本記事は「企業のハラスメント対策バイブル」シリーズの第7話です。
前回、ハラスメント対策を組織に根付かせるための5つのステップ(「ルールを定める」「意識を変える」「制度を整備する」「事実を究明する」「再発を防ぐ」)について解説しました。
前回の記事は👉企業必見|ハラスメント対策の5Step|相談窓口・調査・再発防止
これらは、すべてのハラスメントに対応するための基盤となります。
今回は、ハラスメントの中でもセクシュアルハラスメント(セクハラ)に焦点を当てます。
性的な言動によるハラスメントは、被害者の尊厳を深く傷つけ、組織の健全性を根底から揺るがします。
この問題に企業がどう向き合うべきか、その法的根拠と基本知識について、詳しく見ていきましょう。
職場のセクハラとは?法的根拠と企業に求められること
セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、職場における性的な言動によって、労働者の就業環境が害されたり、労働条件に不利益を与えられたりすることです。
これは単なる個人の感情の問題ではなく、法律で明確に禁止された不正行為です。
セクハラ防止の法律の根拠|男女雇用機会均等法
セクハラ防止は、企業の単なる努力目標ではなく、法律によって義務付けられた責務です。
その最も重要な根拠となるのが、男女雇用機会均等法(第11条)です。
実際の条文(男女雇用機会均等法 第11条)
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
条文のポイント(分かりやすく解説)
この法律は、難解な表現をかみ砕くと、企業(事業主)に以下の2つのことを求めています。
- 不利益型のセクハラ防止
- 性的な言動に対し、従業員が拒否したことなどを理由に、解雇や減給、降格といった不利益な扱いをしないようにすること。
- 環境型のセクハラ防止
- 性的な言動によって、従業員が精神的な苦痛を感じ、仕事に集中できない、辞職せざるを得ないといった就業環境の悪化を防ぐこと。
そして、これらの事態を防ぐため、企業は「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」をはじめとする、雇用管理上の必要な措置を講じる義務があることを明確にしています。
具体的には、セクハラに関する方針の明確化、相談窓口の設置、被害者や加害者への適切な対応などです。
企業がこの義務を怠ると、法律違反として指導や勧告を受けたり、企業名が公表される可能性があります。
また、セクハラによって従業員が損害を被った場合、企業は安全配慮義務違反として、被害者から損害賠償を請求されるリスクを負います。
セクハラ行為そのものに罰則はあるのか?
男女雇用機会均等法は、セクハラ行為そのものを直接罰する法律ではありません。
しかし、だからといって行為者が罰せられないわけではありません。
セクハラ行為の内容によっては、別の法律が適用され、懲役や罰金などの罰則が科される可能性があります。
たとえば、性的な暴行やわいせつ行為に及んだ場合は刑法の強制わいせつ罪や強制性交等罪に問われることがあります。
そして、相手を性的な内容で誹謗中傷した場合は同じく刑法の名誉毀損罪や侮辱罪に問われることがあります。
このように、セクハラ行為は、その態様によっては刑事罰の対象となり得ることを理解しておく必要があります。
セクハラの3要件とは?職場で問題となる判断基準
セクハラに該当するかどうかを判断する際には、一般的に以下の3つの要素が考慮されます。
- 性的言動の存在
- これはセクハラの最も分かりやすい要素です。
- 性的な冗談、からかい、下着の色を尋ねるなどの質問、身体への不必要な接触、性的な画像を閲覧させる行為などが含まれます。
- 労働条件や就業環境への影響
- 性的言動によって、被害者が不利益を被った場合にセクハラと認定されます。
- 例えば、性的な誘いを断ったことで昇進・昇給の評価に悪影響が出たり、嫌がらせによって仕事に集中できなくなったりするケースがこれにあたります。
- 優越的関係・強制性の有無
- セクハラは、必ずしも上司から部下へという構図だけではありません。
- 上司・部下という優越的な関係性だけでなく、同僚間や、顧客や取引先といった第三者からの言動も含まれます。
- 重要なのは、相手の意思に反して不快な言動を強いる「強制性」があるかどうかです。
これらの要件は、セクハラの相談を受けた際に、事実関係を公正に判断するための基本となります。
ハラスメント対策は、個人の努力だけでなく、組織全体でハラスメントを予防・解決する仕組みを構築することが不可欠です。
性的マイノリティとセクハラの関連性|LGBTQを尊重する多様性ある職場づくり
近年、職場のハラスメント対策において、性的マイノリティへの配慮が不可欠となっています。
セクハラは、被害者が女性であるという固定観念がありますが、これは誤りです。
性別や性的指向に関わらず、すべての従業員が安心して働ける環境を整備することが、企業の重要な責務です。
セクハラ被害者の多様性|性別・雇用形態・年齢を問わないリスク
セクハラは、被害者の性別を問わず、誰にでも起こりうる問題です。
特に近年では、以下のような多様な被害事例が増加傾向にあります。
- 男性被害者
- 女性の上司や同僚から性的な冗談や身体的接触を受けるケース。
- 同性間ハラスメント
- 同性の上司や同僚から、性的な誘いや身体への不必要な接触を受けるケース。
- 性的マイノリティへのハラスメント
- 性的指向や性自認を理由に、からかわれたり、不快な質問をされたりするケース。
これらの事例は、セクハラが単なる異性間の問題ではなく、権力関係や個人の尊厳に関わる問題であることを示しています。
性的指向・性自認とアウティング|プライバシー侵害としてのセクハラ問題
性的指向(Sexual Orientation)は、どのような性別の人に性愛や恋愛感情を抱くかを示すものです。
性自認(Gender Identity)は、自分自身をどの性別だと認識しているかということを指します。
これらの要素に関連する不適切な言動も、セクハラの一種と見なされます。
特に注意が必要なのが、アウティングです。
アウティングとは、本人の同意なく、性的指向や性自認といった極めて個人的で機微な情報を、第三者に暴露する行為です。
これは、単なる「おしゃべり」ではなく、個人のプライバシーを侵害する重大な人権侵害であり、被害者に深刻な精神的苦痛を与えます。
2020年6月に施行された改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)では、アウティングがパワーハラスメントの一種として明確に位置づけられました。
これにより、企業にはアウティングを防止するための措置を講じることが義務付けられています。
セクハラ対策を進める上で、性的マイノリティへの理解を深め、一人ひとりのプライバシーと尊厳を尊重する職場文化を築くことが、健全な組織づくりの基盤となります。
職場におけるセクハラの4種類と対応策
職場におけるセクハラは、その発生形態によっていくつかの種類に分類されます。
それぞれのタイプを理解し、適切な対策を講じることが、健全な職場環境の維持には不可欠です。
ここでは、セクハラの主な4つの種類と、その特徴、そして企業に求められる対応策について解説します。
1. 優越的地位型セクハラ|上司や権力関係を利用した性的言動
優越的地位型セクハラは、上司や先輩など、業務上の地位や権限を利用して行われるハラスメントです。
被害者は、拒否することで人事評価や昇進、異動などに不利益を受けることを恐れ、声を上げにくい状況に陥りがちです。
- 具体例
- 業務評価や異動をちらつかせて性的な関係を強要する、部下を執拗に個人的な食事や旅行に誘う、性的な言動を断ったことを理由に不当な人事評価を行うなど。
- 企業に求められる対応策
- 就業規則にセクハラに関する懲戒処分を明記し、管理職向けの研修を定期的に実施して、権力を持つ立場にある者の責任と適切な行動を徹底させることが重要です。
2. 同僚型セクハラ|同僚間で起こる不適切な性的言動
同僚型セクハラは、同僚間で起こる不適切な言動です。
優越的地位型と異なり、直接的な業務上の不利益を伴わないこともありますが、被害者の心理的負担は大きく、職場環境を著しく悪化させます。
- 具体例
- 性的ないじりやからかい、性的なプライベートな質問、容姿に関する不適切なコメントなど。
- 企業に求められる対応策
- 相談窓口を明確にし、すべての従業員が安心して相談できる環境を整備することが不可欠です。
- また、日頃からハラスメントを許容しないという企業の姿勢を明確に示し、風通しの良い組織文化を醸成する必要があります。
3. 職場環境型セクハラ|職場文化や雰囲気による性的言動の常態化
職場環境型セクハラは、特定の個人に対する直接的な攻撃ではなく、職場全体の雰囲気や文化によって引き起こされるハラスメントです。
性的な言動が常態化している環境では、不快に感じても「仕方ない」と諦めてしまう被害者も多く、問題が表面化しにくい傾向があります。
- 具体例
- 職場のパソコンでポルノ画像が共有されている、性的な話題が会議で当たり前に話される、性的な内容のポスターや写真が掲示されているなど。
- 企業に求められる対応策
- 定期的な職場環境に関するアンケート調査を実施し、潜在的な問題を早期に発見することが有効です。
- また、すべての従業員に対してハラスメントに関する研修を実施し、どのような言動がセクハラにあたるのかを周知徹底させることが求められます。
4. 第三者型セクハラ|顧客・取引先など外部からの性的言動
第三者型セクハラは、顧客や取引先、派遣社員など、自社の従業員ではない人から受けるハラスメントです。
従業員は、仕事上の関係を壊すことを恐れて、被害を我慢してしまうことがあります。
- 具体例
- 顧客からの不必要な身体接触、取引先からの性的な発言、契約を盾にした性的な誘いなど。
- 企業に求められる対応策
- 企業には、従業員が安全に働けるよう配慮する安全配慮義務があります。
- これには、第三者からのハラスメントに対する措置も含まれます。
- 被害を受けた従業員が迅速に報告できる仕組みを構築し、必要に応じて加害者への警告や関係の見直しなどの対応を講じなければなりません。
事業主・従業員の責任と実践的な対応|セクハラを許さない組織へ
セクハラのない健全な職場を築くには、特定の誰かだけが責任を負うのではなく、組織で働く全員が役割を果たす必要があります。
ここでは、事業主と従業員、それぞれの立場から見たセクハラ対策の責任と、具体的な対応方法を解説します。
事業主の責任|セクハラを未然に防ぎ、迅速に対応する義務
事業主は、従業員が安全に働ける環境を整備する法的義務(労働契約法第5条・男女雇用機会均等法第11条・労働施策総合推進法第30条の2)があります。
これは、セクハラが起きないように事前に防ぐ「防止義務」と、万が一発生した場合に適切に対処する「対応義務」の2つに分けられます。
1. 防止義務
事業主は、セクハラを未然に防ぐために、以下の措置を講じる必要があります。
- 就業規則への明記
- セクハラを明確に禁止する旨を就業規則に記載し、どのような行為がセクハラに当たるのかを具体的に示します。
- 相談窓口の設置と周知
- 従業員が安心して相談できる窓口を設け、その場所や担当者を全従業員に周知します。
- 相談しにくい従業員のために、匿名での相談や社外の専門家と連携することも有効です。
- 相談窓口は男女複数名の担当者を置くのが望ましいです。
- 研修の実施
- 管理職だけでなく、全従業員を対象としたセクハラ研修を定期的に実施し、セクハラに対する意識と知識を高めます。
2. 対応義務
セクハラの報告があった場合、事業主は迅速かつ公正に対応する義務があります。
- 迅速な事実関係の調査
- 報告を受けたらすぐに、被害者、加害者、目撃者などから丁寧にヒアリングを行い、事実関係を正確に把握します。
- 被害者のプライバシー保護に最大限配慮することが重要です。
- 加害者への厳正な処分
- 事実が確認された場合、就業規則に基づき、加害者に対して厳正な処分を行います。
- 被害者への配慮
- 被害者が安心して働けるよう、配置転換や加害者との接触を避ける措置など、被害者の意向を尊重した対応を講じます。
従業員の責任|加害者にならない義務と協力義務
セクハラ対策は、経営層や人事部門だけが取り組むものではありません。
従業員一人ひとりが「セクハラは許さない」という意識を持つことが、何よりも重要です。
1. 加害者にならない義務
当然のことですが、まず自分自身がセクハラ行為を行わないことが最も基本的な責任です。
しかし、それに加えて、自分の言動が他人にどう受け取られるかを想像する想像力を持つことが重要です。
性的な冗談や個人的な質問、身体的接触が、相手を深く傷つけてしまう可能性があることを常に心に留めておく必要があります。
2. 協力義務
自分や同僚がセクハラの被害に遭った際には、それを放置しない「協力義務」もまた、従業員の重要な責任です。
- 相談窓口への報告
- セクハラの被害に遭った場合や、見聞きした場合は、ためらわずに速やかに相談窓口に報告・相談します。
- 協力的な姿勢
- 調査に協力を求められた際には、公正な事実究明のために積極的に協力します。
すべての従業員が自身の言動に責任を持ち、セクハラを容認しない姿勢を示すことで、組織はより安全で、心理的安全性の高い場所へと進化します。
まとめ|セクハラ対策で企業の信頼を高め、安全な職場を築く
これまで、セクハラ対策の法的側面と実践的な対応について解説しました。
セクハラ行為そのものに直接的な刑事罰はありませんが、その行為内容によっては強制わいせつ罪などの別の法律が適用される可能性があります。
また、企業には男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法に基づき、セクハラ防止の法的義務があります。
この義務を怠ると、企業は安全配慮義務違反として損害賠償を請求されるリスクを負います。
セクハラには、優越的地位型、同僚型、職場環境型、第三者型の4つのタイプがあり、その被害者は女性に限りません。
男性や性的マイノリティも被害者になり得ます。
特に、本人の同意なく個人情報を暴露するアウティングは、重大なハラスメントとして認識されています。
セクハラのない職場を築くためには、事業主と従業員の双方が責任を果たす必要があります。
事業主は「防止義務」と「対応義務」を、従業員は「加害者にならない義務」と「協力義務」を果たすことが求められます。
これらの対策は、企業が従業員一人ひとりの尊厳を尊重し、安心して働ける環境を整備するための、最も重要な取り組みの一つです。
次回予告|判例で学ぶセクハラ対応の実務と企業責任
セクハラ対策の重要性は理解できても、具体的な対応に迷うこともあるでしょう。
そこで次回は、セクハラに関する実際の裁判事例を見ていきます。
- 企業がどのような対応を怠ったために責任を問われたのか
- 被害者・加害者、それぞれの行動のポイント
- 再発防止策として何が評価されたのか
判例から得られる具体的な教訓を通じて、セクハラ対策の実効性を高めるためのヒントを探っていきます。
どうぞご期待ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
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執筆者|社会保険労務士 戸塚淳二(社会保険労務士登録番号|第29240010号)
日々、企業の「ヒト」と「組織」に関わるさまざまな課題に真摯に向き合っています。労働法の基本的な知識から、実務に役立つ労務管理の考え方や人事制度の整え方まで、専門家として確かな情報を、はじめての方にもわかりやすく、やさしくお伝えします。
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