本記事は「会社員の給料とお金の基本」シリーズの第2話です。
前回の記事では、「給料」「給与」「賃金」といった働く対価をめぐる言葉が、法律や税制の世界で異なる意味を持ち、あなたの権利とお金に直結していることを解説しました。
前回の記事は👉給料・給与・賃金・報酬の違いとは?知らないと損するお金の基本
それらの法律用語を理解した上で、次に会社員として最も具体的に、かつ直接的に知るべきは、「実際にあなたの銀行口座に振り込まれる金額」が、給与明細のどの項目によって決まっているかという点です。
「手取り額は十分あるから、給与の内訳なんて気にしない」
そう考えている会社員の方は多いかもしれません。
しかし、あなたの給与明細に記載されている「基本給」「住宅手当」「役職手当」といった内訳の分け方こそが、額面総額以上に、あなたの毎月の残業代や将来の賞与額に直結する危険信号かもしれません。
なぜ、企業はわざわざ給与を細かく分けて支払うのでしょうか?
まとめて「基本給」としてくれれば分かりやすいはずなのに…。
実は、この曖昧な給与体系には、企業が合法的に人件費を抑制しようとする明確な意図が隠されています。
なぜ企業は給与を細かく分けるのか?2つの理由を解説
なぜ企業は、総額が変わらないにもかかわらず、給与を「基本給」と多数の「手当」に細かく分けるのでしょうか?
今回は、あなたの「額面総額」だけに惑わされないために、企業が給与を細分化する裏側の論理と、自分の権利を守るための給与内訳チェックポイントを解説します。
その背景には、企業側のコストを抑制するための、明確な意図が隠されています。
1. 残業代(時間外労働の割増賃金)のコスト削減
これが、企業が給与を細分化する最も大きな理由の一つであり、あなたのお金に直結するポイントです。
基礎知識の再確認
労働者が受け取る残業代(割増賃金)は、「基礎賃金 × 割増率 × 残業時間」で計算されます。
基礎賃金からの除外ルール
労働基準法(施行規則)では、残業代計算の土台となる「基礎賃金」から、以下の手当を除外することが認められています。
| 算入の可否 | 主な手当の事例 | 法律上の目的・理由 |
| 算入される項目 | 基本給、役職手当、職務手当、資格手当、皆勤手当、調整手当など | 労働の対価として、すべての労働者に一律または仕事内容に応じて支払われるもの |
| 算入されない項目 | 家族手当、通勤手当、住宅手当、別居手当、子女教育手当、臨時に支払われた賃金(結婚祝金など) | 個人的な事情・生活に基づき支給されるもの、または実費弁償・恩恵的なもの |
企業の戦略
企業は、残業代の計算の土台となる「基礎賃金」を低く抑えるため、除外が認められている手当の比率を高くし、基本給の比率を低く設定します。
給与総額(額面)に対する基本給や算入される手当の比率をチェックする。
この比率が低いほど、残業代単価は低くなります。
2. 賞与(ボーナス)の支給額抑制
賞与の計算も、給与の内訳に大きく影響されます。
一般的な算定方法
多くの企業が長年の慣習として、賞与を「基本給の○ヶ月分」という形で計算しています。
企業の戦略
企業は、基本給を意図的に低く設定し、その分を「職務手当」「調整手当」といった名目の手当として支払うことで、賞与計算の土台を小さくしています。
これにより、人件費の変動費である賞与の支払い総額を抑制することができます。
賞与の計算基準を確認する
- 就業規則などで、賞与の計算が「基本給」に基づいているかを確認しましょう。
- 多くの企業が採用する「基本給連動型」の場合、基本給の低さが、賞与額全体を抑える要因になります。
もしあなたの会社の賞与が「基本給連動型」であるなら、基本給の低さが、あなたの年収全体を抑える要因になっている可能性があります。
あなたの給与と権利を守る!必須チェックポイント
企業が給与を細かく分ける裏の理由を知ったところで、次に重要なのは、あなたの給与明細をチェックし、自身の労働条件の「質」を正しく把握することです。
最近の給与体系でよく見られる「固定残業代(みなし残業代)」についても、知っておくべき重要なポイントがあります。
固定残業代は、残業代そのもの(割増賃金)として支払われる性質を持ちます。
そのため、原則として残業代を計算する土台である基礎賃金には含まれません。(※ただし、これは雇用契約書などで基本給と明確に区分されている場合に限られます。)
固定残業代の「明確な区分性」をチェックする
もしあなたの給与に、この「固定残業代」が含まれている場合、その金額が残業代の計算の土台(基礎賃金)に含まれるかどうかは、「基本給と明確に分けて記載されているか」という、たった一つの要件にかかっています。
区分が不明確な場合のリスク
- 表記の例
- 「基本給30万円(固定残業代含む)」のように、基本給と固定残業代の金額や対象時間が曖昧な表記。
- 裁判所の判断
- このように区分が曖昧な給与体系の場合、裁判例でも固定残業代の全額が残業代ではない通常の賃金とみなされ、基礎賃金に含まれると判断されます。
- 企業は、その分を基礎賃金として計算し直し、追加の割増賃金を支払う(未払い賃金)リスクが生じます。
影響範囲の重要性
この「明確な区分性」が守られていない場合、影響は時間外手当(残業代)だけでなく、深夜手当や休日手当といったすべての労働基準法上の割増賃金の算定基礎に及びます。
あなたの給与明細や雇用契約書において、この「区分性の原則」が守られているかをチェックすることが、未払い賃金や適正な権利を判断する上で極めて重要です。
額面総額より「基本給と基礎賃金」の比率が重要
今回の記事で解説した通り、企業が給与を細かく分ける裏には、「残業代のコスト削減」と「賞与の支給額抑制」という明確な意図があります。
残業代の計算の土台となる「基礎賃金」には、 役職手当 のように労働の対価として支払われる手当は含まれますが、 住宅手当 のように個人的事情に基づく手当は含まれません。
このため、あなたの給与構成が、残業代の計算に使う「基礎賃金」と、賞与・退職金の計算に使う「基本給」の双方に影響します。
| 項目 | 基本給や基礎賃金の比率が高い場合 | 除外される手当の比率が高い場合 |
| 残業代(基礎賃金) | 基礎賃金が高くなり、残業代単価も高くなる。 | 基礎賃金が低く抑えられ、残業代単価も低くなる。 |
| 賞与・退職金(基本給) | 計算の土台となる基本給が高いため、将来的な支給額が多くなる。 | 計算の土台となる基本給が低いため、将来的な支給額が少なくなる。 |
額面総額(年収)が同じであっても、基本給や基礎賃金に算入される手当の比率が高い給与体系の方が、残業代、賞与、退職金の点で将来的な実利につながりやすいという事実は、決して無視できません。
したがって、給与交渉や転職活動の際には、「額面総額」だけでなく、「内訳(特に基本給と基礎賃金に算入される手当)」を必ず確認し、自分の労働条件の質を正しく評価することが大切です。
給与明細を正しく読み解くことが、あなたの労働条件を守る第一歩です。
次回予告|固定残業代とは?合法なのか?
今回、チェックポイントの中で「固定残業代」の「明確な区分性」が、残業代の計算において極めて重要であることを示唆しました。
次回は、このテーマを掘り下げます。
- 固定残業代(みなし残業代)は、本当に企業にとって合法的な残業代対策なのか?
- 「基本給に含む」という曖昧な表記はなぜ問題なのか?
- 未払い残業代が発生している危険なケースとは?
「固定残業代」の落とし穴を知り、あなたの労働条件の適法性を徹底チェックする方法を解説します。どうぞご期待ください。

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 会社員歴30年以上、転職5回を経験した氷河期世代の社会保険労務士です。自らが激動の時代を生き抜いたからこそ、机上の空論ではない、働く人の視点に立った情報提供をモットーとしています。あなたの働き方と権利を守るために必要な、労働法や社会保険の知識、そしてキャリア形成に役立つヒントを、あなたの日常に寄り添いながら、分かりやすく解説します。

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