本記事は「企業のハラスメント対策バイブル」シリーズの第9話です。
前回は職場のセクシュアルハラスメントについて、法的義務と判例が示すリスクを解説しました。
今回は、そのハラスメント問題が「採用の入り口」、すなわち就職活動の現場でいかに深刻化しているかに焦点を移します。
厚生労働省の最新調査では、就活生の約3割がセクハラ被害に遭っているという衝撃的な実態が明らかになっています。
この被害は性別を問わず発生しており、学生の尊厳を脅かしています。
この看過できない状況を受け、国は動きました。
2026年4月1日の法改正により、企業は「労働契約のない求職者」に対しても、セクハラ防止措置を講じることが義務化されます。
本記事は、企業担当者向けに、この就活セクハラの具体的な実態をデータで示し、法的義務を果たすために今すぐ取り組むべき新たな責任と、企業価値毀損を防ぐための具体的な対策を解説します。
この記事でわかること(企業担当者向け)
- 就活セクハラの実態|厚労省調査で明らかになった、就活生の約3割が被害に遭っている深刻な現状
- 法改正の概要|2026年4月より、求職者へのセクハラ防止措置が企業に法的に義務化されること
- 企業の法的義務|相談窓口の整備、ルール策定・周知、迅速な対応という新たな責任
- 企業リスクの拡大|セクハラが企業の評判と優秀な人材確保に与える致命的な影響
- 今すぐ取るべき対策|社員教育、防止規定の明確化、専用相談窓口の設置という3つの柱
就活セクハラとは?厚労省データが示す深刻な実態
就活セクハラは、もはや一部の特殊なケースではありません。
その現状は、厚生労働省が令和5年度に実施し、2024年4月に公表した「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」によって、具体的なデータで裏付けられています。
データ出典:厚生労働省 令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書
令和5年度調査で「就活生の約3割が被害」という現実
この調査が示す最も衝撃的な事実は、就活セクハラが性別を問わず深刻であり、就活生の約3人に1人が被害に遭っているという現実です。
- 全体としてインターンシップ中・それ以外の就活中ともに約30%を超える学生がセクハラを経験しています。
- 男女別の被害割合もほぼ同等であり、男性だから安全ということはありません。
- このデータは、セクハラが性別に関係なく、企業と求職者の間の権力の不均衡から生じる問題であることを明確に示しています。
企業の対策不足がリスクを増大
この深刻な実態があるにもかかわらず、調査では約半数の企業が就活セクハラ対策を十分に行っていないという危機的な現状が浮き彫りになりました。
この対応の遅れは、2026年4月の法改正後には即座にコンプライアンス違反となります。
就活セクハラの多様なハラスメント行為と学生の心身への深刻な影響
被害の内容は多岐にわたり、従来のセクハラのイメージを超えた権力濫用的な行為が含まれます。
- 行為の具体例には、「性的な冗談やからかい」「不必要な身体接触」に加え、採用の見返りとして不適切な関係を迫るといった悪質なものや、面接での結婚・出産予定などのプライベートな質問、さらにはオンライン面接で全身を見せるよう指示するといった不適切な指示も含まれます。
- 被害の結果、学生の多くが就職活動への意欲減退や精神的なストレスを感じています。
- さらに、約3割が不眠を、約2割が通院や服薬を経験し、7%前後が入院に至るなど、心身の健康にまで深刻なダメージを与えています。
就活セクハラの加害者は誰か? インターン担当者以外にも及ぶ企業側の管理責任
加害者として最も多いのは、インターンシップを担当する自社の従業員であり、約40%を占めます。
このデータは、企業が直接的な教育と管理責任を負うべき従業員が、最大の加害者となっていることを示しています。
では、残り約60%の行為者は誰でしょうか。
厚生労働省の調査によると、ハラスメントは採用活動のさまざまな接点で発生しており、インターンシップの担当者以外にも、企業の採用活動に関わる幅広い人物が加害者となり得ます。
主な行為者の内訳は以下の通りです。
- OB・OG訪問の担当者
- インターンシップ以外の就職活動中のセクハラでは、大学のOB・OG訪問を通して知り合った企業の従業員が最も多いという結果が出ており、その割合は40%近くに達します。
- これは、非公式な場での力関係がハラスメントを生みやすいことを示しています。
- その他の企業の従業員
- 採用面接を担当する正規の面接官、リクルーター、さらには企業の役員など、採用選考のプロセスに関わる従業員です。
- インターンシップ先で知り合った他の社員
- インターンシップの担当者ではないものの、職場で学生と関わった他の社員も行為者となるケースがあります。
この内訳からも分かる通り、就活セクハラは特定の担当者だけの問題ではなく、企業の採用活動全体に潜む構造的なリスクであり、2026年4月1日施行予定の法改正が、これらのすべての行為を防ぐための措置を企業に義務付けている理由がここにあります。
実際に起きた就活セクハラ事件の事例と、その問題点
以下に、具体的な就活セクハラ事件の詳細を補足した解説をまとめます。
大林組のOB訪問セクハラ事件(2019年)
- 大林組の社員(当時27歳)がOB訪問アプリ「Visits OB」を通じて女子大生と接触。
- 喫茶店で面談後、会社の事務所と偽って自宅マンションに女子大生を連れ込み、わいせつ行為を行った疑いで強制わいせつ容疑で逮捕されました。
- 事件後、OB訪問の安全対策が企業で強化され、訪問場所の制限や訪問予定の社内申請義務付けが実施されています。
住友商事元社員の性的暴行事件(2019年)
- 住友商事元社員(当時24歳)がOB訪問を受けた女子大生を居酒屋やカラオケ店に連れ出し、多量の飲酒を強要して泥酔状態に。
- 宿泊先のホテルに侵入し、準強制性交や準強制わいせつの疑いで逮捕されました。
- これを契機に飲酒を伴うOB訪問の自粛や、訪問時間・場所の制限などが社内規則で定められました。
NEC社員による性的暴行事件(2025年)
- NECの29歳社員がインターンシップ参加中の女子大生に飲酒を促して自宅に連れ込み、同意なく性的暴行を加え逮捕。
- NECは当該社員を懲戒解雇処分とし、再発防止策の強化が図られています。
- 事件は就活セクハラの深刻さを社会に示し、法整備の後押しの一因となりました。
これらは社会的に大きな注目を浴びた代表的な事件であり、就活生の安全確保と企業の責任強化のための法改正や企業の規則整備が進むきっかけとなりました。
特にOB訪問を悪用したケースが多く、企業による訪問ルールの厳格化が必要性が強調されています。
2026年法改正で義務化される“就活セクハラ防止措置”の全内容
就活セクハラの看過できない実態を受け、国は法的枠組みを抜本的に強化しました。
2025年6月に成立した法改正が、2026年4月1日に施行される予定です。
この改正の画期的な点は、労働契約がない「求職者」(就活生)に対して、企業にハラスメント防止措置を義務付けることです。
- 義務化の根拠法
- 男女雇用機会均等法(改正)
- 就職活動中におけるセクシュアルハラスメント防止措置の義務化を明確に規定しました。
- 労働施策総合推進法(改正)
- 求職者に対するセクハラ防止措置を企業に義務付ける内容が盛り込まれ、両法律が連携して法的枠組みを強化しています。
- 男女雇用機会均等法(改正)
- 企業に義務付けられる主な措置
- 相談体制の整備
- 就活生からのセクハラ相談に対応できる窓口や体制を設けること。
- ルール策定と周知
- 採用面談時などにおけるハラスメント防止のためのルールを策定し、求職者を含む関係者に周知すること。
- 迅速な対応
- ハラスメントが発生した場合に、事実確認と被害者・加害者への適切な対応を迅速に行うこと。
- 相談体制の整備
2026年法改正で変わる就活セクハラ対策の意義と企業の責任
この法改正は、就活セクハラ問題を「加害者と被害者だけの個人間の問題」という矮小な認識から、「企業の社会的責任」が問われる構造的な問題へと明確に位置づけ直すものです。
- セクハラ行為自体は、個人の倫理観に起因する側面もありますが、企業には採用選考という権力構造を利用させないための管理責任があります。
- 法改正は、この責任を明確に果たし、企業全体で意識改革と対策強化を推進する強力な契機となります。
就活セクハラ対策で実現する採用活動の質向上と法令遵守
法的義務を果たすことは、単なる罰則回避ではありません。
求職者に対するセクハラ防止措置の徹底は、企業のコンプライアンス遵守を社外に示す最も重要な指標となります。
公正な採用選考の担保は、採用活動の質的向上に直結し、信頼できる企業としての基盤を強固にします。
企業レピュテーション向上と採用力強化の重要性
セクハラ被害が発生した場合、その情報は瞬時に広がり、企業のレピュテーションに致命的な打撃を与えます。
逆に、就活生を保護し、安心して活動できる環境を提供する企業姿勢は、企業イメージを大きく向上させます。
これは、優秀な人材が安心して門を叩ける企業、つまり選ばれる企業となるための必須条件です。
企業が直ちに行うべき就活セクハラ防止の「3つの柱」
先ほど触れました通り、2026年4月1日の法改正により求職者へのセクハラ防止は企業の義務となります。
企業価値とコンプライアンスを守るため、以下の3つの柱に基づき、具体的な措置を直ちに実行してください。
1. 採用担当者を含む全社員への研修・教育の徹底
就活セクハラが「どこで、何が、なぜ問題になるのか」という認識を全社員で共有し、行動変容を促すことが防止の第一歩です。
特に注意すべき具体的なハラスメント事例(何を禁止するか)
以下の具体的な言動は、すべてセクハラに該当し、企業の管理責任が問われます。
研修ではこれらの具体例を必ず取り上げてください。
| 分類 | 具体的なハラスメント行為の例 |
| 私的な質問 | 「結婚や出産の予定は?」「彼氏/彼女はいるか?」など、採用選考の判断に無関係なプライベートな質問をすること。 |
| 容姿・身体関連 | 「スタイルが良いね」「今日の服装はセクシーだ」など、容姿や身体的特徴に関するコメントをすること。 |
| 性的な言動 | 性的な冗談、からかい、過去の交際歴に関する話題を振ること。 |
| 不必要な接触 | 握手や挨拶以外の不必要な身体接触(肩や背中に触れるなど)をすること。 |
| オンラインでの指示 | Web面接やWeb会議などで、「全身を見せて」「部屋着を見せて」など、服装や環境に関する不適切な指示をすること。 |
| 関係の強要 | 採用や内定をほのめかし、食事やデート、飲酒などを強要すること。 |
ハラスメントが起きやすい発生場面(どこで注意すべきか)
権力勾配が生じやすく、ハラスメントが潜在化しやすい場面を特定し、厳重な監督体制を敷く必要があります。
| 発生場面 | リスク要因と教育のポイント |
| 採用面接 | 【対面・オンライン共通】 採用の可否という最大の権力を利用した不適切な質問や圧力。 マニュアル厳守を教育する。 |
| OB・OG訪問 | 【非公式の場】 公的な選考ではないため監督が及びにくく、夜間の飲食店などでの飲酒や食事の強要が発生しやすい。 |
| インターンシップ | 【指導時・職場内】 職場での指導という名目で不必要な接触や私的な話題に及ぶリスク。 担当者への明確な線引きの教育が必要。 |
| 内定者懇親会 | 【飲酒の場】 企業側が優位な立場で飲酒を強要したり、非公式なノリでハラスメントが発生しやすい。 |
| SNS・DM | 採用担当者やリクルーターが個人的なアカウントから求職者へ私的なメッセージを送るなど、公私の区別が曖昧になりやすい。 |
2. セクハラを予防するルールの作成と運用(防止規定の整備)
曖昧な基準を排し、採用活動全体で「何を禁止するか」を明文化したルールを整備し、違反者への対処を規定します。
- 就業規則への明文化
- 就業規則や服務規律に、求職者へのセクハラ禁止条項を追加し、違反した場合の懲戒の対象となることを明確に定めます。
- OB・OG訪問の監督強化
- 非公式な場も企業の責任範囲であることを明確にし、協力社員に誓約書を取るなどの措置を講じます。
- OB・OG訪問は、カフェなど公の場で行い、深夜の接触や飲酒を伴う場での接触を原則禁止とするルールを徹底します。
面接・採用ガイドラインの具体例(セクハラ防止のためのルール)
面接官が遵守すべき具体的な行動規範をマニュアル化し、ハラスメントリスクを徹底的に排除します。
| 分類 | セクハラ防止のためのルールと行動規範 |
| 質問内容の規制 | 採用選考の判断基準に直接関係のない私的な質問(結婚、交際、性的指向など)を厳に禁止する。 |
| 場所・時間 | 面接は必ず企業の指定した会議室などで行い、面接時間外の長時間の拘束を避ける。 |
| 記録・立会い | 面接官は複数名で実施することを原則とする。 やむを得ず1対1で実施する場合は、必ず録音・録画し、記録を保管する。 |
| 評価・コメント | 評価シートには、容姿や服装に関するコメントを記載することを禁止する。 |
| 権力性の排除 | 選考結果をほのめかす言動や、内定を人質にしたような不適切な依頼・要求を一切行わない。 |
3. 就活生がアクセスしやすい相談窓口の設置と周知
被害者が「泣き寝入り」せず、安心して相談できる環境を整え、リスクの早期発見と最小化を図ります。
- 専用窓口の設置
- 採用選考プロセスから独立した、求職者専用の相談窓口(人事部門外のコンプライアンス窓口や外部の専門機関など)を必ず設置します。
- 相談窓口の徹底周知
- 窓口の連絡先を、採用ホームページ、会社説明会資料、面接前の口頭説明など、求職者が必ず目にする場所で、繰り返し明確に周知します。
- 選考への不利益排除の保証
- 「相談したことが選考に一切影響しないこと」を明文化し、文書で求職者に保証します。
- また、万一セクハラが認定された場合、被害者側の選考過程が不当に評価されない措置を講じることを約束します。
万一の就活セクハラ|企業が取るべき緊急対応手順
どれだけ予防策を講じても、ハラスメントが完全にゼロになる保証はありません。
万が一、自社の採用活動に関わる場で就活セクハラが発生した場合、企業はリスクを最小限に抑えるため、以下の緊急対応手順を迅速かつ公正に実行しなければなりません。
- 迅速な事実確認と被害者の意向尊重
- 相談を受けたら、直ちに相談窓口とは別の担当者や部署が、公平な立場で事実関係を正確に把握します。
- この際、被害者である求職者のプライバシーと、今後の選考に関する意向を最大限に尊重し、次のステップを決定します。
- 選考への影響排除の保証
- 被害者である求職者が「相談したから不利になる」と不安を感じないよう、その後の選考過程が一切影響を受けないことを保証し、文書で伝達します。
- これは法的義務違反(不利益な取り扱いの禁止)を防ぐために必須です。
- 行為者への厳正な対処
- 事実が確認された場合、就業規則に基づき、行為者に対し迅速かつ厳正な懲戒処分を行います。
- この厳正な対処は、企業のコンプライアンス遵守の姿勢を社内外に示すこととなります。
- 再発防止の徹底
- 事案発生の原因を究明し、特定の部署やプロセスに限定せず、組織全体で再発防止策を講じます。
- 具体的には、全社員を対象とした研修の再実施、該当部署の監督体制の強化、ガイドラインの見直しなど、組織的な措置を講じ、企業として二度と起こさない姿勢を徹底します。
まとめ|採用の公正性が問われる時代へ
就職活動の現場で3割もの学生が被害に遭っているという現状は極めて深刻であり、もはや看過できる状況ではありません。
就活セクハラは、加害者と被害者だけの個人間の問題ではなく、「企業の社会的責任」が問われる構造的なリスクです。
2026年4月1日の法改正は、企業に対し「採用の公正性」を強く問いかける、国からの明確なメッセージです。
企業は、罰則が伴う法的義務を負うことになった今、セクハラ防止体制の整備をコンプライアンスとリスク管理の最優先事項としなければなりません。
企業担当者は、この法改正を「採用活動のあり方を見直す最後のチャンス」と捉え、施行を待つのではなく、上記で示した「教育」「ルール」「相談窓口」の3つの柱を今すぐ断行することが、企業の未来とレピュテーションを守る唯一の方法です。
次回予告|マタハラ対策|働きやすい職場が企業を強くする
さて次回のテーマは、妊娠・出産・育児を理由とするハラスメント、マタハラ(マタニティ・ハラスメント)です。
「妊娠を伝えたら配置転換」「産休・育休明けに降格」—これらは現在、法律で明確に禁止されている行為であり、企業が負うリスクは非常に深刻です。
- 今の職場に潜む、マタハラの深刻な実態。
- 企業が負う、不利益取扱い防止のための明確な義務。
- リスク回避と優秀な人材定着を両立させるための具体的な対策。
次回、「辞めさせない、活躍させる」ための責務と戦略を解説します。ご期待ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わるさまざまな課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を、はじめての方にもわかりやすく、やさしくお伝えします。



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