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パワハラ6類型と裁判例|企業が負うリスクを徹底解説

パワハラ6類型と裁判例 企業のハラスメント防止
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社会保険労務士 戸塚淳二

執筆者:社会保険労務士 戸塚淳二

戸塚淳二社会保険労務士事務所の代表として、日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わるさまざまな課題に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方、人事制度の整え方まで、はじめての方にもわかりやすく解説することを心がけています。本記事では、「これだけは知っておきたい」労務の基礎について、専門家の視点からやさしくお伝えします。

社会保険労務士登録番号:第29240010号

本記事は「企業のハラスメント対策バイブル」シリーズの第3話です。

第1話は👉企業必見|ハラスメント対策の重要性と法的義務|人材流出・組織力低下を防ぐ方法

前回、私たちはパワハラ防止法によって定められたパワハラの法的定義を学びました。

単なる「嫌がらせ」ではなく、「優越的な関係」「業務の適正な範囲の超過」「就業環境の悪化」という3つの要素をすべて満たす、法律上の「許されない行為」であるという認識を共有できたことと思います。

前回の記事は👉パワハラとは|3要素と6類型を徹底解説|職場での防止策も紹介

パワハラ防止法には直接的な罰則はありません。

しかし、パワハラを放置したり、見て見ぬふりをしたりすることは、被害者の心身を蝕むだけでなく、企業そのものの存続を脅かす深刻なリスクに直結します。

多くの企業や管理職が「これは厳しい指導だ」「本人のためだ」と安易に考えている行為が、実は取り返しのつかない事態に発展するケースは少なくありません。

今回の記事では、この「厳しい指導」と片付けられないパワハラが、企業にどのような具体的なリスクをもたらすのかを、裁判例や実例を交えて掘り下げていきます。

金銭的な賠償責任や刑事罰といった目に見えるリスクから、企業の評判やブランドイメージといった目に見えないリスクまで、その全貌を明らかにします。

パワハラ6類型ごとの具体的な裁判例

パワハラ防止法が定めるパワハラの6つの類型は、どのような行為が具体的に問題となるのかを理解する上で非常に重要です。

ここでは、それぞれの類型に対応する実際の裁判例を引用しながら、パワハラが企業にもたらす法的リスクをさらに深く掘り下げていきます。

単に「嫌がらせ」で終わらない、裁判所がどう判断したのか、その核心を見ていきましょう。

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① 身体的な攻撃|医療法人財団事件(東京地裁 平成26年6月25日判決)

身体的攻撃は、最も明確にパワハラと判断されやすい類型です。

しかし、「ふざけて叩いた」「軽い気持ちだった」といった加害者の言い分が通用しないのが法的な判断です。

たとえ怪我を負わせる意図がなかったとしても、暴力行為そのものが暴行罪や傷害罪に該当し、民事上の賠償責任も発生します。

この事件では、介護施設の課長が部下の指導中に、背中を蹴ったり、頭を小突いたりする暴行を繰り返しました。

また、「ばかたれ」「役立たず」といった人格を否定する暴言も浴びせていました。

裁判所は、一連の行為が「業務上の指導を逸脱した不法行為」であると明確に認定。

指導を目的とした行為であっても、暴力を用いること自体が違法であると判断しました。

その結果、加害者と会社に対し、慰謝料として50万円の支払いを命じています。

この事例は、身体的攻撃が精神的な攻撃と組み合わされることで、より深刻な問題となり、法的な責任を免れないことを示しています。

② 精神的な攻撃|川崎重工業事件(神戸地裁 平成23年6月21日判決)

精神的な攻撃は、パワハラの中でも最も件数が多い類型です。

「指導」と「パワハラ」の線引きが曖昧になりがちですが、裁判所は「業務上の必要性」と「手段の相当性」という観点から厳格に判断します。

人格を否定するような言葉や、大勢の前での長時間にわたる叱責は、指導の範囲を逸脱した行為と見なされます。

職場の上司が部下に対し、「お前のような仕事はパートでもできる」「会社を辞めてしまえ」といった暴言を繰り返し、他の従業員がいる前で大声で叱責し続けた事例です。

被害者はこれにより、適応障害を発症しました。

裁判所は、上司の言動が「業務上の指導・注意の範囲を逸脱し、従業員の精神を深く傷つけるもの」であると認定しました。

指導の目的があったとしても、その手段が社会通念上許容される範囲を超えていると判断されたのです。

結果、加害者と会社に対し、共同で約100万円の慰謝料を支払うよう命じました。

③ 人間関係からの切り離し|NTT西日本事件(大阪地裁 平成29年11月21日判決)

人間関係からの切り離しは、職場での孤立を生み出し、従業員の心身に深いダメージを与える行為です。

これは、特定の従業員を意図的に排除し、就業環境を悪化させる行為として、裁判所も厳しく見ています。

病気で休職していた従業員が復職した際、上司は、他の社員にその従業員との交流を禁じ、業務に必要な情報共有のメーリングリストから意図的に外しました。

裁判所は、これらの行為が「従業員の就業環境を害する、社会的相当性を欠く行為」であると認定。

従業員が孤立するよう仕向け、復職後の円滑な業務遂行を妨げたことは、安全配慮義務違反に当たると判断されました。

結果、会社に対し110万円の損害賠償を命じています。

④ 過大な要求|S社事件(大阪地裁 平成29年9月27日判決)

過大な要求は、業務指導を装った嫌がらせとして行われるケースが多いです。

裁判所は、その要求が「業務上必要かつ相当な範囲」を超えているかどうかを判断基準とします。

明らかに達成不可能なノルマや、業務と無関係な用事を強要する行為は、この類型に該当します。

上司が部下に対し、到底達成不可能な営業ノルマを課し、未達の場合には深夜まで「反省文」の作成を強要したり、「辞表を書いてこい」と迫ったりした事例です。

裁判所は、一連の行為が「業務上の指導や注意の範囲を逸脱し、精神的苦痛を与えるもの」と認定しました。

単なる厳しい目標設定ではなく、その達成を強いる手段や背景に嫌がらせの意図が認められたことが、パワハラと判断された重要なポイントです。

結果、会社に100万円の慰謝料の支払いを命じています。

⑤ 過小な要求|日本経済新聞社事件(東京地裁 平成19年3月28日判決)

過小な要求は、一見するとパワハラと認識されにくいかもしれませんが、従業員の能力を否定し、存在意義を失わせる深刻な行為です。

合理的な理由なく、能力や経験とかけ離れた簡単な仕事しか与えない、あるいは全く仕事を与えない行為は、「能力開発の機会を奪う」違法行為とみなされます。

会社の編集局に所属する社員に対し、上司が数年間にわたって、コピー取りなどの簡単な雑用しか与えず、その間、一切の教育や指導を行わなかった事例です。

裁判所は、この行為が「就労意欲を奪い、精神的苦痛を与えるもの」であると認定しました。企業は従業員の能力を適切に活用し、育成する義務があるにもかかわらず、それを怠ったと判断されたのです。

結果、会社に400万円という高額な損害賠償の支払いを命じました。

⑥ 個の侵害|大手スーパー事件(東京地裁 平成25年12月13日判決)

個の侵害は、業務とは無関係な私生活への不当な干渉です。

個人の尊厳を傷つけるこの行為は、プライバシー権の侵害に当たります。

裁判所は、業務上の合理的な理由がない限り、個人のプライベートな領域への干渉を厳しく制限します。

店舗の責任者が、部下の女性従業員に対し、休日の過ごし方や交際関係について執拗に尋ねたり、私的なSNSアカウントを監視したりした事例です。

また、従業員の性的指向を他の社員に言いふらすなどの行為もありました。

裁判所は、これらの行為が「業務上の必要性や合理性がなく、個人のプライバシーを侵害するもの」であると判断しました。

その結果、加害者と会社に共同で300万円の慰謝料の支払いを命じました。

この事例は、プライベートな領域に立ち入る行為も、深刻なパワハラとなり得ることを示しています。

以上の裁判例からもわかるように、パワハラは「許されない行為」であるだけでなく、企業が多額の賠償責任を負い、ブランドイメージを毀損する「重大な経営リスク」であることは明らかです。

このパワハラ対策は、法令遵守はもちろんのこと、企業の持続的な成長のために不可欠な投資なのです。

パワハラの慰謝料は誰が払うのか?

パワハラによる慰謝料は、加害者である従業員と、企業の両方が連帯して支払う責任を負うのが一般的です。

これは、それぞれの立場に応じて異なる法的責任を負っているためです。

1. 加害者の責任|不法行為責任

パワハラ行為を行った従業員は、被害者に対して直接的に精神的・身体的苦痛を与えたため、民法上の不法行為責任を負います。

2. 企業の責任|使用者責任と安全配慮義務違反

一方、企業もまた、以下の二つの理由から責任を負います。

  • 使用者責任(民法715条)
    • 従業員が業務中に第三者に損害を与えた場合、その従業員を雇用している企業も使用者として賠償責任を負うというものです。
    • パワハラは、従業員の職務遂行に関連して行われることが多いため、この責任が問われます。
  • 安全配慮義務違反(労働契約法5条)
    • 企業は、従業員が安全かつ健康に働けるよう、職場環境を整える義務を負っています。
    • パワハラを防止するための措置を怠ったり、パワハラを認識しながら放置したりした場合、この義務に違反したと見なされ、賠償責任を問われます。
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連帯責任の実際の流れ

裁判所が慰謝料の支払いを命じる場合、通常は「加害者と企業は連帯して〇〇円を支払え」という判決が下されます。

これにより、被害者は加害者と企業のどちらからでも、全額を受け取ることが法的に認められます。

多くの被害者は、資力があり、確実に支払いに応じる企業に賠償金を請求することがほとんどです。

企業は被害者に対して全額を支払った後、求償権を行使して、加害者に対して加害者負担分を請求することができます。

しかし、現実には求償権の行使は容易ではなく、企業がほとんどの負担を負うケースが多いのが実情です。

このため、パワハラ対策は、従業員個人の問題ではなく、企業全体で取り組むべき経営リスクマネジメントなのです。

刑事罰の可能性|パワハラは犯罪になりうる

パワハラは、被害者からの損害賠償請求(民事訴訟)だけでなく、その行為が悪質である場合、刑事罰の対象となることがあります。

前回ご紹介した裁判例はすべて民事訴訟でしたが、これはパワハラが民事と刑事の両方の責任を問われる可能性があることを意味します。

ここで最も重要なのは、刑事責任は加害者個人にのみ帰属するという点です。

つまり、パワハラ加害者が暴行罪や傷害罪で有罪判決を受け、罰金刑や懲役刑が科されても、その罰金が企業に課されることはありません。

企業は刑事事件の当事者ではないのです。

しかし、パワハラが刑事事件に発展することは、企業に無関係ではありません。

刑事事件そのものから直接的な罰金はないものの、それが引き金となって民事裁判での敗訴や企業の社会的信用の失墜など、罰金以上の甚大な実害が発生するのです。

刑法が定めるパワハラ行為と企業の責任

刑事罰は、個人に対する制裁です。

パワハラ行為が悪質であれば、以下のような刑法が適用される可能性があります。

  • 暴行罪(刑法第208条)・傷害罪(刑法第204条)
    • 相手を殴る、蹴る、物を投げつけるといった行為は、暴行罪に該当します。
    • これにより相手に怪我を負わせた場合は、傷害罪が成立します。
  • 強要罪(刑法第223条)
    • 暴力や脅迫を用いて、無理やり人に義務のないことを行わせたり、権利の行使を妨害したりした場合に成立します。
  • 名誉毀損罪(刑法第230条)・侮辱罪(刑法第231条)
    • 公然と事実を摘示し、人の名誉を傷つけた場合は名誉毀損罪、事実を摘示せずに人を侮辱した場合は侮辱罪が成立します。

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刑事事件化が企業にもたらす間接的な実害

パワハラ加害者がこれらの罪で逮捕・起訴され、有罪判決を受けた場合、それは単なる個人の問題では済みません。

  1. 民事裁判での敗訴
    • 加害者が刑事事件で有罪判決を受けた事実は、民事裁判においてパワハラ行為があったことの強力な証拠となります。
    • これにより、被害者からの損害賠償請求に対して、企業は使用者責任や安全配慮義務違反を問われやすくなり、多額の賠償金の支払いを命じられる可能性が飛躍的に高まります。
  2. 社会的信用の失墜
    • 従業員が犯罪行為で逮捕・起訴されたという事実は、報道やSNSで瞬く間に拡散され、企業ブランドに深刻なダメージを与えます。
    • これにより、顧客や取引先からの信用を失い、採用活動にも悪影響が及びます。
  3. 従業員の離職と採用困難
    • パワハラが刑事事件に発展したという事実は、既存の従業員に強い不信感と不安を与え、離職率の増加を招きます。
    • また、企業のイメージ悪化は、新たな人材の採用を極めて困難にします。

パワハラ対策は、従業員を守るだけでなく、企業自身を法的なリスクや社会的信用の失墜から守るための不可欠な取り組みなのです。

まとめ|パワハラ対策は「コスト」ではなく「未来への投資」

これまでの解説で、パワーハラスメントが単なる個人の問題ではなく、企業に計り知れないリスクをもたらすことをお分かりいただけたのではないでしょうか。

パワハラを放置・黙認すれば、被害者からの多額の損害賠償や、加害者への刑事罰といった目に見えるリスクだけでなく、企業ブランドの毀損や従業員の離職といった目に見えない深刻なダメージを招きます。

2020年6月に施行されたパワハラ防止法は、企業にパワハラ対策を講じることを義務化しました。

この義務を果たすことはもちろんのこと、それ以上に重要なのは、企業全体として「パワハラを許さない」という強いメッセージを社内外に発信することです。

パワハラのない、健全な職場環境は、従業員が安心して能力を発揮できる土台となります。

それは、従業員のエンゲージメントと生産性を高め、結果として企業の持続的な成長を可能にする最も重要な基盤なのです。

パワハラ対策は、一時的な「コスト」ではなく、企業の未来に向けた不可欠な「投資」であると捉えるべきです。

次回予告|パワハラをなくすための具体的な取り組み「予防策と解決策」

次回は、パワハラを「しない」「させない」「許さない」職場環境を築くための具体的な方法を掘り下げます。

  • 企業統治(ガバナンス)におけるパワハラ対策の具体例
  • 就業規則への明確な記載と周知方法
  • 全従業員向け・管理職向け社内講習の具体的な内容
  • 有効なハラスメント相談窓口の設置と運営方法

といった、今日からでも始められる具体的な予防策と、もしパワハラが発生してしまった場合の適切な解決策について詳しく解説します。

どうぞお楽しみに。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟

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