本記事は「会社員の給料とお金の基本」シリーズの第3話です。
前回の記事では、給与が「基本給」と「各種手当」に細分化される構造が、企業の残業代や賞与の算定に与える影響を解説しました。
前回の記事は👉残業代が少ない理由は基本給にあった|給与明細の正しい見方
これは、制度を運用する上での合理的な判断が、あなたの将来的な賃金に直結するという事実です。
今回、さらに具体的に知るべきは、あなたの給与に含まれる可能性のある「固定残業代(みなし残業代)」です。
この制度自体は、一定時間分の残業代を固定額で支払うという、企業にとって効率的な賃金管理を可能にする合法的な仕組みです。
しかし、その運用方法によっては、知らず知らずのうちに「未払い賃金」というリスクを生み出している可能性があります。
この記事でわかること
- 固定残業代が「合法」とされるために満たすべき要件
- 給与明細で今すぐ確認すべき4つの決定的チェックポイント
- 問題が見つかったときの「穏便な社内確認メール例」と証拠の残し方
- 労基署と弁護士/社労士のどちらに相談すべきかの使い分け
給与明細から見抜く!固定残業代の不適正運用チェックポイント
「固定残業代」が給与に含まれている場合、その金額と表記の仕方が、制度が適正に運用されているか、そしてあなたの労働条件が法律に適合しているかを判断する鍵となります。
残念ながら、給与規定の解釈や設計のわずかな「曖昧さ」や「不明瞭さ」が、結果的に残業代の計算ミスや、労働基準法上の不適合な状態を引き起こすケースが少なくありません。
特に「基本給に含む」といった曖昧な表記は、制度の透明性を欠き、労働者と企業間のトラブルの原因となりやすいのです。
働く私たちにとって重要なのは、企業側の意図を推測することではなく、制度のルールを正しく理解し、自身の給与がそのルールに沿って適正に支払われているかを客観的にチェックする姿勢です。
本記事では、固定残業代制度が法的に有効とされるための厳格な要件を解説し、あなたの給与明細と雇用契約書が「適正な運用」を満たしているかを確認するための、具体的なチェックポイントをご紹介します。
固定残業代は合法?違法?チェックすべき決定的ポイント
固定残業代制度は、その運用に厳格なルールの遵守が求められます。
企業側がコスト抑制のために「曖昧な運用」をすれば、それは即座に違法性の温床となります。
あなたの給与明細や雇用契約書が、これらの必須要件を満たしているか? 働く人として、自身の権利と給与を守るために、以下の4つのチェックポイントを確認してください。
| チェック項目 | 危険度 | 違法性の核心と確認すべきポイント |
| 明確区分性の有無 | 最大 | 残業代部分が特定できるか? 固定残業代の金額・対象時間が、通常の賃金(基本給)と明確に区別されて明示されているか。 従業員が「何時間分か」を知らない状態は、違法な「曖昧さ」の証拠です。 |
| 超過分の支払い | 高 | 働いた分が報われているか? 固定時間(例|30時間)を超えた残業分について、追加の割増賃金が別途支払われているか。 |
| 最低賃金との比較 | 中 | 生活保障の基準を満たしているか? 固定残業代を除いた基本給部分だけで、最低賃金をクリアしているか。 |
| 設定時間の上限 | 高 | 長時間労働を常態化させていないか? 固定残業代の対象時間が、原則的な上限である月45時間を大幅に超えて設定されていないか。(恒常的な45時間超えは公序良俗違反などで無効となるリスク大) |
これらのチェックポイントを一つずつ見ていきましょう。
1. 最も危険!固定残業代を「基本給に含む」曖昧表記が違法になるリスク
固定残業代制度における最大の落とし穴、「基本給に含む」という曖昧な表記です。
この表記は、制度の必須要件である「明確区分性」を決定的に欠くため、裁判において無効とされるリスクが最も高いパターンです。
なぜ固定残業代を『基本給に含む』曖昧な表記が違法になるのか?
固定残業代は「通常の賃金(基本給)」と「残業の対価(割増賃金)」を明確に分けて記載することで、初めて合法となります。
- 違法となる理由
- あなた(従業員側)が「給与総額のうち、いくらが、何時間分の残業代として支払われているのか」を正確に把握できません。
- この「知らない」状態こそが、企業が労働条件の明示義務を果たしていない証拠となり、制度の透明性が失われるためです。
- 無効時の結末
- 制度が無効と判断されると、支払われた固定残業代の全額が「通常の賃金(基礎賃金)」として扱われ、企業はそれを基に過去数年分の残業代をゼロから計算し直し、多額の未払い賃金を追徴で支払う責任を負います。
2. 未払い残業代が発生する危険なケースとその原因
これは、「固定残業時間を超えた分の割増賃金が、適正に支払われているか」という、あなたの権利に直結する部分です。
企業がコスト削減を優先したり、労働時間の管理を怠ったりすることで、この超過分の支払いが曖昧になり、未払い残業代が発生する最も具体的な落とし穴となります。
あなたの会社で以下の状況が一つでも当てはまる場合、固定残業代の有無にかかわらず、法的に未払い賃金が発生している可能性が極めて高い危険な状態です。
時間外労働の未払いに注意!働いた分が“タダ働き”になっていないか?
固定残業代は、あくまで「あらかじめ定めた時間」(例:月30時間)までの残業代を先払いしているに過ぎません。
- 問題点
- 固定残業時間を超えて働いたにもかかわらず、その超過した時間分の割増賃金が一切支払われていない場合です。
- 違法性の核心
- 労働基準法では、実労働時間に基づき賃金を支払うことが義務付けられています。
- 「固定残業代に含まれているから」という理由で超過分を支払わないのは、明白な法律違反です。
これは、あなたが頑張って働いた時間が「タダ働き」として扱われていることに等しく、未払い残業代の請求が可能な、最も分かりやすいケースです。
固定残業代制度の不備|雇用契約書に明記されていない「見えないルール」は違法のサイン
固定残業代制度は、労働条件の核となる部分であり、その内容が書面で明確に規定されていることが必須です。
- 問題点
- 雇用契約書、労働条件通知書、または就業規則のどこにも、固定残業代の具体的な金額、対象時間、および超過分の支払いルールが明記されていない場合です。
- 違法性の核心
- 労働条件の「明示義務」(労働基準法)に違反しています。
- 書面での合意や明示がない場合、その固定残業代制度は有効と認められず、結果として支払われた残業代部分が無効となり、未払い賃金が発生します。
- 前述した「明確区分性」の違反にも直結します。
ずさんな労働時間管理|会社が「実労働時間」を正しく把握していない危険性
未払い残業代の根拠となるのは、あなたの「実労働時間」です。
- 問題点
- 会社がタイムカードや入退室記録などの客観的な記録を残しておらず、自己申告のみで労働時間を管理していたり、あるいは労働時間の上限を守るために意図的に記録を改ざんしたり(サービス残業を指示したり)している場合です。
- 違法性の核心
- 会社には、労働者の労働時間を適正に把握する義務があります。
- ずさんな管理は、固定残業時間を超えたかどうかの判断を不可能にし、結果的に未払い賃金が発生する原因となります。
3. 最低賃金との比較でわかる給与の妥当性|あなたの生活基盤は守られているか?
固定残業代は、最低賃金をチェックする際の計算に算入できません。
これは、固定残業代が「時間外労働の対価」であり、生活のベースとなる「通常の労働の対価」ではないためです。
大阪府の最低賃金1,177円に違反? 実際にあった違法給与のケース
例えば、あなたの勤務地が大阪府で、最低賃金が時間額 1,177円(令和7年10月16日以降)だとします。
ある社員の給与体系が、基本給|180,000円、固定残業代|40,000円(20時間分)、月給合計 220,000円だと仮定しましょう。
この社員の所定労働時間が月165時間の場合、基本給のみを時給換算すると、約 1,090.9円にしかなりません(180,000円 ÷ 165時間 = 1,090.9円)。
この金額は、大阪府の最低賃金1,177円を下回っています。
このように、企業が月給総額を高く見せかけるために、基本給を意図的に低く設定している場合、それは最低賃金法違反という別の重大な違法状態を生み出しています。
働く人は、給与総額に惑わされず、固定残業代を除いた基本給の額を必ず確認する必要があります。
4. 設定時間の上限を超えていないか? 常態化する長時間労働の危険サイン
固定残業代は、残業時間の上限規制を無視していい理由にはなりません。
原則月45時間とされる上限を恒常的に超える時間を固定残業代として設定することは、労働者の健康を害する長時間労働を前提としており、制度自体が無効と見なされるリスクが高いです。
自分の給与が違法かも? その場合に取るべき具体的な行動と相談先
「会社を辞めたくないけれど、権利は守りたい」と考える働く人向けに、会社との関係維持に配慮しつつ、権利回復を目指すための段階的なアプローチを解説します。
ステップ 1|証拠の確保(給与明細・勤務記録など自己防衛の第一歩)
会社を刺激することなく、まずご自身の手元にある証拠を徹底的に集めます。
- 記録の確保
- 給与明細、雇用契約書、労働条件通知書の写しを保管します。
- また、ご自身の正確な出退勤時刻を日々記録し、証拠能力のある形で残しておきます。
- 就業規則の確認
- 閲覧できる場合は、賃金規定や残業に関する規定の部分を確認し、控えを取ります。
ステップ 2|会社への穏便な情報確認(給与トラブル時の相談と関係維持)
会社を「追及」するのではなく、「自分の労働条件の理解を深める」という名目で、必要な情報を確認します。
- 相談相手を選ぶ
- まずは直属の上司や信頼できる総務担当者に、一対一で相談するのが望ましいです。
- 問い合わせの口実
- 質問の理由は、「給与計算について正しく理解したい」といった、自己学習に寄せてください。
- 穏便な質問例
- 「私の給与明細の『基本給』に固定残業代が含まれていると伺っていますが、何時間分にあたるのか、確認のため教えていただけますでしょうか?」
- 書面での回答を求める
- 口頭ではなく、必ずメールや書面など、証拠として残る形での回答を依頼しましょう。
ステップ 3|社内で解決できないときの最終手段(労基署・外部相談の活用)
上記ステップを踏んでも会社が明確な内訳の提示を拒否した場合や、不適正な運用を認めない場合は、社内での解決は困難と判断し、外部の専門機関へ移行する必要があります。
- 労働基準監督署への相談(無料)
- 固定残業代の明確区分がない、最低賃金を下回っているなど、労働基準法違反の事実がある場合は、管轄の労働基準監督署に相談します。
- 監督署は企業に対して是正勧告や指導を行う権限がありますが、個別の未払い賃金請求の代理交渉は行わない点に注意が必要です。
- 弁護士・社会保険労務士への相談(有料)
- 未払い残業代の具体的な計算、請求交渉、および法的な手続き(労働審判や訴訟)を見据える場合は、専門家に依頼します。
- ご自身が権利を放棄しないためにも、法的な裏付けを得た上で交渉を進めることが、最も確実な解決策となります。
まとめ|給与明細を正しく理解することが、違法トラブルから身を守る最善策
固定残業代制度は、企業にとっての効率的な賃金管理を可能にする一方で、運用を誤れば、あなたの権利と賃金を不当に奪う危険性もはらんでいます。
これまでの解説で、「明確区分性」がない給与体系や「最低賃金」を下回る基本給がいかに危険な状態か、そして「曖めいな表記」が未払い賃金を生む温床であることを理解していただけたはずです。
最後のチェック|未払い残業代を防ぐための給与明細チェックポイント
額面総額が良く見えても、給与体系の内訳に違法性が潜んでいれば、それは不安定な土台の上に立つ労働条件です。
働く人として、自身の権利と給与を守るための「最終防御策」は、外部に助けを求めることの前に、まずご自身の手元にある情報に目を向けることです。
- 額面総額の高さだけに目を奪われず、まずは固定残業代の「明確な内訳」(いくらが何時間分か)が書面で明示されているかをチェックしてください。
- そして、毎月の残業時間を正確に記録し、「超過分の支払い実態」が適正に行われているかを確認してください。
あなたの給与明細は、単なる支払い記録ではありません。
それは、あなたの労働条件の適法性を保証し、万が一の際に不当な扱いに立ち向かうための、最も強力で効果的な防御策となるのです。
制度を正しく理解し、自らチェックするその姿勢こそが、あなた自身の労働環境を守り、安心して働き続けるための鍵となります。
次回予告|計算は合ってる? 1時間あたりの賃金を自分で計算する方法
これまで、固定残業代制度の「適法性」や「未払いのリスク」について解説してきました。
あなたの給与明細に曖昧な点がないかを確認し、未払いの危険なケースを特定するための準備は整いました。
しかし、実際に「超過分の残業代が支払われていない」という疑念を持ったとき、最後に必要になるのは「正確な計算方法」です。
次回は、いざという時にご自身の未払い残業代を試算できるよう、給与計算の基本となる「1時間あたりの賃金(残業代の単価)」を、各種手当や固定残業代の有無にかかわらず、ご自身で正確に割り出す具体的なステップを徹底解説します。
残業代の計算が合っているかどうか、ご自身の目で確かめる力をつけましょう!

- 執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
- 会社員歴30年以上、転職5回を経験した氷河期世代の社会保険労務士です。自らが激動の時代を生き抜いたからこそ、机上の空論ではない、働く人の視点に立った情報提供をモットーとしています。あなたの働き方と権利を守るために必要な、労働法や社会保険の知識、そしてキャリア形成に役立つヒントを、あなたの日常に寄り添いながら、分かりやすく解説します。


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