
執筆者:社会保険労務士 戸塚淳二
会社員歴30年以上、転職5回以上を経験しております。氷河期世代として激動の時代を生き抜いてきた社会保険労務士、戸塚淳二です。私自身が様々な働き方を経験してきたからこそ、机上の空論ではない、「働く人の視点」に立った労働法や社会保険法の役立つ情報をお届けします。あなたの日常に寄り添い、働き方と権利を守るためのヒントを分かりやすく解説していきます。
社会保険労務士登録番号:第29240010号
前回は、私たちが有給休暇を申請した際に、会社が時期を変更できる「時季変更権」について解説しました。
前回の記事は👉時季変更権とは?年休申請を会社が拒否できる条件とは【やさしく学ぶ年休シリーズ 第7回】
会社がこの権利を使えるのは、事業の正常な運営を妨げる場合のみです。そして、その濫用は許されない、というお話でしたね。
さて、今回は前回の内容とも関連する、しかし多くの人が直面する、より切実な問題について掘り下げていきます。
それが「退職時の有給休暇」です。
退職時の有休に関する悩み
退職を決意し、いざ会社に伝えるとなると、様々な不安が頭をよぎるものです。
中でも、多くの人が疑問に思うのが、残っている有給休暇の扱いです。
- 「退職が決まったけど、残っている有給休暇をどうすればいいんだろう?」
- 「全部使いきってから辞めてもいいの?」
- 「会社から『買い取るから消化しないでくれ』と言われたけど、これって法律的にOKなの?」
せっかく残っている大切な有給休暇を無駄にしたくない、でも会社に迷惑をかけたくない…。
そんな風に悩んでいる方もいるかもしれません。
この記事では、そんな疑問に一つひとつ答えながら、退職を控えた皆さんが後悔しないように、有給休暇を賢く利用するためのポイントを解説していきます。
退職時の有給休暇の基本的な考え方
大原則 退職日までに残日数すべてを消化できる
まず、最も大切な大原則をお伝えします。
「有給休暇は、労働者の当然の権利であり、退職するからといってその権利が失われることはありません。」
これは労働基準法で保障された、労働者の大切な権利です。
そのため、退職日が決まったら、それまでに残っている有給休暇をすべて取得することは、法律上、まったく問題ありません。
「退職するから、会社に悪いな…」「全部使い切るのは気が引けるな…」と感じる方もいるかもしれませんが、心配はいりません。
あなたの有給休暇は、これまでの労働に対する正当な対価です。
遠慮する必要は一切ないのです。
ここがポイント!
会社は、あなたが申し出た退職日までの期間で有給休暇を消化することを、原則として拒否できません。
退職の意思を伝え、引継ぎ期間などを考慮した上で退職日を設定したら、あとはその日までの間に計画的に有給休暇を消化することができます。
トラブルを避けるための年休消化の進め方
退職時に有給休暇をすべて消化する権利があります。
とは言え、会社との間で不要なトラブルは避けたいものです。
ここでは、円満退社のためにスムーズに有給消化を進める方法を解説します。
1. 早めの相談と引継ぎ計画の重要性
退職を決めたら、まずは直属の上司にその意思を伝えましょう。
その際、残っている有給休暇の日数を把握した上で、退職日までのスケジュールを具体的に相談することが大切です。
たとえば、残りの有給が20日ある場合、「○月○日まで出勤し、そこから有給消化期間に入り、△月△日に退職したい。」といったように、具体的な日程を提示します。
これにより、会社側も引継ぎ計画を立てやすくなります。
そして、あなたも安心して退職準備を進めることができます。
円満退社の鍵は、会社に迷惑をかけないよう、余裕を持った引継ぎ期間を設けることです。
2. 会社の「時季変更権」は使えるのか?
前回の記事で解説した「時季変更権」は、会社が有給休暇の取得時期を変更できる権利でした。
しかし、退職時の有給消化においては、この権利は原則として使えません。
なぜなら、有給休暇は「退職日」を過ぎて取得することは不可能だからです。
退職日までの期間が有給休暇の消化期間としてしか残されていないため、会社が「別の日に変更してくれ」と求めても、事実上、変更する日がありません。
したがって、退職日までの有給消化については、会社側が時季変更権を行使することは困難です。したがって、あなたは予定通りに有給休暇を取得できると考えて良いでしょう。
有給休暇の「買取り」について
「有給休暇が残っているなら、お金で買い取ってくれないかな?」と考える人もいるかもしれません。
しかし、結論から言うと、有給休暇の買取りは原則として法律で禁止されています。
原則 買取りは認められない
労働基準法では、有給休暇は「休むこと」によって心身をリフレッシュすることを目的としています。
もしお金で買取りを認めてしまうと、労働者が休む機会を失ってしまい、本来の目的が達成できなくなるからです。
そのため、もし会社から「有給を買い取るから、消化しないでくれ。」と提案されても、それは原則として労働者の権利を侵害する行為になりかねません。
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例外として買取りが認められるケース
しかし、いくつかの例外的なケースでは、買取りが容認されています。
これらは、有給休暇の本来の目的を妨げない範囲で認められるものです。
- 退職時
- 退職日までに有給休暇をすべて消化できなかった場合、その残日数分を会社が自主的に買い取ること。
- 法定の付与日数を超える部分
- 法律で定められた年間の付与日数(例えば、勤続6年半以上で年間20日)を超える部分を買い取ること。
- 時効消滅分
- 時効によって消滅してしまう有給休暇を、失効前に買い取ること。
ただし、これらの買取りはあくまで会社の任意によるものです。
労働者側から「有給を買い取ってほしい」と要求する権利は法的にはありませんので、注意が必要です。
有給消化のための「退職日変更」という選択肢
未消化の有給休暇があるまま退職日を迎えてしまうという状況は、避けたいものです。しかし、もしそうなってしまったとしても、解決策はあります。
退職日を後ろにずらすという有効な方法
例えば、10日間の有給休暇が未消化で、1月1日が退職日だったとします。
この場合、10日分の有給休暇を消化するために、会社と相談して退職日を1月11日に変更するという方法があります。
これにより、1月2日から1月11日までの期間をすべて有給休暇として取得し、権利を無駄にすることなく退職できます。これは労働者、会社双方にとってメリットのある、現実的な解決策です。
ただし、この方法を実践する上で最も重要なのは、必ず会社の合意を得ることです。
退職日は労使双方の合意によって成立するものですから、勝手に変更することはできません。
有給休暇は自分で守るもの
ここまで見てきたように、退職時の有給休暇には多くの選択肢や注意点があります。
そして、それらを適切に判断し、行動するためには、あなた自身が自分の有給休暇について正確に把握しておくことが何よりも重要です。
会社側が有給日数を勘違いしていたり、引継ぎが間に合わなかったりするなどの理由で、有給消化がスムーズに進まないケースは少なくありません。
そうした不測の事態を防ぐためにも、普段から自分の有給休暇日数を意識し、退職を決めた際には、念のため会社の担当部署にも確認して、正確な残日数を把握しておきましょう。
そうすることで、退職の意思を伝える際に、有給消化期間を含めた退職日を具体的に提案でき、円満退社へと繋がります。
自分の大切な権利である有給休暇を最後まで有効に活用するためにも、事前の確認と計画を怠らないようにしましょう。
まとめ 退職時に後悔しないために
ここまで、退職時の有給休暇について解説してきました。
最後に、後悔なく有給休暇を使い切るためのポイントをチェックリストにまとめます。
退職時の有給休暇チェックリスト
- 有給休暇の残日数を把握する
- 退職を決めたら、まずご自身で日数を数え、念のため会社の担当部署にも確認して、正確な残日数を知っておきましょう。
- 会社側の勘違いや認識のズレを防ぐためにも、これは最も大切なステップです。
- 早めに上司とスケジュールを相談する
- 引継ぎに必要な期間を考慮し、退職希望日だけでなく、有給消化期間を含めたスケジュールを具体的に上司に伝えましょう。
- これが円満退社の鍵となります。
- 退職日までの期間で消化するのが大原則
- 有給休暇は、退職日までの期間に取得するのが基本です。
- もし消化しきれない場合は、退職日を後ろ倒しにする交渉も有効な手段です。
- 「有給の買取り」は原則NGと理解しておく
- 有給休暇の買取りは法律で禁止されているのが原則です。
- 退職時など、例外的に認められるケースもありますが、会社の善意によるものだと理解し、買取りを前提としないようにしましょう。
読者の皆さんへ
有給休暇は、あなたがこれまで頑張って働いてきた証であり、心身を休めるための大切な権利です。
退職するからといって、この権利を放棄する必要はまったくありません。
次のステップへと進むためにも、最後までしっかりと有給休暇を活用し、心も体もリフレッシュした状態で新しいスタートを切ってください。
次回予告
さて、今回は退職時の有給休暇について解説しました。しかし、有給休暇にまつわる疑問は、まだまだ尽きません。
次回の記事では、いよいよシリーズ最終回として、有給休暇の時効に焦点を当てていきます。
「有給休暇は2年で消えてしまうって本当?」「時効で消滅するのを防ぐ方法はないの?」といった、多くの人が抱える疑問にお答えします。
次回の記事は👉有給休暇の時効は2年?消滅の仕組みと対策【やさしく学ぶ年休シリーズ 第9回】
せっかくもらった大切な有給休暇を、時効で失効させないための具体的な対策をお伝えしますので、どうぞお楽しみに!
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