過去の損失を取り戻す力を手に入れたはずです。
しかし、ここで一つ、冷静に考えてみてほしいことがあります。
「残業代さえ全額支払われていれば、会社はあなたを無限に働かせてもいいのでしょうか?」
多くの現場では、「残業代を払っているんだから、文句を言わずに働け」という空気が漂っています。
労働者側も「お金がもらえるなら、多少の無理は仕方ない」と自分を納得させてしまいがちです。
ですが、答えは明確に「NO」です。
この記事で分かること
- 残業代を払えば「無限に働かせられる」という誤解の正体
- 36協定の仕組みと、会社が守るべき「3つの運用ルール」
- 命を守る基準|月45時間・年720時間などの「上限規制」
- 過労死ライン(月100時間・平均80時間)という絶対的な壁
残業代を払えば無限に働かせていい?法律が否定する大いなる誤解
もしあなたが、「会社は残業代さえ払えば、社員の時間を好きなだけ買い取れる」と思っているなら、それは非常に危険な誤解です。
日本の法律(労働基準法)には、会社が労働者を働かせてよい時間には「絶対的な壁」が存在します。
会社がどれほど高い残業代を払おうと、どれほど「仕事が終わらない」と嘆こうと、その壁を越えて働かせることは法律で禁じられています。
なぜ「残業時間の上限」を知る必要があるのか?
未払い残業代は、後からでも証拠があれば取り戻すことができます。
しかし、過重労働によって壊してしまった「健康」や、失われた「家族との時間」は、いくらお金を積んでも二度と戻ってきません。
会社と対等に渡り合い、自分の身を守るために必要なのは、感情的な訴えではありません。
「これ以上は法律違反である」という具体的な「数字」と、その裏付けとなる「根拠(法律知識)」です。
この記事では、あなたの命を守るための最後の砦となる「36協定」と「残業時間の上限規制」について、労働者の視点から徹底的に解説します。
36協定とは?残業が合法になる仕組みをわかりやすく解説
「仕事が忙しいから残業するのは当たり前」と思っていませんか?
実は、労働基準法のルールを正しく理解すると、その見え方は大きく変わります。
法律の原則|1日8時間・週40時間を超える労働は原則として認められない
労働基準法(第32条)では、会社が労働者を働かせてよい時間は、
- 1日 8時間
- 1週間 40時間
と定められています。
これを「法定労働時間」と呼びます。
会社がこの時間を超えてあなたを働かせることは、原則として法律違反(違法)となります。
このルールは、労働者の健康を確保するための「基本となる上限」なのです。
※ただし、会社が「変形労働時間制」などの特殊な制度を導入している場合は、特定の日の労働時間が8時間を超えることが認められるケースもありますが、それでも年間の総労働時間には厳しい枠組みがあります。
「36(サブロク)」という数字の由来|労働基準法第36条
では、なぜ多くの職場で残業が行われているのでしょうか。
そこで登場するのが、通称「36協定(サブロクキョウテイ)」です。
なぜ「36」という数字なのか。
その理由は、労働基準法の「第36条」に、この原則ルール(時間外労働の禁止)を解除するための例外規定が書かれているからです。
36協定とは?違法を「適法」に変える法的な手続き
法定労働時間を超える残業や、法定休日(週1日の休み)の労働をさせるためには、会社は労働者の代表と「36協定」を締結し、それを労働基準監督署に届け出なければなりません。
この手続きを踏んで初めて、会社は「本来は認められていない時間外労働」を、例外的にさせることができるようになります。
チェックポイント|あなたの会社は36協定の「ルール」を守っていますか?
36協定は、出せば何でも許される「無敵の書類」ではありません。
1. 36協定がない法定外残業は「違法」
もし会社が36協定を届け出ていない場合、法定労働時間を1分でも超えて残業させることはできません。
「残業代を払っている」ことは、この法律違反を帳消しにする理由にはなりません。
36協定という「例外の許可」がない状態での残業命令は、法的に正当な根拠を欠いていることになります。
2. 協定があっても「上限」は存在する
36協定は「何時間でも残業させていい」という白紙委任状ではありません。
後ほど詳しく解説しますが、法律には「これ以上は絶対に超えてはならない上限」が定められています。協定さえあれば無制限に働かせられる、というわけではないのです。
3. 「周知義務」|ルールは公開されていなければならない
会社には、この36協定を社員がいつでも確認できる状態にしておく「周知義務(労基法106条)」があります。
- 職場の見やすい場所に掲示する
- 書面で配布する
- 社内パソコンなどでいつでも閲覧できるようにする
これらがなされていない場合、会社は義務違反となります。
なぜなら、36協定には「残業をさせてよい具体的な理由」や「時間の限界」が書かれており、それを見せないことは、あなたの防御権を奪うことと同じだからです。
知っておくべき「残業時間のルール」|上限規制の全体像
36協定(サブロクキョウテイ)を届け出れば、会社は無限にあなたを働かせることができるのでしょうか?
答えは、明確に「NO」です。
かつては「特別条項」という約束さえ結べば、青天井で残業させることが可能な時代もありました。
しかし、2019年の働き方改革による法改正(2024年4月からは建設業やドライバー等の猶予業種も含む全業種に適用)により、現在は会社が突破してはならない「上限の壁」が法律で厳格に定められています。
あなたが自分の健康を守るために、必ず覚えておくべき「3つのデッドライン」を解説します。
1. 原則的な残業時間の上限|月45時間・年360時間
36協定を結んでいたとしても、基本的にはこの範囲内に収めなければならないという基準です。
- 1ヶ月‥‥45時間まで
- 1年間‥‥360時間まで
通常の業務量であれば、これを超える残業は認められません。
まずは自分の平均的な残業時間が、この「原則」の中に収まっているかを確認することが防御の第一歩です。
2. 臨時の事情があっても超えられない残業時間の壁|年720時間
「繁忙期でどうしても仕事が終わらない」「予期せぬトラブルが発生した」といった特別な事情がある場合に限り、会社は「特別条項」を発動して上限を延長できます。
しかし、その場合でも「年間の合計残業時間」には法律上の絶対的な上限があります。
- 年間合計‥‥720時間以内
これを超えた瞬間、会社は法律違反となります。
どんなに正当な理由があっても、またどれほど高い割増賃金を払っていたとしても、この「年間720時間」という枠を突破させることはできません。
3. あなたの命を守る残業時間のレッドライン|月100時間・平均80時間
年間の枠だけでなく、さらに厳しい「単発の残業」に対する制限もあります。
これはいわゆる「過労死ライン」を基準に作られた、健康被害を防ぐための最後の砦です。
- 単月で100時間未満
- 休日労働を含めて、1ヶ月に100時間以上働かせることは禁止されています。
- 2〜6ヶ月平均で80時間以内
- 2ヶ月から6ヶ月のどの期間を平均しても、月80時間を超える残業(休日労働含む)が続くことは許されません。
2024年問題を経て、残業時間の上限規制に逃げ道はなくなった
2024年4月から、これまで例外とされていた建設業、運送業(ドライバー)、医師などについても、この上限規制が適用されました。
つまり、「うちは特殊な業種だから、法律の上限なんて関係ない」という言い訳は、今の日本にはもう存在しません。
「数字」は嘘をつかない|残業時間の上限が示す現実
会社から「みんな頑張っているんだから」「責任感を持って終わらせろ」と精神論をぶつけられた時、この具体的な数字を思い出してください。
- 原則‥‥45時間
- 命の危険‥‥80時間(平均)
- 絶対停止‥‥100時間(単月)
これらの数字は、国が「これ以上働いたら人間が壊れる」と判断して引いた線です。
自分の残業時間をこの数字に当てはめてみて、もし超えているのであれば、それはもはや「頑張り」の領域ではなく、法的に是正されるべき「過重労働」なのです。
まとめ|残業時間の知識はあなたの「健康」を守る防波堤
ここまで、36協定の仕組みや残業時間の厳格な上限ルールについて解説してきました。
これらは単なる小難しい法律の知識ではありません。
過酷な労働環境という荒波から、あなたという人間を守り抜くための「防波堤」です。
私たちが絶対に忘れてはならない真実が一つあります。
それは、「未払い残業代はお金で取り返せますが、失った健康や壊れた心は、いくらお金を積んでもすぐには戻らない」ということです。
会社はあなたの労働力を買い取っていますが、あなたの「人生」や「命」まで買い取ったわけではありません。
36協定を知ることは、不当な残業に「NO」と言える武器になる
「これ以上は働けません」 「この残業命令は上限を超えており、不当です」
職場でそう声を上げるのは、勇気がいることかもしれません。
しかし、あなたが36協定の具体的な数字を知り、法律の根拠を持つことは、感情的なわがままを言っているのではなく、正当な権利を主張しているということです。
知識という武器があれば、会社の一方的な押し付けに対して、毅然と「NO」を突きつけることができます。自分を守るための防波堤を、あなた自身の手で築いていきましょう。
次回予告|「課長だから上限なし」という嘘を見破る
過去の未払いを解決し、現在の残業ルールを理解したあなたに、会社は次なる「罠」を仕掛けてくるかもしれません。
それが「役職」という名の呪縛です。
「リーダーになったんだから、もう残業代も上限も関係ないよ」 「課長は管理職なんだから、終わるまでやるのが当たり前だ」
次回は、日本中の職場で繰り返されているこの「名ばかり管理職」の嘘を暴きます。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 会社員歴30年以上、転職5回を経験した氷河期世代の社会保険労務士です。自らが激動の時代を生き抜いたからこそ、机上の空論ではない、働く人の視点に立った情報提供をモットーとしています。あなたの働き方と権利を守るために必要な、労働法や社会保険の知識、そしてキャリア形成に役立つヒントを、あなたの日常に寄り添いながら、分かりやすく解説します。


コメント