本記事は「企業のハラスメント対策バイブル」シリーズの第12話です。
前回は、マタニティ・ハラスメント(マタハラ)対策が、裁判例によって企業に課された回避不可能な厳格な法的義務であることを解説しました。
前回の記事は👉裁判例に学ぶマタハラ防止|配慮の証拠化と実務対応の要点
企業が「不利益回避のあらゆる努力」を尽くさなければ、安全配慮義務違反や使用者責任を問われ、多額の賠償リスクを負います。
このマタハラと構造を同じくし、今、企業の新たな法的リスクとして急浮上しているのが、パタニティ・ハラスメント(パタハラ)です。
男性の育児休業取得率は歴史的な急増を見せ、2024年度には40%超に達しました。
このポジティブな変化の裏で、最新の調査では育児制度を利用しようとした男性の4人に1人が職場でパタハラの被害に遭っているというネガティブな実態が明らかになっています。
企業は、この「制度利用の増加」と「職場文化のギャップ」によって生じる法的リスクに、早急に対処する必要があります。
この記事では、パタハラの定義、企業が負う法的義務、そして最新データが示す被害の深刻度を明確にし、企業が直面するリスクの大きさを理解していただくことを目的とします。
この記事でわかること|マタハラに続く新たなリスクへの防御
- パタニティ・ハラスメント(パタハラ)の定義と法的類型(不利益型・環境型)。
- 最新データが示す男性育休取得率の劇的上昇と、被害率25%という深刻な実態。
- パタハラを規制する法的根拠(育児・介護休業法、均等法)と企業の防止措置義務。
パタニティ・ハラスメント(パタハラ)とは?最新の定義と背景
パタニティ・ハラスメント(Paternity Harassment、パタハラ)とは、男性従業員が、子の養育のために法律に基づいた制度(育児休業、子の看護休暇、時短勤務など)を利用しようとしたり、利用したりしたことに対して、上司や同僚、会社が行う嫌がらせや不利益な取り扱いを指します。
このハラスメントは、単なる個人の感情的な対立ではなく、職場の構造的な問題から発生します。
- 定義
- 男性従業員による育児関連制度の利用に対し、上司や同僚が行う嫌がらせや不利益な取り扱い。
- 発生の背景
- パタハラの根底には、「育児は女性の仕事」という固定的な性別役割分担意識が深く根付いています。
- この古い意識と、法改正や社会的な要請による制度利用の増加との間に生じるギャップが、職場の摩擦や嫌がらせを生み出す主要な構造となっています。
パタハラの法的類型|マタハラと共通する不利益型・環境型の構造
パタハラは、マタニティ・ハラスメント(マタハラ)と同様に二つの類型に分類されますが、これらの行為を規制する仕組みを正しく理解することが、企業のリスク管理上極めて重要です。
1. 不利益型|直接的な人事上の罰則
制度利用を直接的な理由として、労働者の地位や待遇にマイナスとなる人事上の不利益を与える行為です。
- 具体例
- 育児休業の取得を理由とした降格、減給、昇進・昇給の停止。
- 本人の意に反した不当な配置転換や、契約社員に対する契約更新の拒否(雇い止め)など。
- リスクの核心
- 育児・介護休業法 第25条により、企業による不利益な取扱いそのものが禁止されています。
- 企業側が「業務上の必要性」を主張しても、不利益が育児制度の利用と実質的に因果関係があると判断された場合、法令違反が成立します。
2. 環境型|就業環境の侵害と企業の責任
上司や同僚が、制度利用をめぐる言動や行為によって、男性従業員の就業環境を悪化させる行為です。
- 具体例
- 制度利用の申出・取得時に「男のくせに育休を取るなんて、やる気がないのか」「休むならもう大事な仕事は任せられない」といった誹謗中傷や嫌がらせを行うこと。
- または、復職後に、必要な情報共有から外したり、簡単な業務しか与えなかったりといった業務からの隔離(いわゆるマミートラックに似た状態)を作り出すこと。
- リスクの核心
- 企業がハラスメントの事実を把握しながら、適切な防止措置や是正措置を怠った場合、安全配慮義務違反や使用者責任を問われます。
最新データでわかるパタハラの実態と企業リスク|男性育休取得者の25%が被害
パタハラは、もはや潜在的なリスクではなく、男性の育休取得率の急増というポジティブな変化の裏で、被害率の高さというネガティブな実態を伴い、企業の法的リスクとして顕在化しています。
男性育休取得率の急増と政府目標の引き上げ|パタハラリスクとの関連
男性の育児休業取得率は、国の制度改正と社会意識の変化に伴い、過去数年間で歴史的な伸びを見せました。
この実績こそが、政府目標が引き上げられた最大の要因です。
目標値の変遷と急伸の事実
- 当初目標
- 2022年以前は、「2025年度までに30%」とされていました。
- 実績の急伸
- 2022年度に 17.13% だった取得率は、2023年度には 30.1% と急増し、2024年度には 40.5% に到達しました。
- 目標の改定
- この実績の急伸を受けて、政府は目標値を引き上げ、「2025年度までに50%、2030年度までに85%」を新たな政府目標として掲げています。
この劇的な増加は、企業にとって「育休取得は当然の権利」という認識が社内で急速に広がることを意味しますが、同時に、制度利用に伴う摩擦や業務調整の負荷が、職場内でハラスメントという形になって噴出するリスクが高まっていることを示唆しています。
顕在化するパタハラ被害の実態|2024年厚労省調査で明らかに
育休取得率の増加にもかかわらず、職場におけるハラスメントの現実は深刻です。
2024年の厚生労働省調査は、パタハラの被害実態を衝撃的に明らかにしています。
- 衝撃的な被害率
- 育児関連制度の利用を試みた男性の4人に1人(約25%)が職場でパタハラを経験しています。
- 管理職層のリスク
- 制度利用の推進役となるべき管理職に限ると、被害率は 33% に上昇しています。
- これは、管理職自身が制度利用に踏み切った際、上層部や同僚から「管理職の職責放棄」と見なされるなど、より強い圧力を受けている構造を示唆します。
- 被害の反復性
- 被害経験者の7割超が「時々」または「何度も繰り返し」被害を経験しており、単発的な言動ではなく、職場内で恒常的なハラスメントとなっているケースが多いことがわかります。
パタハラ発生の背景と企業リスクの構造|職場文化と制度ギャップ
これらのデータは、企業が負うリスクの構造的な問題を浮き彫りにしています。
- 制度促進と職場文化のギャップ
- 法律や制度による「取得のしやすさ」は向上しましたが、「休む人を受け入れ、業務を調整する」という職場文化や意識、マネジメント能力が追い付いていません。
- 構造的な難題|人手不足による摩擦の増大
- パタハラの背景には、制度とは別に、日本企業が抱える恒常的な人手不足という問題が横たわっています。
- 育休取得によって業務が周囲の従業員に「しわ寄せ」され、不公平感や負担感が生じることで、それが育休取得者への嫌がらせ(環境型ハラスメント)に繋がっています。
- これは、企業が安易に解決できない、構造的な難題です。
- 法的責任の増大
- このギャップの結果、育児・介護休業法が企業に義務付けた「ハラスメント防止措置」が機能していないと判断され、企業の法的責任と賠償リスクを増大させています。
- パタハラは、取得率の増加に比例して、企業に重い防御責任を課しているのです。
パタハラの法的根拠と企業の防止義務|育児・介護休業法と均等法の規制
マタニティ・ハラスメント(マタハラ)は、過去の裁判例や社会的な啓発活動により、そのリスクが企業間でも広く周知されてきました。
しかし、パタニティ・ハラスメント(パタハラ)については、まだ社会的な認識が追いついておらず、企業の対策も手薄になりがちです。
ですが、パタハラ対策はもはや企業の任意の取り組みではなく、複数の法律によって義務付けられたコンプライアンス上の必須事項です。
パタハラ規制の中核|育児・介護休業法が定める不利益取扱い禁止と防止措置義務
育児・介護休業法は、パタハラへの対応において最も重要な根拠法です。
制度を利用する労働者を直接的に保護し、企業に具体的な義務を課します。
① 不利益な取扱いの禁止(育児・介護休業法/第25条)
この条文は、不利益型パタハラを直接的に禁じるものです。
- 禁止の目的
- 労働者が育児休業、時短勤務、子の看護休暇などの制度を利用したこと、または利用を申出たことを理由として、企業が労働者に不利益な取扱いをすることを明確に禁止しています。
- 具体例
- 制度利用を理由とした解雇、降格、減給、不当な配置転換などがこれにあたります。
② ハラスメント防止措置義務(育児・介護休業法/第25条の2)
2020年の法改正により新設された条文で、企業が環境型ハラスメントを防ぐための体制を整えることを義務化しました。
- 義務の内容
- 企業は、育児休業等の申出・取得に関するハラスメントを防止するため、雇用管理上必要な措置を講じなければなりません。
- この義務の重要性
- 企業がこの義務を怠り、ハラスメントが放置された場合、企業は安全配慮義務違反や使用者責任を問われ、多額の賠償リスクを負います。
- この条文は、パタハラ訴訟において企業の防御プロセスが問われる際の主要な根拠となります。
男女雇用機会均等法によるパタハラ防止措置義務|第11条の2が企業に求める対応
均等法は、妊娠・出産を理由とする差別やハラスメントを規制するものですが、子の養育に関する制度利用についても、企業に防止措置を義務付けています。
- 規制の対象
- 同法第11条の2は、女性労働者が子の養育等のための制度を利用することに関する嫌がらせ防止を定めていますが、厚生労働省の指針により、その趣旨は男性労働者の育児制度利用に関するハラスメントにも適用されます。
- 役割
- 育児・介護休業法と相互に補完し、性別に関わらず、妊娠・出産・育児制度の利用に関するハラスメントを企業が包括的に防止する義務を裏付けています。
パタハラ防止における企業の最終義務|不利益取扱い禁止と防止措置の徹底
これらの法令から導かれる企業の義務は、「不利益取扱いをしないこと」と「ハラスメントを絶対に発生させない・放置しない体制を整えること」の二点です。
法律が個々の行為者を直接罰するのではなく、企業に防止措置の履行を義務付けているからこそ、企業は就業規則による懲戒規定の整備と、相談窓口の適切な運用が不可欠となります。
まとめ|パタハラ防止のための企業行動指針と法的リスク回避
今回明らかになったのは、パタハラが、もはや無視できない法的義務の厳格な履行として問われる最重要課題であるという事実です。
- 法的義務
- 育児・介護休業法に基づき、企業は不利益取扱いを禁止し、防止措置を講じなければなりません。
- 実態リスク
- 制度利用者が増え、目標値が引き上げられるほど、ハラスメントの発生件数も増加し、企業が訴えられるリスクが高まっています。
抽象的な法令理解に留まらず、具体的な証拠と手続きによって「不利益回避のあらゆる努力」を尽くすことこそが、企業のリスクマネジメントの核となります。
次回予告|パタハラ裁判例と実務防御策の詳解
次回は、このパタハラの深刻な実態を踏まえ、具体的な裁判例を深く分析します。
企業が法廷で問われる「不利益回避の努力」の真のレベルと、法的に配慮を尽くしたと認められるために、今日から取るべき実務的な防御策(記録と手続き)を詳解します。
具体的な「面談記録の作り方」や「業務調整のプロセス」に焦点を当て、企業の取るべき最適解を提示します。
お楽しみに。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わるさまざまな課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を、はじめての方にもわかりやすく、やさしくお伝えします。

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