
執筆者:社会保険労務士 戸塚淳二
法改正対応のスペシャリスト。戸塚淳二社会保険労務士事務所 代表として、多岐にわたる労働関連法規の解説から、実践的な労務管理、人事制度設計、助成金活用まで、企業の「ヒト」と「組織」に関する課題解決をサポートしています。本記事では、事業主の皆さまが安心して法改正に対応できるよう、専門家の視点から最新情報をお届けします。
社会保険労務士登録番号:第29240010号
前回の記事では、2025年6月から施行される労働安全衛生規則の改正により、これまで努力義務とされていた熱中症対策が、事業者にとって法的義務となることをご紹介しました。
あわせて、今回の改正に至った背景や、義務化される具体的な対策内容として「報告体制の整備」「症状悪化の防止措置」「労働者への周知」の3点についても解説しました。
この「義務化」という言葉を聞いて、「うちの会社も例外なく、何か新しい対策をしなければならないのか?」と不安を感じている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ご安心ください。今回の改正は、すべての事業場に一律に適用されるわけではありません。
実は、今回の義務化には明確な「対象」があります。今回は、熱中症対策の義務化が、具体的にどのような環境下の作業場に求められるのかを分かりやすく解説していきます。そして、もしあなたの職場がその対象となる場合に、2025年6月の施行に向けて具体的に何を準備すべきかを詳しく見ていきましょう。
熱中症対策、どのような事業場が義務化の対象になるのか?
今回の改正で熱中症対策が義務化されるのは、「熱中症のリスクが高い特定の環境下で、一定時間以上作業を行う事業場」 です。具体的には、以下の2つの条件を両方満たす作業を行う場合に、対策を講じる義務が発生します。
1:熱中症リスクが高い環境下での作業
「熱中症を生ずるおそれのある環境」として、以下のいずれかの条件を満たす場所での作業が該当します。
- WBGT値(湿球黒球温度)が28度以上
- または、気温が31度以上
この2つを見たところで「?」と思われる方のほうが多いと思います。
WBTG値(湿球黒球温度)とは
WBGT値(Wet Bulb Globe Temperature)(しっきゅうこっきゅうおんど)は、熱中症の危険度を測るための温度指標です。単なる気温ではなく、
- 湿度
- 湿度が高いと暑く感じるのは、本来「汗が蒸発するときに奪われるはずの熱(=気化熱)」が奪われにくくなるから。
- 日差し(輻射熱)
- 「日向(ひなた)」と「日陰(ひかげ)」では、同じ気温でも感じる暑さが全然違うでしょ?ということ。
- 風通し(気流)
- 「同じ気温でも、風がある場所とない場所では暑さの感じ方が違う」風(気流)は汗の蒸発を助けることで、体を冷やし熱中症リスクを下げてくれます。
など、人が感じる暑さ全体を反映するように作られています。
WBGT値は、こうした「体にとっての危険な暑さ」を一つの数値で表してくれるものです。
どうやって測るの?
WBGT値は、以下の3つの温度を組み合わせて計算されます。
- 湿球温度(しっきゅうおんど)
⇒ 湿度の影響を見る温度(濡れた布を巻いた温度計で測定) - 黒球温度(こっきゅうおんど)
⇒ 日射や地面の照り返し(輻射熱)を見る温度(黒い球状の温度計で測定) - 気温(乾球温度)
⇒ 普通の気温
これらを組み合わせて、「今この場所でどれだけ熱中症の危険があるか」がWBGT値として出されます。
どのくらいのWBGT値が危ないの?
日本では以下のような基準で判断されます。
WBGT値(℃) | 危険度 | 注意すべきこと |
---|---|---|
28℃未満 | 注意 | こまめな水分補給を |
28〜31℃ | 警戒 | 激しい運動は避ける |
31〜35℃ | 厳重警戒 | 屋外作業は控える |
35℃以上 | 危険 | 原則、中止や避難が必要 |
「WBGT値」は、単なる気温だけでなく、湿度や日差し(輻射熱)も加味した、より体感的な暑さを示す指標です。たとえば、気温がそこまで高くなくても、湿度が高い日や、地面からの照り返しが強い場所では、WBGT値が高くなることがあります。事業場にWBGT計を導入し、定期的に測定することが、リスクを正確に把握する上で非常に重要になります。
気温が31℃以上とは
気温31℃は、ふつう私たちが「外気温」として感じる温度です。
WBGT値がもっとも正確な熱中症リスクの指標ですが、すべての現場にWBGT計を常備することは現実的ではありません。
そのため、測定器が未導入の職場では、最低限「気温31℃以上」で義務化の対象と判断できるように設けられた代替基準です。
なお、環境条件によって異なりますが、一般的には気温31℃の環境でWBGT値が28℃を超えるケースが多いため、両者は「同じくらい危険」な状態を示すものと考えられます。
2:一定時間以上継続する作業
上記の熱中症リスクが高い環境下で、以下のいずれかの時間基準を満たす作業が対象です。
- 継続して1時間以上行われることが見込まれる作業
- または、1日4時間を超えて行われることが見込まれる作業
この基準は、屋外作業だけでなく、空調設備が不十分な屋内作業場(工場、倉庫、厨房など)にも適用されます。
2項目をまとめると
冒頭で「熱中症対策が義務化されるのは、熱中症のリスクが高い特定の環境下で、一定時間以上作業を行う事業場です。」と書きましたが、まとめると
「気温が31℃以上」または「WBGT値が28℃以上」の高温環境下で、「1時間以上の継続して行われることが見込まれる作業」または「1日4時間を超えて行われることが見込まれる作業」は、「熱中症リスクが高い環境での作業」として、事業者に法的な熱中症対策の実施が義務付けられます、
ということになります。
義務化に向けて、事業主が準備すべき3つの柱
もし事業場が義務化の対象となる場合、具体的にどのような対策を講じる必要があるのでしょうか。今回の改正規則では、大きく以下の3つの柱での対策が求められます。
これらの対策は、単なる推奨事項ではありません。2025年6月1日以降、事業者に課せられる熱中症対策の「法的義務」を果たすための、具体的な取り組みそのものです。
1:作業環境管理の徹底
熱中症予防の第一歩は、作業環境自体を涼しく、快適にすることです。
- WBGT値に基づく作業管理の導入
- WBGT値を測定し、その値に応じて、休憩時間の延長や作業の中断、作業場所の変更などを計画的に実施します。
- 物理的な環境改善
- 通風・換気の強化、日よけや遮光設備の設置、ミスト噴霧装置やスポットクーラーの導入など、熱気を排出・遮断し、涼しい空間を作り出す工夫が必要です。
- 適切な休憩場所の確保
- 涼しく、冷房が効いた休憩室や休憩スペースを確保し、労働者が十分に身体を冷やし、休息を取れる環境を整えましょう。
2:作業管理の実施
作業の方法や進め方を工夫し、労働者への負担を軽減します。
- 作業計画の見直し
- 暑い時間帯を避けた作業時間の調整、作業の分割、頻繁な休憩の確保など、無理のない作業スケジュールを組みます。
- 個人用保護具の適切な利用
- 通気性の良い作業服、遮熱効果のある帽子、冷却ベスト、空調服などの導入を検討し、その正しい使用方法を指導・徹底します。
- 労働者への配慮
- 暑さに慣れていない新規入場者や、高年齢労働者、持病を持つ労働者など、特に注意が必要な労働者に対しては、より細やかな体調管理と作業の調整を行いましょう。
3:健康管理と労働者への教育
個々の労働者の健康状態を把握し、熱中症に関する知識を共有することも、事業者の重要な義務です。
この項目は、前回の記事でも触れた内容ですが、義務化の具体性を示す上で不可欠な要素であるため、改めてその重要性をご説明します。
- 労働者の健康状態の確認
- 作業開始前の体調チェックや、定期的な健康観察を行い、体調不良が見られる場合は速やかに作業を中止させるなどの措置を取ります。
- 健康相談体制の整備
- 産業医との連携や相談窓口の設置など、労働者が安心して健康に関する相談ができる体制を整えます。
- 緊急時の対応体制の確立
- 万が一熱中症が発生した場合の初期対応、医療機関への搬送手順、連絡体制などを明確にし、従業員に周知徹底します。
- 熱中症予防に関する教育と周知
- 熱中症の症状、予防策(こまめな水分・塩分補給、無理のない休憩など)、そして体調に異変を感じた場合の速やかな報告の重要性について、定期的に労働者への教育を行いましょう。
義務化に対応し、年間を通じた熱中症対策を
今回の改正は、事業者が熱中症対策を「やらなければならない」法的責任として位置づけるものです。これにより、労働者の安全と健康を守り、熱中症による労働災害を未然に防ぐことが期待されます。
もし職場が今回の義務化の対象となる場合、今一度、自社の作業環境と作業内容を再点検し、今回の改正規則に対応した熱中症対策を計画・実行することが不可欠です。
労働者の命と健康を守るためにも、この機会に熱中症対策を強化し、年間を通して継続的に具体的な対策を進めていきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご相談の際は、以下よりお気軽にお問い合わせください。☟
📌社会保険・労務対応・就業規則作成等について👉奈良県・大阪府・京都府・三重県など、近隣地域の企業・個人の方は・・・⇨戸塚淳二社会保険労務士事務所 公式ホームページからお問い合わせください。
📌遠方の方や、オンラインでのご相談をご希望の方は⇨ココナラ出品ページをご利用ください。
コメント