本記事は「退職金・企業年金制度」シリーズの第2話です。
前回の記事では、退職金制度が単なる福利厚生ではなく、優秀な人材を惹きつけ、定着させる「最強の経営戦略」であることをお伝えしました。
前回の記事は👉退職金制度は中小企業の最強戦略|採用・定着・節税を同時に実現
「よし、うちも退職金制度を導入しよう。」
そう決意した経営者の前に、次に立ちはだかるのは「選択肢の迷路」です。
「中退共が一番無難だと聞いたが、本当にそれでいいのか?」
「最近は企業型DCが流行っているらしいが、手続きが面倒ではないか?」
「銀行からはこの制度を勧められたが、保険会社は違うことを言っている……。」
色々ありすぎて、結局何が自社にとっての正解なのかわからない。
どれを選べば「損」をせず、社員も会社も幸せになれるのか。
この「判断基準の不在」こそが、多くの経営者を足止めさせている正体です。
この記事で分かること
- 退職金制度を「社内で貯めるか・外へ出すか」という場所によるリスクの違い
- 「受取額を約束するか・掛金を約束するか」という将来の財務負担の分かれ目
- 中小企業の標準装備である「中退共」が持つ、管理コストの低さと手離れの良さ
- 企業型DCが「将来の追加負担ゼロ」という点で、今なぜ経営者に選ばれているのか
- 多くの企業が「自力払い」から外部制度へ移行している、リアルな導入データと背景
なぜ退職金制度は「選択肢の迷路」で迷ってしまうのか
退職金制度を調べ始めると、すぐに「節税メリット」や「利回り」といった細かいスペックの話になりがちです。
しかし、そこから入り口を探そうとすると、ますます迷路は深くなります。
なぜなら、どの制度にも「良い面」があり、同時に必ず「会社が負うべきリスク」がセットになっているからです。
大事なのは、カタログを見比べることではありません。
「会社として、どの程度のリスク(責任)を背負う覚悟があるか」という一点で、選択肢を整理することです。
本記事を読めば、乱立する選択肢の中から、自社が選ぶべき「箱」をわずか3つのルートに絞り込むことができます。
「社員に将来の受取額を100%保証してあげたいのか」 それとも 「会社が支払うコストを毎月固定し、将来の不安をゼロにしたいのか」
この経営判断の「軸」さえ決まれば、あなたが進むべき道は自然と一本に繋がります。
それでは、それぞれの制度が持つ「リスクとリターンの正体」を解き明かしていきましょう。
退職金制度は「箱」で考える|分け方の2つの軸
乱立する制度を前に「結局どれがいいのか」と悩んだときは、一度カタログを閉じましょう。
経営判断に必要なのは、「2つの軸」で自社のスタンスを決めることです。
第1の軸|退職金制度は「社内」で貯めるか、「外(専門機関)」に出すか
まず決めるべきは、退職金として渡す予定のお金を、自社の手元に置いておくのか、それとも社外に切り離してしまうのか、という「場所」の問題です。
- 社内準備(退職一時金制度)
- 「今は事業資金に回したいから、社員が辞める時にその都度キャッシュから支払う」という考え方です。
- メリット…手元の資金を自由に使える。
- リスク…数人が同時に辞めた際、一気にキャッシュが枯渇する恐れがある。
- 「今は事業資金に回したいから、社員が辞める時にその都度キャッシュから支払う」という考え方です。
- 外部積立(中退共・DC・DBなど)
- 「毎月コツコツと外部機関に積み立て、会社の資産とは切り離しておく」という考え方です。
- メリット…将来の支払いが平準化され、税制優遇(全額損金など)を受けられる。
- リスク…一度外に出したお金は、会社が自由に引き出すことはできない。
- 「毎月コツコツと外部機関に積み立て、会社の資産とは切り離しておく」という考え方です。
第2の軸|退職金制度で「出口(受取額)」を約束するか、「入口(掛金)」を約束するか
ここが最も重要なポイントです。
「誰が運用のリスクを負い、最終的な金額に責任を持つか」という約束の形を選びます。
- 給付確定型(中退共・DB・自社で準備する退職金)=「出口」を約束する 「辞める時に〇〇万円渡します」と、先にゴールを約束する形です。
- 経営者の視点…運用うまくいかなかったり、インフレが起きたりしても、約束した金額を支払う義務があります(中退共は実質的にこの形に近い運用です)。
- 社員の視点…もらえる額が決まっているため、安心感がある。
- 拠出確定型(企業型DC)=「入口」を約束する 「毎月〇〇円を積み立ててあげます。その後の運用は自分でやってね」と、スタートの金額だけを約束する形です。
- 経営者の視点…毎月の掛金を払った時点で会社の責任は完了。運用がどうなろうと追加負担は発生せず、「将来の支払いリスク」をゼロにできるのが最大の魅力です。
- 社員の視点…自分の運用次第で将来の受取額を増やせる楽しさがある。
判断のヒント|あなたの会社はどちらの退職金制度タイプ?
この2つの軸を掛け合わせると、自社が進むべきルートが見えてきます。
- 「手元の資金効率を優先し、支払いはその都度考えたい」 → 社内準備(一時金) + 生命保険(次話で解説)
- 「とにかく将来の支払い不安をなくし、経営コストを確定させたい」 → 外部積立 + 拠出確定型(企業型DC)
- 「採用力を最大化するため、社員に絶対的な安心感を与えたい」 → 外部積立 + 給付確定型(中退共・DB)
どちらが「正しい」ではなく、「どちらがあなたの経営スタイルに合うか」。それが、迷路を抜け出すための唯一のコンパスなのです。
ここまでの内容をシンプルに整理すると、中小企業が検討する退職金制度は次の3つに集約されます。
| 制度 | 特徴 | 向いている企業 |
|---|---|---|
| 中退共 | 管理が簡単 | 小規模企業 |
| 企業型DC | 将来負担ゼロ | 成長企業 |
| DB | 給付保証 | 安定企業 |
中小企業が検討すべき退職金制度「3つのルート」
2つの軸(場所と約束)を整理したところで、いよいよ具体的な選択肢を見ていきましょう。
中小企業が現実的に検討すべきルートは、次の3つに絞られます。
1.【中退共】迷ったらこれ。中小企業の退職金制度「標準装備」
「中小企業退職金共済(中退共)」は、国がサポートする中小企業のための退職金制度です。
- どんな仕組み?
- 会社が毎月、外部の共済機構に掛金を振り込みます。
- 社員が辞める時は、共済から直接本人の口座へ退職金が支払われます。
- 最大のメリット
- 「手離れの良さ」です。
- 一度加入すれば、会社は毎月の振込をするだけでOK。
- 管理コストが極めて低く、さらに国からの掛金助成(新規加入時など)が受けられるのも大きな魅力です。
- こんな企業向け
- 「まずは世間並みの退職金制度を、手間をかけずに整えたい」という、土台作りを優先する経営者の方に最適です。
2.【企業型DC】将来の不安をゼロにする。中小企業の退職金制度の最適解
近年、導入企業が急増しているのが「企業型確定拠出年金(企業型DC)」です。
- どんな仕組み?
- 会社が毎月決まった額(掛金)を出し、社員自身がそのお金を運用します。
- 将来もらえる額は運用の成果次第です。
- 最大のメリット
- 「将来の追加負担がゼロ」であることです。
- 会社は「毎月の掛金」を出した瞬間に責任が完了します。
- 将来、想定外の持ち出し(自力での補填)が発生しないため、財務の透明性と安定感はナンバーワンです。
- こんな企業向け
- 「会社の財務リスクを最小限に抑えたい」「社員に資産形成の意識を持ってほしい」という、合理的で先見性のある経営者の方に向いています。
3.【確定給付企業年金(DB)】採用力は最強。大手並みの退職金制度
「確定給付企業年金(DB)」は、かつての日本的雇用の王道を行く手厚い制度です。
- どんな仕組み?
- 「辞める時に必ず〇〇万円渡す」という約束を、外部の基金などを通じて守る仕組みです。
- 最大のメリット
- 「圧倒的な採用競争力」です。
- 「わが社は将来、確実にこれだけの退職金を保証します」と言えることは、安定を求める優秀な中堅層にとって何よりの安心材料になります。
- こんな企業向け
- 利益基盤が安定しており、「他社が真似できない福利厚生で、最高の人材を惹きつけ、一生この会社で働いてほしい」と願うオーナー企業にふさわしい選択です。
データで見る現実|他社はどの退職金制度(箱)を選んでいるのか?
「退職金制度が必要なのはわかった。では、世の中の会社は具体的にどの制度(箱)を選んでいるのか?」
そんな疑問にお答えするために、最新の政府統計(令和5~6年 厚生労働省「就労条件総合調査」等)から、企業のリアルな「選び方」の実態を整理しました。
制度別の分布|中小企業の退職金制度は「直接払い」と「中退共」が主役
世の中の企業が採用している退職金の「形」の内訳です。自社の今の状況と照らし合わせてみてください。
| 制度の形態 | 割合(目安) | 主な対象・特徴 |
| 退職一時金(直接払い)のみ | 51.0% | 中小企業に多い。特別な積立をせず「自力」で払う。 |
| 一時金 + 企業年金(DB/DC)併用 | 30.3% | 中堅・大企業に多い。リスクを分散させる賢い選択。 |
| 中退共(共済制度)の利用 | 20〜30% | 従業員100人未満で特に普及。東京都調査では約47%に。 |
| 企業年金のみ(DCのみ等) | 数% | 少数派だが、新規設立企業で選ばれるケースが増加。 |
注目すべき退職金制度の「2つの潮流」
単に制度があるかないかではなく、経営者が「どの箱へ移っているか」という動きに注目してください。
- 「自力払い」から「中退共」へ
- 東京都中小企業調査(令和5年)によると、中小企業が選ぶ退職金の準備形態として、中退共を含む共済系が46.8%と、半数近くに達しています。
- 「いつ退職者が出るかわからないリスク」を、共済という仕組みで平準化するのが中小企業のスタンダードです。
- 「DB」から「企業型DC」へのシフト
- 2025年現在、かつての主流だったDB(給付保証型)から企業型DC(掛金固定型)へ切り替える企業が中小・中堅層で急増しています。
- 年金制度全体の10〜15%が既にDCへ移行しており、将来の不透明な債務(見えない借金)を切り離したいという経営者の強い意向が反映されています。
データの裏にあるメッセージ|退職金制度で他社は「リスクの逃がし先」を探している
統計を見ると、成長している企業の多くが、単なる「直接払い(一時金)」に頼らず、外部の制度を賢く組み合わせています。
これは、「すべてを自力のキャッシュで賄うのはリスクが高すぎる」と経営者が判断しているからです。
社会保険労務士として多くの中小企業を見てきましたが、「中退共+企業型DC」の組み合わせを検討する企業は年々増えています。
- 「中退共」で最低限の土台を作り、
- 「企業型DC」で将来の追加負担リスクを消し去る。
他社の導入データは、単なる数字ではなく、「賢い経営者が選んできたリスクヘッジの歴史」そのものなのです。
まとめ|退職金制度を経営戦略に変える「リスクの切り離し」
退職金制度を整えるということは、単に従業員に報いることだけではありません。
経営の視点で見れば、それは「将来いつか必ずやってくる巨大な支払い義務」に対し、今この瞬間からどう向き合うかを決めるという、極めて戦略的な意思決定です。
最新のデータが示していた通り、成長を続けている企業ほど、自社のキャッシュだけに頼る「自力での準備(一時金)」という不安定な状態から早期に脱却しています。
- 中退共で土台を固める
- 企業型DCで将来のリスクを切り離す
このように、外部の「箱」を賢く組み合わせてリスクをコントロールすることこそが、経営の安定感を生み出します。
「いつ、誰が辞めても、ビクともしない財務体質を作る」 この「自力」という不安定なステージを卒業することこそが、優秀な人材と共に未来へ突き進むための「攻めの経営」への第一歩なのです。
次回予告|退職金規定の「一行」が会社の負担を決める
さて、わが社に最適な「箱(制度)」の方向性は見えてきたでしょうか。
しかし、制度を決めることと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「退職金規定(社内ルール)」の書き方です。
実は、この「一行の書き方」次第で、会社が別途お金を貯める必要があるかどうかが決まります。
「規定の罠」に注意
- 「勤続〇年で1,000万円払う」という規定のまま、中退共に入っていませんか?
- もし中退共から800万円しか出なかったら、差額の200万円は会社の通帳から「自力」で持ち出すことになります。
制度は整えたはずなのに、気づかないうちに会社が追加負担を背負ってしまうケースは決して珍しくありません。
次回は、社労士の実務でよく見かける退職金規定の落とし穴と、その対策について解説します。
退職金制度を「絵に描いた餅」にしないための、実務上のポイントをお伝えします。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わる様々な課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を初めての方にもわかりやすくお伝えします。

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